第5話 背伸びした依頼
「なぁ」
掲示板の前から、のっしのっしと歩いてきたライガが、軽い調子で言った。
「今回の依頼なんだけどさ」
「ちょっとだけ、ランク上なんだよな」
「……は?」
ロイドが足を止める。
「いや、でもいけるって!」
「何が“でも”だ」
「お前、確認したのか?」
「したした!」
「たぶんEの上のDくらい!」
「言葉が不自由か。それを“上”って言うんだよ」
「まぁまぁ!」
「どうせ同じ森だし! 最近調子いいし!」
「……だからって」
シエラは半眼で髪を弄る。
「大丈夫ですか……?」
フィナが不安そうに言う。
「問題ないって!」
「俺たち今、完全ゾーンレベルアップゾーンに来てるから!」
「また、それ……」
シエラは思い切り肩をすくめた。
ノアは、その少し後ろ、窓際に立っていた。
藁束を背負ったまま。
「一つ上……ですか」
「ん?」
ライガが振り返る。
「上の依頼、受けるんですか」
「あー、これにはちゃんと計算が――」
「その方がいいです」
「え?」
ライガが目を丸くする。
「反応を裏切るやる気じゃん」
「はい。早い方がいいので」
「何が?」
「上に行くのが」
「あれ……焦ってんな?」
「いえ」
ノアは首を振った。
「普通です。サポーターじゃなくて冒険者です」
「う……根に持ってね?」
「問題ありますか?」
「いや、ねぇけど」
ライガは周囲を見回した。
「異論あるやつ、いねぇよな?」
「日和ってるやつ、いねぇよな! な、ノア」
一番、否定しそうな人間がノアだった。
だから、どや顔のライガに反論する者はいなかった。
◇
森に入る。
空気が、少しだけ違った。
「……いるな」
ロイドが低く言う。
「数は三」
「距離取ってくるタイプね」
シエラが目を細める。
「いいじゃん!」
ライガが笑う。
「やること変わんねぇだろ!」
「変わるわよ」
「面倒なのよ、ああいうの」
「大丈夫です」
フィナが杖を握る。
「いつも通りやれば」
「だな」
ロイドが頷く。
ノアは視線を上げた。
直後、ライガが叫ぶ。
「来るぞ!」
◇
低い唸り声。
木陰から、影が飛び出す。
同時に、火球。
「ちっ」
ロイドが前に出る。
盾で受ける。
衝撃。
重くはない。
だが。
続けざまの火球が、わずかに逸れた。
ノアの背負う藁束へ向かう。
「ノア!」
「それ、危ないからどこかに置いてきなさい!」
シエラの声。
「はい」
ノアは足を止めた。
走らない。
慌てない。
少しだけ位置をずらし、地面を確かめる。
「……ここですね」
「何してんだよ!」
「平らです」
乾きすぎていない場所。
傾いていない場所。
そこへ、丁寧に藁束を置く。
「ノア!」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇよ! 俺たちやアルファじゃねぇんだよ!」
「あ……その」
火球がかすめる。
藁束の端が、わずかに焦げた。
黒くなる。
ノアの視線が止まった。
「……」
一瞬。
目が、わずかに開く。
「……いいですね」
「は?」
ライガが一瞬だけ間の抜けた声を出す。
「いや、アルファの名前を出したのは謝るけど」
ノアは焦げた部分を指で軽く触った。
「後で分けます」
「何の話!?」
「これ、大発見ですよ」
「は?」
「焦げたんですよ。この藁」
「後で均等に分けますね」
「そっか、均等は助かる……って、要らねぇよ!?」
ライガはノアを軽く突き飛ばし、そのまま戦場へ戻る。
ノアはしゃがみ込み、焦げた部分だけを丁寧に拾い集めた。
◇
超成長期。
それでも、冷や汗は止まらない。
「連続で来る!」
石弾。
足元を狙う軌道。
「面倒くせぇな!」
ライガが踏み込む。
だが一瞬、足が止まる。
地面が抉れていた。
「くっ……!」
「そこ、寝床に良くないです」
「意味分かんねぇ!」
遅れる。
その隙に、もう一発。
「ロイド!」
「分かってる!」
盾を構える。
だが、位置が微妙に甘い。
「半歩左です」
「は!?」
ロイドがわずかに動く。
軸足が固い地面に触れ、盾の角度が変わる。
石弾が逸れた。
後ろへ抜けず、別の魔物へ当たる。
「今だ!」
ライガが踏み込む。
斬る。
一体、沈む。
「シエラ!」
「分かってる!」
炎が走る。
二体目を焼く。
残り一体。
「フィナ!」
「はい!」
「回復!」
温かな光がロイドを包む。
その瞬間。
敵の魔法が、わずかに外れた。
「……?」
ほんの少しだけ、ズレる。
「今だ!」
ライガが踏み込む。
そして、斬った。
◇
魔物は全滅した。
無事に戦いは終わる。
「……ふぅ」
ロイドが息を吐く。
「面倒だったな」
「でも勝ったじゃん!」
「……今の、本来なら崩れてた」
「え?」
「いや……なんでもない」
ロイドは首を振る。
ノアは藁束を持ち上げた。
「少し焼けました」
「それ気にしてる場合か? 危なかったんだぞ」
「はい。やはり新素材と危険はつきものです。冒険者です」
「分かった分かった。お前は冒険者だ」
◇
日はもう落ちていた。
だから野営だった。
火を起こし、食事を取り、見張りを決める。
ノアは、いつも通り動いていた。
地面を見る。手で押さえる。
そして考える。
「……ちょっと違う」
「気にすんなって」
「気にします」
藁をほどく。
空気を含ませる。
整える。
「よし、寝るか!」
「今日は流石に疲れたわ」
「ロイド、大丈夫?」
「問題ない」
そう言いながら、横になる。
痛みは残っている。
だが。
すぐに意識が沈んだ。
風。
草の匂い。
広い場所。
「……なんだこれ」
仰向けになる。
空が広い。
「……懐かしいな」
そのまま、見張り役は眠る。
◇
次の日の朝。
「あの……ノア君?」
「……」
返事はない。
少し離れた場所で、ノアは藁を弄っていた。
焦げた部分と、そうでない部分を分けている。
「ノア君!」
「え? な、なんですか、フィナさん」
「むー。藁に夢中すぎ」
「すみません」
「ずっと思ってたんだけど。ノア君って、結構戦えるよね?」
「え?」
「さっきも位置言ってたし」
「動きも悪くないしな」
明け方の見張りを終えた面々の声。
ライガも横から口を挟んだ。
「まぁ、最低限は」
「いや、最低限ってレベルじゃない」
ロイドも、清々しい朝の空気の中で言う。
「そうですか?」
ノアは首を傾げた。
「自分ではよく分からないです」
「じゃあ、なんで戦わないのよ」
シエラはもっと前に目を覚ましていて、手鏡で髪を整えていた。
「前に出れば、もっと楽になる場面あったでしょ」
「はい。分かってます」
「じゃあ――」
「寝床を作るために」
「は?」
「え?」
フィナが目を瞬かせる。
「僕が戦うより、みんなが戦う方が効率いいです」
「いや、理屈は分かるけど!」
「普通は戦う方選ぶでしょ。冒険者なんでしょ」
「はい。ベッドメイキングが僕の得意分野なんで」
「ベッドメイキングって職業あったっけ」
また、フィナの目がぱちぱちと瞬く。
「登録できました」
即答だった。
「え……そうなんだ」
「フィナの気持ちは分かるわ。アタシも調べたし」
「シエラもベッドメイキング? 寝るのが好――」
「じゃなくて、ノアの件で。ベッドメイキングというより、登録可能な職業だけで一冊の本ができるくらいあったわ」
「でも……普通は選ばないが」
ロイドが小さく呟く。
「それが助かってるんだよなぁ、これが」
ライガが笑う。
「それは確かに」
ロイドも短く同意した。
「……はい」
フィナは少しだけ笑った。
暁紅蓮隊、ランクDミッション、クリア。




