第5話 遺跡攻略序盤
二十話『遺跡攻略序盤』
山道は細く、乾いていた。
踏み固められた土には、いくつもの轍が深く刻まれている。
同じ場所へ向かう者が多い証拠だった。
先に進んだ者たちの足跡が消えきらないまま重なり、道そのものに人の流れを染み込ませている。
その流れの中を、二人は歩いていた。
肩が触れない程度に、少しだけ間を空けて。
ユズハは、ちらりと横を見る。
ノアは前を向いたまま歩いている。
さっきまで漂っていた重さが、少しだけ薄れていた。
顔色も、足運びも、もう極端には沈んでいない。
――戻ってる。
ほんの少しだけ、安心する。
同時に、胸の奥がわずかにざわついた。
あたしが守る、なんて言ったくせに。
結局、こうして様子を見て、戻ってきたことにほっとしている。
守る側の台詞を口にした直後なのに、頼る気持ちの方が先に顔を出している。
ユズハは小さく息を吐いた。
そのまま歩幅を少しだけ合わせる。
「ね」
声をかけると、ノアが軽く顔を向けた。
「どうしたらいいと思う?」
あっさりとした言い方だった。
強がりも、見栄もない。
分からないから聞く。
それだけの声だった。
ノアは一瞬だけ目を瞬かせる。
それから、わずかに視線を落とした。
地面。
岩の配置。
人の流れ。
風の抜け方。
見る。
考える。
組み立てる。
だが、その途中で、ふっと止まる。
「……」
ユズハは、その短い沈黙で察した。
準備が足りていない。
浮かれていた分、詰めきれていない。
遺跡だ、極楽鳥だ、と先に夢の方へ意識が飛んでいたせいで、現実の攻略手順が後ろに回っている。
ユズハは軽く肩をすくめた。
「だったら、武器探しからだね」
切り替える。
そう決めた声だった。
前を向く。
周囲の岩場を見て、落ちている枝を見て、使えそうなものを探す視線になる。
「無理しなくていいよ。あたしは――」
言いかけて、止まる。
「え?」
ノアは考え込んでいなかった。
藁束に手を入れていた。
ごそ、と音がする。
藁の奥から引き抜かれたのは、鉄のパイプだった。
一本。
もう一本。
さらにもう一本。
「え、ちょっ……なにそれ」
カチャ、と乾いた音が鳴る。
パイプ同士が噛み合う。
差し込み、回して固定する。
長さが伸びる。
ただの部材だったはずのものが、一本の棒へと変わっていく。
「え? 準備してたの?」
ユズハが呆れ半分で言う。
ノアは首を横に振った。
「これ」
手元を軽く持ち上げる。
「組み立て式のベッド」
「……は?」
さらに一節が接続される。
全体の長さが伸び、両手で扱うのにちょうどいい位置で収まる。
重心も極端には前後に寄っていない。
見た目以上に扱いやすそうだった。
「でも、差し替えればロッドになる」
「マジ?」
ユズハは目を瞬かせる。
「藁敷布団以外にも作れたの?」
「ベッドメイキング。ベッド」
あっさりと返される。
あまりにも当然のような返答だった。
ユズハは額に手を当てた。
「あーもういい」
軽く首を振る。
「ノアってだけで納得」
完成した棒を見る。
鉄の継ぎ目はあるが、握った感触は悪くなさそうだった。
「今回はクォータースタッフってことね」
「うん」
ノアは頷く。
まるで最初からそういう用途で持ってきていたみたいな顔だった。
その時だった。
ガサ、と音がする。
岩陰で乾いた土が崩れる。
何かがまとめて動いた気配。
飛び出してくる影。
ゴブリン。
一体、二体。
さらにその後ろからも続く。
「来た」
ユズハが短く言う。
ノアからクォータースタッフを受け取る。
指に馴染む。
予想より軽い。
だが、軽すぎない。
足が、自然に動いた。
踏み込む。
最初の一体が振り下ろしてくる棍棒を、半歩だけ外す。
真正面から受けない。
そのまますれ違いざま、下から打ち上げる。
顎が跳ねる。
小さな身体がのけぞる。
一体、崩れる。
止めない。
そのまま手首を返し、棒を回す。
横薙ぎ。
二体目が吹き飛ぶ。
岩肌にぶつかって鈍い音を立て、そのまま転がる。
軽い。
驚くほど軽い。
腕が引っ張られない。
次の動きに移るまでの間がない。
後ろから来る気配がある。
振り返らない。
一歩だけ引く。
空振り。
爪が目の前を切る。
そのまま突き。
腹に入る。
息が詰まる音がして、ゴブリンの身体がくの字に折れる。
「いいね」
ユズハが笑う。
呼吸が乱れない。
足が軽い。
視界が広い。
相手の動きが、雑に見える。
全部、見える。
全部、間に合う。
次々に倒れていくゴブリン。
数はいる。
だが、脅威にはならない。
前に出すぎた一体の膝を払う。
崩れたところへ、返す動きのまま肩口を打つ。
別の一体が横から飛び込んできても、棒の端で顔面を押し返せる。
動きがつながる。
止まらない。
最後の一体。
踏み込む。
喉元へ一撃。
小柄な身体が後ろに跳ね、地面に崩れた。
静まる。
風だけが通る。
「……楽勝」
軽く息を吐く。
クォータースタッフを肩に担ぐ。
体は、まだ軽いままだった。
そのまま後ろを見る。
「どう?」
ノアは少し離れた位置にいた。
戦っていない。
ただ、ほんの少しずつ位置を変えている。
ユズハの動きに合わせて。
邪魔にならない場所。
流れが偏る場所。
逃げ道が空く場所。
挟まれない位置。
何もしていないようで、何もしない場所にいない。
「いい感じ」
ノアが言う。
軽い声で。
「無理してない」
「でしょ?」
ユズハは笑う。
だが、そこでふと視線を落とした。
自分の手を見る。
呼吸を見る。
体の軽さを確かめる。
「……ね」
「うん?」
「これさ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「昨日より、動きやすくない?」
ノアは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「たぶん、地面がいい」
「……ふーん?」
ユズハは、少しだけ疑うように笑う。
地面だけで済む話ではない気がする。
だが、それを今ここで問い詰める必要もない。
クォータースタッフを軽く回す。
重さを確かめるように。
その動きは、まだ十分に余裕があった。
「ま、いいや」
前を見る。
「このまま行こ」
「うん」
二人は、再び歩き出す。
同じ方向へ向かう他のパーティの流れに、ゆるやかに合流しながら。
同じ道を。
同じように進んでいく。
遠くには、まだ人影がある。
遺跡へ向かう列は途切れていない。
誰もが同じ入口を目指し、同じ攻略のつもりで歩いている。
――まだ。
何も変わっていないように見えた。
少なくとも、外から見ればそうだった。
だが実際には、少しずつズレが生まれている。
誰も意識しないうちに。
戦い方も、立ち位置も、
——二人との距離も。
それはまだ小さい。
けれど、確かに積み上がり始めていた。




