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第11話 完全回復の朝と、その先

 夜の冷気がまだ石壁に残る。

 天井は一部崩れていて、朝が静かに遺跡の奥へと入り込んでいた。

 完全に消えきらなかった焚き火の残り。

 灰の中で細く燻り、かすかな煙がゆらゆらと揺れている。

 空気は冷たい。だが刺すような冷えではなく、澄み切った感触として肌に触れていた。


 それでも、身体は軽い。

 疲労が完璧に消えたわけではない。

 だが、昨日までの重さは確かに抜けている。

 踏み込めば応え、動かせば返る。

 その確かな感触が、全員の動きにわずかな余裕を与えていた。


 今のはとある二つのパーティの仕草。


「……よく眠ってたみたいだな」


 ライガが肩を回しながら言う。

 軽い声音だが、その目は周囲の状態をきちんと見ている。


「当然でしょ」


 ユズハが即答する。

 間を置かない。迷いもない。


 その様子を一度だけ見て、ライガが続ける。


「お前、ユズハって言ったっけ?」


 確認というより、思い出した名前をそのまま口に出した調子だった。


「流石に危険だぞ」


 一拍。


「ここであそこまで寝るのはな」


 その言葉に、別の声が重なる。


「遺跡最奥手前だ」


 ハルト。青葉の剣。

 抑揚のない声で、事実だけを並べる。


「今日のように人数が揃っていなければ、休息が成立しない場所だ」


 簡潔で無駄のない説明。


「早くパーティを組むことを勧めるわ」


 シエラが続ける。

 視線は逸らさない。


「単独行動は非効率よ」

「才能。私よりもあるし。戦えるし」


 正論だった。

 ここにいる全員が、それを理解している。


 ――二つの冒険者パーティが普通だから。



 ユズハは、すぐには返さなかった。

 ほんの一瞬だけ視線を落とし、そのまま横へずらす。


 ノアが、まだ横になっている。


 呼吸は一定で、姿勢も崩れていない。

 眠っているように見える。


 だが次の瞬間、その認識は自然に否定される。


 ノアが、目を開けた。


 ぴたりと。

 まるでそこが決められていたかのようなタイミングで。

 無駄な動きは一切なく、余韻もない。


「おはようございます」


 いつもの調子。

 だが、その“合い方”があまりにも正確だった。


 ユズハの口元が、ふっと緩む。


 理解する。

 完全に。


 この男は、眠ることも、起きることも、

 “ズレない”。


 だから問題にならない。

 だから目立たない。

 そして、その精度そのものが常識から少しだけ外れている。


 ――目の前の連中は、それを知らない。


 ユズハは小さく息を吐いてから、顔を上げる。


「前向きに検討します」


 軽く言う。

 そのまま、にやっと笑う。


「じゃ、先輩たちも頑張って」


 一瞬、ライガの眉がわずかに上がる。

 だがすぐに、そのまま笑い返した。


「おう、そうしとけ」


 軽い返事。

 それで終わる。


 それぞれが自然に散り、自分の持ち場へと戻っていく。

 確認する者、準備する者、すでに動き出す者。


 ユズハは、その流れの中で、もう一度だけノアを見る。


「……ね」


「はい?」


「やっぱ、すごい」


 小さく言う。


 ノアは少しだけ首を傾げた。


「そうですか?」


「そうかな?じゃん?」


 即座に被せる。

 逃がさない。


「……」


 一瞬の間。


「……そうかも」


 言い直す。

 ほんの少しだけ、照れが混ざる。


「ほら、出来るじゃん」


 ユズハが嬉しそうに笑う。


「じゃ、行こう」


 そのまま前に出る。

 迷いなく、遺跡の奥へ。


 空気が変わる。

 温度ではなく、密度が変わる。

 気配が濃くなり、視線の奥に何かが溜まっている感覚が生まれる。


「前、来るぞ!」


 少し遠くでライガの声。


 直後、岩陰から影が躍り出る。

 一角ホブゴブリン。

 それも一体ではない。


「三……いや、四!」


 ロイドが即座に数える。


「まとめて来るか!」


 ライガが笑い、そのまま前へ出る。


 ロイドが一歩前へ。

 盾が構えられる。


「受けます!」


 衝突。

 鈍い音。

 重い一撃を、正面から受け止める。


「今!」


 シエラの詠唱。


「――ファイアアロー」


 火線が走り、一体の肩を抉る。


 その隙にライガが踏み込む。


「遅ぇ!」


 振り抜き。

 角ごと叩き割る。


 もう一体が横から入る。

 だが――


「見えてる」


 ロイドが体をずらす。

 弾き、流し、足を止めないまま押し返す。


「任せろ!」


 ライガが追撃。

 叩き込み、沈める。


 連携に無駄はない。

 迷いもない。


 やはり回復すれば強い。


 一方で。


「左、二」


「了解」


 青葉の剣も動く。


 防護魔法が展開され、薄い膜が前線を覆う。


「押し切る」


 ハルトが前に出る。

 速い。無駄がない。


 懐に入り、最短距離で斬る。

 魔法が重なり、拘束し、崩し、削る。


「終わり」


 短く、静かに決着。


 こちらも負けず強い。回復したから。


 そして――


 少し離れた場所。


 ユズハは、一歩踏み出しただけで分かる。

 身体が、昨日と違う。


 重さがない。

 関節が軋まない。

 踏み込んだ力が、そのまま跳ね返ってくる。


 えんじ色のポニーテールが光を拾う。

 細い糸のように揺れ、その軌道そのものが視線を引く。

 頬の血色は整い、肌は滑らかで、動きは一切濁らない。


 まるで磨き上げられた人形のように、すべてが整っていた。


「……一体、ね」


 軽く呟く。


 目の前には、一角ホブゴブリン。

 他よりもわずかに大きい個体が、低く唸りながら踏み込んでくる。


 地面が揺れる。

 圧が迫る。


 だがユズハは、ほんの少しだけ笑った。


「……いいじゃん」


 くるりと棒を回す。

 軽く握る。


 次の瞬間、地面を蹴る。


 速い、というより軽い。

 跳ねるように前へ出て、そのまま軌道をずらす。

 直線ではなく、わずかに外すことで、相手の視線から滑り落ちる。


 角が突き出される。

 だが、その外側にもういる。


「それさ――」


 一歩踏み切る。


 跳ぶ。

 高く。

 だが無理がない。

 地面から受け取った反発を、そのまま身体に通しただけの自然な浮き上がり。


 軽鎧が光を弾く。

 すべてが揃っている。


「映えないから、折っとこ!」


 振り下ろす。


「――角ポキ☆フルスイング!」


 バコォンッ!!


 鈍い音。

 角が根元から折れた。


 着地がそのまま踏み込みになる。

 止まらない。

 全部が繋がっている。


 そのまま、喉元へ。


 打ち込む。


 沈む。

 そのまま崩れる。


「……よし」


 軽く息を吐く。

 それでも呼吸は乱れていない。


 棒を肩に担ぎ、くるりと回す。


 振り返る。


 ノアが、そこにいた。

 何もしていない。

 ただ、見ている。


「どう?」


「流石、ユズハさ……」


 少女は半眼。

 一瞬。


「さ、最高……」


 ユズハの目がぱっと輝く。


「でしょ」


 ドヤ顔。

 胸を張る。


 だが次の瞬間、ふっと笑う。

 軽くて、機嫌が良くて、どこかくすぐったそうな笑い。


「……いいね、それ」


 小さく呟く。


「はい?」


「なんでもない」


 くるりと背を向ける。

 そのまま歩き出す。


 足取りは、さっきよりも軽かった。

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