表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/67

第9話 環境整えがちな男

 メイジジャッカルを押し込んだ。

 その先で待っていたのは、巨大な影たった。

 地面を抉りながら迫る六足獣ヘキサボア。

 分厚い皮膚と異様に発達した筋肉を纏った巨体。


「チッ……!」


 ライガが舌打ちしながら踏み込む。

 視界で理解するより先に、身体が危険を察知していた。

 速い。でかい。そして何より、重い。


「ロイド!」

「受けます!」


 即座に前へ出たロイドが盾を構える。

 次の瞬間、鈍い衝撃が通路全体に響き渡り、地面の砂礫が弾けた。

 踏み締めた足元が削れ、押し込まれる圧がそのまま全身に叩きつけられる。


「……くそ、重っ!」


 ロイドが歯を食いしばる。

 その間に、ライガは横へ回り込みながら剣を振るう。

 狙いは胴の側面。

 しかし刃は浅く滑り、肉を裂ききれないまま弾かれる。

 勢いは殺せず、巨体はそのまま前へ進み続けた。


「シエラ!」

「今やってる!」


 短い詠唱と共に、火が一直線に走る。

 炎は確かに命中したが、ヘキサボアの進行を止めるには至らない。


「何なの、コイツ」

「ヘキサボア」


 焦げた臭いだけを残し、突進はわずかにも鈍らない。

 青葉のハルトが説明する。


「カルンにいないタフなイノシシだ」


 その言葉にフィナの肩が跳ねる。


「大丈夫。僕たちは戦ってる」

「歴が違うので」


 ケインもミナも落ち着いている。

 

「俺も手を貸すぞ」


 ドルトというタンクも参加して、今度こそ勢いが止まる。

 すると、横方向から空気が裂ける。

 低く、鋭い風切り音。

 刃が、側面を正確に切り裂いた。


「ライガ、強さとは経験だぞ」


 短く落とされた説教。

 青葉の剣、ハルトだった。


「すげっ、助かる!」


 ライガが叫ぶが、返答は冷たい。


「勘違いするなと言っている」


 言葉とは裏腹に、その動きに一切の迷いはない。

 踏み込みの速度、刃の角度、すべてが合理的に組み立てられている。


「それにしてもヘキサボアまで生まれるとはな」

「だよな。このダンジョン、殺しに来てる」


 斬撃が重なる。

 弱点を正確に削り取る動きが続く。


 その背後で、淡い光が広がった。


「防護、展開します。他のパーティが残っていないのでしょう」


 青葉の魔術師が展開した防護が、衝撃の流れを歪める。

 完全に止めることはできないが、突進の軌道に微かなズレが生まれる。


「それにアタシも乗る!」


 シエラがその隙に火力を重ねる。

 タイミングが合う。

 互いの動きが干渉せず、むしろ噛み合っていく。


 それでも――巨体は止まりきらない。


 その瞬間、視界の端で“えんじ”が走った。



 軽くて速い。

 キラキラと輝く。

 ビスクドールと見間違える少女

 軽鎧もまばゆい光を放って、氷の上を滑るような軌道。

 えんじ色のポニーテールが弧を描き、軌道そのものを示すように揺れる。


「バッチリ!」


 彼女は横に逃げるのではなく、あえて前へ出た。

 ヘキサボアの進行線へと入り込み、その重心をわずかにずらす。


 暁紅蓮隊四名、青葉の剣五名が突き崩しかけた巨大イノシシ。

 細い腕から放たれる、光剣が薙ぐだけで、巨体の牙が折れる。

 

 ヘキサボアは大きく逸れ、壁際へと落ち倒れた。


「……へ?」


 思わず漏れた声に、ユズハが軽く振り返る。


「まだ、居たの?」

「そっちこそ」


 言葉を交わしながら、すでに次の動きに入っている。

 回り込み、サーベルを振るい、六本の脚のうち二本を正確に斬り落とした。


「今!」


 どこかで聞いた声。

 その一言で十分だった。

 ハルトが思い切り踏み込む。

 腹側を見せた魔物に、無駄のない一閃。

 強大で、確実な一撃が、急所を穿つ。

 流石にヘキサボアも、遂には崩れ落ちる。


 だが、終わらない。


 別方向から、さらに複数の気配が迫る。


「横」


 誰かが叫んだ瞬間、戦場の構図が完全に崩れた。

 紅蓮と青葉、両パーティの位置が重なり、役割の境界が消える。


 それでも混乱は起きない。

 むしろ動きは滑らかに繋がっていた。


「ロイド、左だ!」

「了解!」

「そっち任せる!」

「言われなくても!」


 短い声が飛び交う。

 無駄がなく、判断だけが共有されていく。

 その中で、ライガの視界の端にもう一人が映る。


 背負子。

 藁束。

 戦っているようには見えない男。


 だが、 声の主。


 ——ノア。


 他のヘキサボアが、その方向へ向きを変えた。

 突進。一直線。

 回避の余地はないように見えた。


 だが。


 ノアの直前で、ユズハの一閃。


 それだけで、巨体はよろめき、

 大きな背負子を掠めることもなく通り過ぎる。


「……なっ」


 ライガの声が素で漏れる。

 偶然ではない動き。

 あの速度で、あの距離で、あのタイミングは


 ――既視感しかない。


 更に、ユズハが斬り込む。

 バランスを崩したヘキサボアは瀕死。


 ハルトが斬る。

 ロイドが押す。

 シエラが焼く。


 すべてが途切れず、連続して繋がるが


 今度こそ、設計されていたと確信できる。


「……なに、それ」


 誰かの呟きが漏れる。

 答える者はいない。

 カルンの精鋭が青春の光を放ったとして。

 太陽のような少女が、全てを塗り替えてしまった。

 まさに黒点を孕む光は、確かに流れを支配していた。


「……ちげぇよ。俺達が押し込んでたから!」


 ライガが低く言い、視線を向ける。

 ユズハと、その後ろに立つノア。


 青葉の一人も、息を呑む。


「でも、さっきのは新しい個体よ」


 シエラが短く言った。

 視線は戦場から外さない。


「……それに」


 わずかに目を細める。


「ノアがいるんでしょ」


 そう。


 かつて炭鉱で化け物を退治した時と同じ。

 ライガは一瞬だけ黙り込み、すぐに息を吐く。

 そして理屈は分からない。

 納得だけを胸に刻み込んで


「……まぁ、そういうことか」


 ハルトも同じ記憶を所有している。

 ただ一度だけ、ノアへ視線を向け、それ以上は踏み込まなかった。


 削る戦場での戦いはまだ続く。

 だが確定した流れはもう崩れない。


 やがて最後の一体が崩れ落ち、重い音が通路に響いた。


「ノア!これで全部?」


 息をする間もなかった場所に、静寂が戻る。


「多分」


 誰もすぐには動かない。

 荒い呼吸だけが残る。


「チッ……」


 ライガが剣を下ろし、ゆっくりと息を吐く。

 肺が焼けるように熱く、腕は鉛のように重い。


「終わり、ですね……」


 青葉の一人がその場に座り込み、肩で息をする。


「……消耗が大きいな」


 ハルトが短く言う。

 否定する者はいない。

 全員が確実に削られていた。


 紅蓮も。

 青葉も。


 ユズハは軽く肩を回す。

 呼吸は上がっているが、まだ動ける余裕を残している。


 それに


 ノアは、相変わらず藁束を背負ったまま立っていた。

 呼吸はある。服の乱れさえない。


 ライガが小さく笑う。


「ま、とりあえず……全員の勝利だな」


 誰に向けた言葉でもない。

 それでも、全員が同じものを見ていた。


「うん」


 戦場を“整えていた”存在も、——そう頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ