第4話 同じ道、違う距離
二人は、いつもと変わらない格好のまま馬車に乗り込んだ。
荷台には藁束が積まれている。
見慣れた積み方で、揺れても崩れないようにきっちりと組まれていた。
ノアは乗り込む前に一度だけ手を入れ、わずかな歪みを整える。
それだけで全体の形が締まり、安定感が増す。
御者が手綱を鳴らした。
乾いた音に合わせて馬が動き出し、車輪がゆっくりと回転する。
街の石畳を離れ、土の道へと変わっていく。
少し離れた場所で、バルトが大きく手を振っていた。
「おーい! 気をつけろよー!」
声がやけに大きい。
必要以上に響いている。
ユズハは一瞬だけそちらを見て、ほんのわずかに眉を寄せた。
いつもの見送りとは違う、妙に力の入った声だった。
――大袈裟すぎる。
そう思いながらも、何も言わずに視線を外す。
わざわざ指摘するほどの違和感でもない。
ただ、引っかかりだけが残る。
ノアは特に気にした様子もなく、荷台を見ていた。
視線は藁束の隙間や沈み具合をなぞっている。
いつも通りの確認だった。
馬車はそのまま、ゆっくりと街を離れていく。
建物が減り、音が遠のき、代わりに風の音が強くなる。
動き出してすぐ、ユズハがぽつりと口を開いた。
「あたしの友達、呼ばなくてよかったのー?」
軽い調子だった。
冗談のようにも聞こえるが、完全に冗談でもない。
ノアは藁束を軽く押しながら答える。
「うん。大丈夫だと思う」
短い。
理由は言わない。
だが、迷いはない。
「ふーん」
ユズハはそれ以上追わなかった。
納得したわけではないが、問いを続けるほどでもないと判断した。
道は南へと続いている。
最初のうちは、ただの移動だった。
すれ違う馬車は少なく、歩く人影もまばらだ。
景色は穏やかで、緊張する要素はほとんどない。
だが、日をまたぐごとに空気が変わっていく。
同じ方向へ向かう馬車が、少しずつ増えていった。
追い越すでもなく、抜かれるでもない。
距離を保ったまま、なんとなく並ぶ。
ばらけているはずなのに、流れだけが一致している。
誰も声をかけない。
誰も干渉しない。
だが、全員が同じ場所を目指していることだけは分かる。
目に見えない列が、ゆるやかに形を作っていた。
「ね、これさ」
ユズハが前を見たまま言う。
「みんな同じとこ行ってない?」
ノアは一度だけ周囲を見渡す。
馬車の数、間隔、速度。
それらを確認してから答える。
「うん、たぶん」
「ふーん」
ユズハはそれ以上気にしない。
不安よりも、状況を受け入れている反応だった。
宿場に入ると、その傾向はさらに強くなる。
馬が多い。
人も多い。
装備も似ている。
剣、盾、杖。
前衛と後衛の構成。
どのパーティも戦闘を前提にしている。
「多いねー」
パンをかじりながら、ユズハは笑う。
緊張感はない。
むしろ、少しだけ楽しそうだった。
翌日も、その次の日も。
景色は少しずつ変わっていく。
平野が丘に変わり、丘が岩混じりの地形へと移り変わる。
草の匂いが薄れ、土と石の匂いが強くなる。
風は冷たくなり、空気は乾いていく。
「なんか、遠足みたいだね」
ユズハは笑った。
だが、その言葉とは裏腹に、周囲の会話は減っていく。
進むほどに、無駄な音が消えていく。
やがて、山が見えた。
岩肌が露出し、木々は少なくなる。
道は細くなり、傾斜も急になる。
馬車が止まった。
「ここから先は徒歩だな」
誰かの声が響く。
特定の誰かではない。
だが、その場にいる全員が同じ判断をしている。
荷を下ろし、装備を整える。
金属の擦れる音が小さく響くが、それもすぐに消える。
音が少ない。
風だけが通り抜ける。
その静けさの中で、気配だけがある。
――その時だった。
少し先に、人影が見えた。
「あ……」
ユズハが息を漏らす。
赤いマフラー。
重い盾。
細身の魔術師。
後ろに立つ回復役。
暁紅蓮隊。
その隣には、装備の整った一団。
無駄のない立ち姿。
統制の取れた空気。
青葉の剣。
ノアの視線が止まる。
身体がわずかに強張る。
顔がほんの一瞬だけ引き攣る。
次の瞬間。
ユズハが、すっと一歩前に出た。
ノアの前に立つ。
自然な動きだった。
だが、明確に“間に入る”位置だった。
視線が集まる。
「……よぉ」
ライガが声をかける。
「どもー。お疲れ様でーす」
ユズハが返す。
軽い声。
だが、その表情は違う。
笑っているようで、笑っていない。
視線を外さない。
わずかな沈黙が流れる。
ユズハはふと横を見る。
岩壁に貼られた紙に気づく。
色付きで、軽い装飾。
あのパンフレットと同じ質感だった。
「……あ」
近づいて目を通す。
内容を素早く確認する。
「ね、これ」
振り返る。
「ノア。ここって入口、分かれてるっぽいよー」
誰もすぐには反応しない。
だが、その意味は共有されている。
ユズハは一歩戻り、そのままノアの手を取った。
「じゃ、こっち行こ」
軽く言って、そのまま引く。
ノアは一瞬だけ止まり、背後の気配を感じ取る。
それから何も言わずに歩き出した。
視線を背中に感じる。
だが、振り返らない。
距離だけが、ゆっくりと開いていく。
◇
少し進んだところで、ノアは肩を落とした。
「複数パーティで、複数ギルド制かぁ」
状況を整理するような声だった。
「ありえたよねー」
ユズハは軽く返す。
空を見上げてから、ノアを見る。
「どうするー? 帰るー?」
軽い調子。
だが、選択肢としては本気だ。
ユズハは少しだけ黙る。
考えている。
「でも、あたしは帰りたくないし」
「え? でも来る前は」
「だってそうじゃん!」
声が強くなる。
「あの態度、マジありえない」
腕を振る。
感情がそのまま動きに出る。
「あたし、超ムカつくんだけど」
理由は単純だった。
だが、だからこそ強い。
ノアは瞬きを一つする。
「だから、力貸して」
ユズハはまっすぐノアを見る。
「あたしが守ってあげるから!」
迷いのない声だった。
ノアは少しだけ目を丸くする。
その言葉の意味を、ゆっくり受け取る。
「えっと……僕は」
「極楽鳥の羽根を見つける、だよね!」
即座に被せられる。
ノアは一瞬だけ考え、それから小さく頷いた。
「……うん」
「絶対、あるって!」
ユズハは笑う。
その声は軽い。
足は——止まらない。




