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第14話 中央封鎖

 肉料理の店を出た瞬間、夜の空気が頬を撫でた。

 昼の熱をわずかに残した石畳の上を、涼しい風が流れていく。

 火照った体に、それは心地よく染みた。


「はぁー……食べた……」


 ユズハが大きく息を吐く。

 肩を落とし、満足を隠そうともせずに空を仰いだ。


「無理。もう動けない」


「動いてください」


「えー」


 軽く笑いながら、それでも足は止まらない。

 ゆるい歩調で、しかし確実に前へ進んでいく。


 足取りは軽い。

 満腹による重さではなく、満たされたことによる余裕があった。


「でもさ、あれマジで当たりだったわ」


「はい。美味しかったです」


「でしょ?」


 ユズハが満足そうに笑う。

 その顔には、さっきまでの戦いの気配は残っていない。


「実質、初報酬でしょ?」


「……うん」


 ノアが小さく頷く。

 声は静かだったが、その中に確かな実感があった。


「いいじゃん、こういうの」


「……うん」


 短い返事。

 それで十分だった。


 満腹と、静かな満足感。

 それが二人の間に、穏やかな空気を作っている。


 そのまま、帰り道を進む。


 だが扉を開けた瞬間、空気が変わった。


「ただいまー」


 ユズハの声だけが、軽く響く。

 だが、返事はない。


 代わりに――


「……」


 机に突っ伏すようにして、頭を抱えている男がいた。

 バルトだった。


「……パパ?」


 ユズハが眉をひそめる。

 ノアも、わずかに首を傾げた。


「……どうしたの?」


 ゆっくりと、バルトの顔が上がる。

 その表情は、明らかに余裕がなかった。


「……封鎖だ」


「は?」


 暫く突っ伏していたのか、顔にインクがついている。

 それが気にならないほどに青い顔。


「お前らが冒険者冒険者してる間に大変なことが起きた」


「だって冒険者じゃん。ってか三日くらいだし」


「あぁ、そうだったな。その少し前からおかしかったんだ」


「おかしかったって、あたしたちは」


「輸送が出来ない。どうやらかなり前から馬車道が封鎖されているらしい」


 ノアは呆然としたまま。

 ユズハも一瞬、意味が分からない。


 言葉の重さだけが、遅れて胸に落ちてくる。


「馬車道って、どこが?」


「全部だ」


 短い答え。

 そして続く一言が、状況を決定づけた。


「マルシェリア側もカルン側も」


 ユズハの表情が変わる。


「……は?」


 軽さが消える。

 代わりに、理解した者の顔になる。


 バルトは、指先で机を軽く叩いた。

 乾いた音が、やけに大きく響く。


「ダクネス現象が発生した」


 その一言で、空気が沈む。

 説明は不要だった。


「それなら」


 ノアは息を呑む。

 あの異様な現象を思い出す。


「だが、現場の炭鉱はもっと西だ」


 バルトの声が低くなる。


「え……」


「彼奴等、兵站に必要だと中央平原の十字路に拠点を構えやがった」


 ノアの視線が、自然と机の上へ落ちる。

 そこに、まだ地図はない。


 だが、頭の中にある。


 中央。

 何もないはずの場所。


 そこが、止まっている。


「……あの場所ってこと?」


「そうだ」


 短く頷く。


「ルガイア王国の南北を繋ぐ動脈の真ん中だ。止められたら、全部詰む」


 言葉の重さが違う。

 それは単なる道ではない。


 流れそのものだった。


「で?」


 ユズハが短く返す。

 必要な情報だけを求める声音。


「“担当が入ってるから待て”だ」


「担当?」


「マルシェリアのギルドだ」


 ポンッとペンが飛ぶ。


「白鷺の紋章」


「……あー」


 ユズハが納得したように頷く。


「そっちが動いてるなら、まぁ……」


「一応、マルシェリアのランクBだ。普通に考えれば直ぐに終わるだろうな」


 バルトの言葉は冷静だ。

 だが、その後に続く一言が、現実を示す。


「だが」


 声が落ちる。


「ノア。カルンではどうだった?」


「……一週間くらい?でも、ランクBが二つで」


 ノアは答える。

 あの時の光景がよぎる。


「当時はランクDだ。そう、暗い顔をするな」


 バルトが淡々と続ける。


「今のお前はマルシェリアの冒険者なんだぞ」


 沈黙が落ちる。


 だが、それは長くは続かない。


「まぁいい。その一週間を過ぎても待ての返事から変わりがない」


 机を軽く叩く。


「物が来ない。出せない。止まるんだよ、全部。帰ってくるんだよ、全部」


 ユズハが口を閉じる。

 軽口を挟む余地がない。


 ノアは、わずかに目を伏せる。

 頭の中で、流れを組み立てる。


 止まる。

 流れが。

 全て。


「パパ、もしかして」


「あぁ……頼みがある」


 空気が変わる。


「東の森だ」


「森?」


「馬車道が整備される前。半世紀前。そこに道があった」


 言葉を切るように、バルトが息を吐く。


「今は使われてねぇが、死んではいないだろう。そこを見てきてほしい」


「あたしたちが?」


「立派な冒険者なんだろ?」


 バルトが視線を向ける。


「できるなら、安全を確保してくれ」


 ノアが口を開く。


「地図は……ありますか」


 その言い方だけが、わずかに整う。

 バルトに対する距離感だった。


 待っていたように、バルトが引き出しを開ける。

 取り出されたのは、黄ばんだ羊皮紙だった。


 角は擦り切れ、何度も折られた跡がある。

 長く使われてきた証だった。


「古いがな」


 机に広げる。

 乾いた紙の音が響く。


 ノアがそれを引き寄せようとして――


「はいストップ」


 横から、ユズハの手がすっと伸びる。


「え?」


「ちょっと貸して」


 くるりと向きを変え、机の上に広げ直す。


 ユズハの指が、迷いなく動く。


「ここがマルシェリアでしょー」


 軽く叩く。


 そのまま、指は左へ滑る。


「で、こっちが――ノアの故郷、なんてったっけ」


「……ブレアヴァン」


「それそれ」


 とん、と地図の端を叩く。


「めっちゃ西じゃん」


 指は下へ。


「で、これがカルン」


「うん」


 ノアが頷く。


 指は右へ移動し、弧を描く。


「で、ここが例の森……ルヴァン?」


「ル=ヴァンの森」


「はいはい」


 そして。


 指が止まる。


 何もない場所。

 ただの道。


「で、ここが封鎖されてる馬車道」


 ぽん、と叩く。


 そのまま円を描く。


「ルガイア王国のど真ん中じゃん、ここ!」


 上にマルシェリア。

 左にブレアヴァン。

 下にカルン。

 右にル=ヴァンの森。


 その中心を、一本の道が貫いている。


「モンテ・アギラ炭鉱は……ん?左下」


 ユズハが目を細める。


「かつての領地の名残だ。モンテ・アギラの北側はマルシェリアに含まれる」


 バルトが補足する。


「馬車道もマルシェリアから向かっているだろ?」


「ってことは、この一帯が通れないと」


「物流が全部止まる?」


 ノアも覗き込む。


「で」


 バルトが指で叩く。


「森だ。ここを通れるなら回せる」


「通れなかったら?」


「……船がいる。そんな余裕はうちにはない」


「なるほどね」


 ユズハは、ふっと笑う。


 地図をくるりと回し、ノアに戻す。


「ま、シンプルじゃん」


「……うん」


 バルトが二人を見る。


「……行ってくれるか?」


 ユズハは肩を回す。

 軽く、音が鳴る。


「まぁね。パパの問題ってか、あたしたちの問題でしょ」


 そこで視線を横へ。


「で、ノアは」


 ノアは少し遅れて答える。


「……うん。森……行ってみたい」


 静かに頷いた。


 バルトが、ゆっくりと息を吐く。


「……助かる」


 ノアは羊皮紙を丁寧に折る。

 折り目をなぞり、元の形へ戻す。


「行ってみたいって何?」


 ユズハが呆れたように言う。


「あ……準備、しないと」


 ノアは小さく呟いた。


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