第12話 帰路の温度差と、見えない線引き
帰りの馬車は、妙に静かだった。
同じ方向へ進んでいる。
同じ目的地を目指している。
マルシェリアへ。
だが、その前。
乗り込む直前に、ほんのわずかな“間”があった。
御者が手綱を整え、馬が鼻を鳴らす。
荷台の扉は開かれたまま。
誰から乗るでもなく、誰も動かない。
視線だけが、行き交う。
ライガが一度、横を見る。
軽く顎を上げるだけの仕草。
だがその先にあるのは、ユズハとノア。
ロイドも同じ方向を見る。
言葉にするほどではない。
だが、明確に意識している。
シエラは腕を組んだまま、ほんの一瞬だけ視線を流す。
すぐに戻す。
考えている。だが口にはしない。
フィナは、少しだけ困ったように目を細める。
何か言いたい。
だが、それが何か分からない。
一方で。
青葉の剣は、違った。
ハルトが軽く息を吐く。
視線は前。
横を見ることはない。
「……問題はないな」
短く言う。
「消耗は想定内です」
ドルトが続ける。
「むしろ、収穫の方が多い」
ケインが頷く。
「連携のズレも洗えたしね」
ルナが軽く肩を回す。
「魔法の見直しも必要ね」
自然に続く。
「配置も含めて再設計したい」
ミナが頷く。
「いい経験だった」
短く締める。
そこには迷いがない。
外を見る必要もない。
ユズハは、それを横目で確認する。
――あ、こっちはこっちで終わってるやつだ。
すぐに理解する。
だから、気にしない。
「……なに?」
代わりに、紅蓮側へ軽く返す。
笑いながら。
空気を崩す。
それ以上続けさせない。
ライガが一瞬だけ口を開きかける。
だが、閉じる。
「……いや、なんでもねぇ」
結局、それだけ。
「そ」
ユズハはそれ以上追わない。
踏み込まない。
ノアは何も言わない。
ただ、隣にいる。
それだけで、形は完成している。
誰も何も言わないまま、時間だけが一歩進む。
「乗るぞ」
ライガが先に動く。
流れを切る。
ロイドが続く。
シエラ、フィナもそれに乗る。
青葉の剣は、すでに動いている。
迷いなく、淡々と乗り込む。
そして最後に。
ユズハが軽く肩をすくめる。
「……ま、いっか」
そう言って、ひょいと乗る。
ノアもその後ろに続く。
同じ方向。
同じ馬車。
だが、交わらない。
紅蓮は紅蓮で固まり、互いの距離感を崩さない。
青葉は青葉で内側に閉じ、余計な干渉を排している。
そして――
ユズハとノアは、最初から決まっていたかのように隣に座っていた。
会話が途切れているわけではない。
ただ、混ざらない。
流れが交わらない。
「……ま、今回は楽だったな」
ライガの声が、少し離れた位置から聞こえてくる。
ユズハは、わざわざ顔を向けない。
ただ、耳に入る分だけ拾う。
「人数が揃ってたからな」
「防衛に割くリソースが減れば、当然効率は上がる」
理屈。
整理された言葉。
「正直、もったいないとは思うけど」
「ちゃんと使えたら、もっと楽になるのに」
一瞬、間が空く。
ユズハは、そこで少しだけ目を細める。
――あぁ、そっち行くんだ。
予感のようなもの。
「……で、この戦い」
ライガの声が続く。
「アイツを守りながら戦えたか?」
やっぱり、と思う。
そのまま、ユズハは視線を前に向けたまま聞く。
「……まぁ、そうね」
「それは……」
「無理だな」
重なる声。
即答。
「防衛負担が増えれば、前線が崩れます」
正しい。
全部、正しい。
だから、面白くない。
「だろ?」
「だから今回みたいに人数がいねぇと意味ねぇ」
一拍。
「……俺達に必要なのは、バランス見れるやつ」
ユズハの指が、わずかに止まる。
「ま、どうかんね」
「えっと……」
「で、戦えるやつだ」
そこで、全部繋がる。
綺麗に。
無駄なく。
ユズハは、小さく息を吐いた。
――あー、これね。
納得する。
理解もする。
でも。
ちら、と横を見る。
ノア。
いつも通り、静かに座っている。
姿勢も、視線も、崩れていない。
だが――
ほんのわずかに。
指先が、動いている。
膝の上で、何かを確かめるように。
触れて、止まって、また触れる。
口が、わずかに開く。
言葉にならない程度に。
すぐに閉じる。
視線が、ほんの一瞬だけ揺れる。
前を向いたまま、どこにも焦点を置かないような目。
――あ、これ。
ユズハは気づく。
言いたいことがある。
でも、言わない。
いや。
言わない方を、選んでいる。
ノアが、ほんの少しだけ息を吐く。
それも、音にならないくらい小さく。
何事もなかったかのように、姿勢を戻す。
もう揺れていない。
整っている。
さっきまでの違和感が、嘘みたいに消えている。
ユズハは、じっとそれを見ていた。
――今の、何。
問いかける。
でも、口には出さない。
少しだけ眉を寄せる。
もう一度、ノアを見る。
今度は、完全にいつも通り。
何も分からない。
「……ね」
小さく声をかける。
「うん?」
すぐに返る。
その速さが、逆に自然すぎる。
「……なんでもない」
ユズハは視線を逸らす。
聞けば、たぶん答える。
でも、それじゃダメな気がする。
さっきのは。
たぶん、そういうやつじゃない。
背もたれに体を預ける。
外を見る。
流れていく景色。
耳には、まだ会話が残っている。
だが、もう拾わない。
――まぁ、いいか。
軽く思う。
でも。
完全には、切れていない。
ちら、ともう一度だけ横を見る。
ノアがいる。
いつも通りの顔で。
それなのに。
さっきの一瞬だけが、引っかかる。
ユズハは、小さく笑った。
ほんの少しだけ。
胸を撫でおろさないよう、それでも楽しいという顔で。
馬車は、そのまま進む。
◇
馬車は、ゆっくりと街へと入る。
石畳に車輪が当たり、音が変わる。
硬質な響きが連なり、規則正しく揺れが伝わってくる。
人の流れが見えてくる。
行き交う足音。人々の声。
重なり合う気配が、外から内へと流れ込む。
やがて馬車は止まり、扉が開く。
マルシェリア冒険者ギルド。
三つのパーティが、ほぼ同時に降り立つ。
暁紅蓮隊、青葉の剣、ユズハ、ノアの順で中へ入る。
受付は横に長く、一直線に並んでいる。
だが――同じ列ではない。
中央。
厚みのある木材に、磨き上げられた天板。
縁には細かな装飾が入り、手を置けば滑るように指が走る。
その前には、仕切り板。
半透明のガラス。
外からはぼんやりとしか見えないが、内側の声だけは通る。
紅蓮と青葉は、そこへ向かう。
AとBランク用のカウンター。
人の流れが自然と避ける位置。
そして、その少し離れた位置。
一段低い場所に、簡素な受付がある。
板は薄く、角も立ったまま。
磨きは甘く、光の反射も鈍い。
こっちは仕切りはない。
開いたままのカウンター。
声は、そのまま空間に広がる。
ユズハとノアは、そこへ立つ。
同じ空間に並んではいる。
だが、距離がある。
自然に線が引かれている。
視線が集まる。
ざわめきが、わずかに膨らむ。
「暁紅蓮隊」
中央の奥から、受付の声が通る。
仕切り越しでも、はっきりと届く。
「おめでとうございます」
会場がざわめく。
空気が張る。
「マルシェリアギルドランクB」
おお!という素直な歓声と、あいつらがと値踏みする声。
磨かれたカウンターに、視線が集まる。
「複数ギルドB以上の要件も、同時に達成です」
「来たな」
ライガが笑う。
ロイドが頷く。
シエラは小さく息を吐き、肩の力を抜く。
フィナは、ほっとしたように表情を緩めた。
続けて。
「青葉の剣」
同じカウンター。
同じ仕切りの内側。
「おめでとうございます」
「マルシェリアギルドランクB」
当然の結果。
静かに受け取られる評価。
「複数ギルドB以上の要件も、同時に達成です」
ハルトは、ただ頷く。
「やた」
「ね」
ケインたちの喜び。
「静かにしろ」
ドルトが叱るような声。
ユズハたちにも、その声は届く。
だが、熱が届くくらい近くではない。
少し離れた位置で
「お疲れ様です」
ユズハとノアの前に、セレナが立つ。
声の響きが違う。
遮るものがない分、軽く広がる。
意識してか、小声。
「ユズハ・ノア、合同チーム」
ほんのわずかに、間を置く。
「ランクC昇格です」
「はぁ?」
ユズハは即座に反応した。
「ちょっと待って」
一歩前に出る。
「今の聞いてた?……じゃなくて聞いてました?」
セレナは表情を変えずに聞く。
「同じとこ行ってたよね?同じ条件で戦ったよね?」
「はい」
静かに頷く。
そのまま、自然な動作で。
ひらり、と。
あのポップなチラシを掲げる。
磨かれた爪が、一点を示す。
「こちらをご確認ください」
視線が落ちる。
そこに記されているのは――
ミッションランク。
C。
「本ミッションは、表記上Cランク依頼となっております」
元々、C。
「達成報酬および昇格判定は、依頼ランクを基準として処理されます」
寧ろ、こっちが普通であっちが特別扱い。
「よって、今回の結果はCランク昇格となります」
淡々とした説明。
向こうでは、祝福の空気が続いている。
声も、ざわめきも、確かに聞こえる。
だが。
ここには届かない。
「……」
書面通りの査定だから、商人娘のユズハは黙る。
「以上です」
「……はいはい」
ユズハが肩をすくめる。
「行こ、ノア」
「うん」
二人、特にユズハは興味を失くし、背を向けようとした。
その瞬間。
すっと、セレナが距離を詰める。
この位置だからこそできる近さで。
耳元で、声を落とす。
「……複数ギルドおよび、マルシェリアランクBは」
複数ギルド達成者が目立つ裏で、彼女は言う。
「目立ちすぎます」
静かに。
「今は……」
そこで止める。
すぐに離れる。
何事もなかったかのように。
「……」
ユズハはわずかに目を細める。
そのまま振り返り、外へ
暁紅蓮隊と青葉の剣はもういなかった。
ギャラリーの話し声で、奥の部屋に入ったと知る。
「……ね」
「うん?」
「やっぱさ」
正拳が空を切る。
ノアのボサボサ髪が風で靡く。
「露骨にムカつくね」
笑顔で軽く言う。
だが、温度はある。
「ユズハ。僕たちが先にズルしたし」
「真面目かっ!ねー。あたしたち、立場弱くなーい?」
ユズハが笑う。
二人は並んで歩いていく。
同じ方向。前より近くを歩く。




