表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/93

第13話 高めの依頼

 街を抜けると、石畳はほどなく土の道へ変わった。

 人の数も目に見えて減り、代わりに、風がそのまま頬を撫でて通り抜けていく。


 揺れる麦畑は、遠目には穏やかだった。

 けれど、近づけばすぐに分かる。

 その一部だけが、不自然な形で崩れていた。


 踏み荒らされている。

 しかも、ただ獣が駆け抜けたという程度ではない。

 土ごと抉るように削られ、麦の根元まで乱されている。


「……これ、思ったより酷いね」


 ユズハが眉をひそめる。

 さっきまでの軽口は、もう消えていた。


 流石に分かる。

 これは、よくある畑荒らしでは済まない。


「はい」


 ノアは静かに頷く。

 だが、見ているのは荒れた畑そのものではない。


 視線は、跡の方に向いていた。

 踏み込みの深さ。

 沈み。

 抜け方。


 そこに規則がある。


「……来てくれたのかい」


 納屋の奥から、ゆっくりと声がした。


 軋むような足取りで、一人の老婆が姿を現す。

 背は曲がり、体は細い。

 それでも、その目だけは妙にはっきりしていた。


 畑を見ていた目だ。

 ずっと、見続けてきた目だった。


「助かるよ……ほんとに」


「依頼を受けました」


 ユズハが一歩前に出る。


「状況、教えてもらえますか」


「あぁ……」


 老婆は畑の奥を指さした。

 指先は細いが、震えていない。


「夜になると来る」


「昼は?」


「見たことはないね」


「数は?」


 少しの間があった。

 老婆は目を細め、記憶を辿るように視線を揺らす。


「……最低でも三頭だ」


「三頭」


 ユズハの声が、わずかに低くなる。


「同時に動く」


「一頭が突っ込んで、他が回る」


「逃げ場がない」


 ノアの視線が、わずかに動いた。


「連携していると?」


「……あたしにはそう見えた」


 老婆の手が、わずかに震える。

 それは怯えではない。

 長く削られてきた者の怒りだった。


「火は?」


 老婆が顔を上げる。


「出るよ」


「麦が……焼けるんだ」


 視線の先には、黒く焦げた一角があった。

 点々と散っている。

 均一ではない。

 火が走ったというより、飛んだ跡だ。


「……魔法系?」


 ユズハが呟く。


「分からない」


「ただ、光ったと思ったら燃えてる」


 沈黙が落ちる。

 風が、麦の穂を低く揺らしていった。


 ノアが一歩、畑へ入る。

 しゃがみ込み、土に触れる。


 指先で軽く押す。

 沈む。

 戻る。


 そのまま、踏み跡へと視線を移す。


 深い。

 だが――。


「……?」


 わずかに首を傾げる。

 数を数えるように。

 配置をなぞるように。


「どう?」


 ユズハが声をかける。


 ノアはすぐには答えない。

 見ているのは、踏み跡だけではなかった。

 焦げ跡。

 削れた土。

 その位置関係。


 数秒。


「……ヘキサボア」


「え?」


 ユズハが振り向く。


「なにそれ」


 ノアは踏み跡を見たまま答える。


「僕の地元で確認されていた魔物です」


「地元?」


「はい」


「六本脚の猪型です」


「……脚、多くない?」


「六本です」


「いや聞いたよ!」


 ユズハがツッコむ。


「それ、ここにもいるの?」


「います」


「三頭以上です」


「いやそれ今聞いたって!」


「動きが一致しています」


 一拍。


「単独ではありません」


「……ちょっと待って」


 ユズハが眉を寄せる。


「それってさ」


「強いやつ?」


「はい」


「Cランク相当です」


「……やっぱり戻そっか、その依頼」


「問題ありません」


「あるのよ!」


 ユズハが頭を抱える。


「未知の魔物なんだけど!?」


「僕は知っています」


「そういう問題じゃないの!」


 ノアはゆっくりと立ち上がる。

 畑を見渡す。

 踏み荒らされた麦。

 焦げ跡。

 風の流れ。


「特性も把握しています」


「え」


 ユズハが止まる。


「……なにそれ」


「対処可能です」


 静かに言う。


 ユズハがじっと見る。


「……ほんとに?」


「はい」


 迷いはない。

 言い切りに、変な熱も見栄もない。

 ただ、そう判断しているだけだった。


「ユズハさんの足がフル稼働すれば、攻略可能です」


「だからなんで、あたし……、って、足?」


 一拍。


「ユズハさんなら証明できます」


「足の数なんて関係ないってことを」


「は?」


 ユズハが眉をひそめる。


「なんか、変なモード入ってない?」


「入ってません」


「当たらなければ、どうということはありません」


「いや当たったらどうすんのよ!」


「当たりません」


「なんで言い切れるの!?」


「ユズハさんだからです」


「その信頼の仕方、怖いんだけど!」


 ユズハが頭を抱える。

 だが、その目は自然と畑へ向いている。


 踏み跡。

 間隔。

 深さ。

 突っ込んでくる角度。


「……あー」


 小さく漏れる。


「めっちゃ走らされるやつだこれ」


「はい」


「やっぱりあたし前提じゃん!」


 一拍。


 ユズハが顔を上げる。


「で?」


「武器は?」


「レイピアを使ってください」


「……は?」


「レイピアってあたし持ってないけど」


「持ってますよ、ここに」


 ノアが背負っていた藁束に手を入れる。

 がさ、と音がした。


「ちょっと待って」


「なにそれ」


 藁の中から引き抜かれたのは、細身の剣だった。

 無駄のない直線。

 細く、しなやかに伸びる刃。

 陽を受けて、静かに光る。


「……いや、あるんだ」


「はい」


「なんで?」


「整備用です」


「絶対違うでしょ!」


 ユズハが即座にツッコむ。


 ノアは気にしない。


「刺突性能が重要です」


 踏み跡を指す。


「足を止めます」


 ユズハの視線が、そこへ落ちる。

 六本の脚。

 動線。

 重心。


「……あー」


 理解が、繋がる。


「これ、通すやつだ」


「はい」


「切るんじゃなくて」


「はい」


 一瞬の沈黙。


 ユズハはレイピアを受け取る。

 軽く振る。

 風を裂く、細い音。


「……いいね」


 短く言う。


「扱えるんですか」


「バカにしてる?」


「していません」


「ならいい」


 くるり、と手首を返す。

 刃が、空気の中でぴたりと止まる。


「まぁいいや。そういえばお婆ちゃん」


「なんだい?無理だけは」

「腰がいたいの?」


「そりゃ一世紀も生きとればな」

 すっと翡翠の光が鈍色を射抜く


「う……。僕?」

「ん?何の話じゃ?」

「ノアはね。ベッドメイキングの達人なの。あ、押し売りとかじゃないからサービス!」

「実際やるのは僕なんですが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ