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第2話 バルトからの依頼

 セレニア交易所の一角に、バルトとユズハの住まいがある。

 冒険者ギルドから歩いて一時間ほどの距離。

 人の流れからわずかに外れながらも、物流の気配だけは絶えず通り抜けていく場所だった。


 扉を押すより先に、内側から声が飛ぶ。


「……遅かったな」


 部屋の奥。

 椅子に腰掛けたまま、バルトがこちらを見ている。

 待っていた、というより、既に一度結論に辿り着いた後の顔だった。


 ユズハが眉をひそめる。


「なに、その言い方。今帰ってきたんだけど」

「見れば分かる。それに」


 間を置かずに返される。

 バルトの指に挟まれた一枚の紙が、場の空気をわずかに変えた。


「……は?」


 ユズハが足を止める。


 バルトは肩を竦める。


「報告が来てる。ついさっきな」


「報告って……」


 言いかけて、言葉が止まる。

 ギルドでのやり取りが、そのまま脳裏に浮かび上がる。


 ユズハの視線が細くなる。


「……誰から」

「受付だ。名前までは言わなくても分かるだろ」


 ノアは何も言わない。

 ただ、視線だけがわずかに落ちる。


 ユズハが噛みつく。


「ちょっと待って。こっちはちゃんと報告してきたんだけど?」

「してきたな」

「だったらなんで――」

「セレニア交易所はマルシェリアでもそれなりに知られているからな」


 当然のように言う。

 ユズハの表情が固まる。理解が追いつかない。


「……は?」

「お前らの結果は、もう上に行ってるらしい」


 バルトは指を軽く組む。


「正式な報告とは別ルートでな。子供のお使いとは違う」


 静かな声だった。

 だが、その意味は軽くない。


 ユズハが息を吐く。


「……なにそれ」

「そういうもんだ」


 納得ではなく、事実として置かれる言い方だった。


「結果は?」


 問うたのはノアだった。

 短く、必要なことだけを切り出す。


 バルトは視線を向ける。

 ほんのわずかに口元が緩む。


「うまくやったな」


 ユズハが目を見開く。

 ノアはわずかに反応するだけで、それ以上は動かない。


 評価でも説明でもない。

 それでも十分に意味を持つ言葉だった。


「討伐数は聞いてる。六体だ」


 ユズハが小さく息を呑む。


「被害なし。時間も想定内」


 言葉を一度区切る。


「十分すぎる」


 わずかに間を置いて続ける。


「流石は俺の娘……いやノアか」


「素直に娘を誉めてよ」


 即座に返る。


 ノアは何も言わない。

 ただ、その言葉を受け取る。


 ユズハが食い下がる。


「じゃあじゃあ、昇格でいいじゃん。なんで据え置き?」


 バルトは即答しない。

 指先で机を軽く叩く。思考の癖のような動きだった。


「表の理由は簡単だ。牙未提出。証明不足」

「それは聞いた」

「だろうな」


 視線がわずかに鋭くなる。


「問題はそこじゃない」


 空気が締まる。


「今回の件はな」


 言葉を選ぶように続ける。


「確認するかどうかの話じゃない」


 短く目を閉じる。


「……抜け道をどう扱うか、だ」


 ユズハが黙る。

 意味を測るように。


「それ、パパがやれって言っ」

「早く上がりたいならだ。で、これだ」

「はぁ?」

「そう目くじらを立てるな。お前らの存在は“見る側”に回されてる」

「意味分かんないんだけど?」

「その場で直ぐに評価できるわけないだろう。不正をしたんだぞ」


 白い歯を見せて笑う。


「そうかもだけど」

「“どう使うか”を考えられている段階だ」


 声の温度が少しだけ下がる。


 ユズハはすぐには返せない。


「……それ、良いの?悪いの?」


 バルトはわずかに笑う。


「両方だな」

「目をつけられた」


 一度言葉を切る。


「だが」


 視線が真っ直ぐ向けられる。


「無関心よりは絶対にいい」


 ノアは動かない。

 ただ、その言葉を受け止めている。


 ユズハだけが、まだ少しだけ遠い。


「好きの反対は無関心みたいな話?なんか、全然すっきりしないんだけど」

「恋愛脳か。すっきりする必要はない」


 バルトは即答する。


「結果を出したのは明らかなんだぞ」


 その一言で、場が締まる。



 部屋は静かだった。


 ユズハは寝台に沈み込み、深く眠っている。

 規則正しい寝息だけが、かすかに空気を揺らしていた。


 ノアは一度だけ壁に視線を向ける。

 静かに扉を開け、耳を澄ませる。


 問題がないことを確認すると、そのままバルトの書斎へ向かった。


「入っていいぞ」


 扉の向こうから、先に声が返る。


 入室後、しばらく言葉はなかった。


 バルトは椅子に座ったまま、夜空を見ている。


 やがて、ぽつりと口を開いた。


「……あの日を思い出す」


 ノアが暁紅蓮隊にいた頃のこと。


「ユズハも朝まで目覚めることはないな」


 声は柔らかい。


「限界まで使って、ちゃんと落ちる」


 視線はノアではなく、遠くへ向けられている。


「これが出来るやつは、案外少ない」


 ノアは何も返さない。


「今日ので確信した」


 バルトは小さく笑う。


「前から引っかかってはいたんだがな」


 ゆっくりと視線を外す。


「……お前も、気づいたか」


 穏やかな問い。


「はい」


 ノアは短く応じる。


「驚くほど戦えます」


「バカを言え。ユズハは真似事くらいしかしてきてないぞ」


「ですが、無駄な動きが多い」


 淡々とした言葉。

 だからこそ、正確だった。


 バルトは最後まで聞き、小さく息を吐く。


「まぁな……」


「だから相性が良い、か」


 わずかに口元を歪める。


「因みに言っておくが、アレは母親似だ」


 軽くおどける。


 ノアは一瞬言葉を失う。


「あの――」

「いい」


 遮られる。


 強くはない。

 だが、止まる。


「才能があるのは間違いない」


 ゆっくりとした声。


「だが」


 深く息を吐く。


「アレは死んだ」


 短い言葉だった。


 ノアは何も言えない。

 ただ、その意味を受け取る。


 バルトは続ける。


「ユズハを守るためだ。そんな顔をするな」


 静かな声。


「夫として情けない。父としても情けない」


 ノアは視線を落とす。


 言葉は出ない。


 バルトはそれを見て、わずかに間を置く。


 そして視線を戻す。


「ノア」


「はい」


 短い返事。


 バルトはほんのわずかに表情を緩める。


「あの子を守ってやってくれ」


 静かな声だった。


 強くはない。

 だが、確かに重い。


 ノアはすぐには答えない。


 短い間。


 それから、ゆっくりと頷く。


「……はい」


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