第12話 裏技
バルトは一度、目を閉じてから言った。
「ランクを無視して受けろ」
「……は?」
ユズハが固まる。
「それ、どういうこと?」
「依頼主は客。お前たちは雇われ側だ」
「もしかしてお金の話ぃ?あたしは――」
「バカを言え」
即座に切り捨てる。
「それをやれば、俺達の信用も落ちる。客だからこそ掲示板は公開されている。依頼主あってのギルドだ」
「うん。でも」
「制限がかかるのは受付だ」
「そう!」
一拍。
「違う」
バルトは淡々と続ける。
「受付を通さなければいい」
「……いやいやいや」
ユズハが手を振る。
「それアウトでしょ」
「達成すれば評価はされる」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
「ズルではない」
短く言い切る。
「客を優先するんだから、そうなる」
ユズハが顔をしかめる。
「絶対ズルだって」
「その制度は何のためにある」
バルトは一切の感情を乗せずに言った。
「ギルドの信用のためだ」
「……でもさ」
「危ないじゃん」
「ランク外の依頼だよ?」
バルトは肩をすくめる。
「だから制度がある」
それだけだった。
短い沈黙。
ノアが口を開く。
「僕は賛成です」
「え?」
「カルンの頃から思ってたんです。受付の人と話すの大変で」
その瞬間。
バルトがスープを吹いた。
「は?」
ユズハが振り向く。
「その、時間もかかりますし」
ノアは淡々と続ける。
「それ、ノアが陰キャなだけでしょ」
ノアは少し考える。
「……?」
「違います。言葉くらい話せます」
「そういうとこだって言ってんの!」
ユズハが即座にツッコむ。
ノアは首を傾げる。
「ち、違いますし。効率の話で」
「違う!」
間髪入れずに返す。
「今もあたしの目見てないし!」
バルトが小さく息を吐く。
「……まぁ、こいつはそういうやつだ」
軽く流す。
「とにかく、結果が出るならギルドの信用は落ちない。客も満足。それで十分だ」
「ほんとにぃ?」
ユズハが疑いの目を向ける。
バルトはそのまま続けた。
「実際、リスクは高い」
一拍。
「出来るやつしか出来ない」
さらに一拍。
「どの世界にも抜け道はある」
静かに言い切る。
「商売人にとっては信用。そしてお前たちにとっては命だ」
空気が、わずかに重くなる。
ユズハが口を閉じる。
ノアは、ただ頷いた。
「喋らないのは合理的ですね」
「陰キャは黙って!」
◇
「……パパは簡単に言ってたけど」
掲示板の前で、ユズハがぼやく。
人が多い。
装備も、雰囲気も、カルンとはまるで違う。
壁一面に貼られた依頼書。
重なり合い、隙間なく並ぶ紙の層。
量が、異常だった。
「……」
ノアは黙って見上げている。
「ちょっと」
ユズハが横から覗き込む。
「固まってない?」
「量が多いですね」
「でしょ?」
「選別が必要です」
「いやそうなんだけどさ……」
ユズハがため息をつく。
「この街、やりにくいのよ」
「何がですか」
「全部ちゃんとしてる」
一拍。
「ちゃんとしてると、逆に面倒くさいの」
「……?」
「分かんないでしょ」
「はい」
「だろうね!」
ユズハは一歩前に出る。
掲示板に近づく。
紙を一枚めくる。
「これとかどう?」
ノアが一瞥する。
「国外です。不可能です」
「却下!」
ぺら。
「じゃあこれ」
「山岳地帯です。遠すぎます」
「はい次!」
ぺら。
「これは?」
「ただの戦争です」
「なんで貼ってんのよそれ!」
ユズハが叩くように戻す。
「もういい!」
ぺら、ぺら、と雑にめくっていく。
「これも無理!」
「長い!」
「読む気しない!」
「確認は――」
「いいの!」
即答。
「こういうのはね、最初から真面目に選ぶと外すの!」
「そういうものですか」
「そういうものなの!」
言い切る。
そして――
最後の一枚を引き抜いた。
「はい、これ!」
ばしん、とノアの胸に押し付ける。
ノアが視線を落とす。
「……」
一拍。
「Cランクです」
「……あ」
ユズハが固まる。
「……やば」
すぐに手を伸ばす。
「いやこれ戻す――」
「それ」
ノアが軽く首を傾げる。
「多分、いけます」
「……は?」
ユズハの手が止まる。
「いやいやいや」
「Cだよ?」
「はい」
「EとCの差、分かってる?」
「はい」
淡々と頷く。
そして、続ける。
「ユズハさんがフル稼働すれば、攻略可能です」
「は?」
一瞬、間。
「いやちょっと待って」
「なんであたし前提なの?」
「戦力の大部分を担っているためです」
「言い方!」
即ツッコミ。
「いやいやいや無理でしょ!」
「適切に対処すれば問題ありません」
「その“適切”が信用できないのよ!」
ユズハが頭を抱える。
ノアは依頼書を見つめる。
条件。
範囲。
被害。
そして――
「過剰な戦力は不要です」
静かに言う。
ユズハがじっと見る。
数秒。
「……ほんとに?」
「はい」
即答。
迷いはない。
ユズハは依頼書とノアを見比べて――
「……はぁ」
大きく息を吐いた。
「もういい」
「知らないからね」
「はい」
「死にそうになったら全力で逃げるからね」
「問題ありません」
「問題あるのよ!」
それでも。
ユズハは依頼書を握り直す。
「……これで行くよ」
「はい」
二人は掲示板を離れる。
背後では、まだ人が群がっていた。
誰もがランクを見て選ぶ中で――
二人だけが、ランクを外して選んだ。
◇
少し離れた柱の陰。
一人の女が、その様子を見ていた。
厚めの化粧。
白い肌に、鋭いアイライン。
そして――深い赤のルージュ。
その唇が、ゆっくりと動く。
笑っていない。
だが、笑っているようにも見える。
その曖昧さ自体が、作られたもの。
視線は、去っていく背中へ。
――えんじ色のリボン。
そして、その前を歩く男。
女の指先が、無意識に唇へ触れる。
軽くなぞる。
癖のように。
「ノア」
低く転がす。
懐かしむ響きはない。
ただ、確認するような声。
そして、わずかに口角が上がる。
「アタシの信用を無くした男が、こんなところに」
吐息に混じるような声。
だが、言葉は鋭い。
女は柱から身を離す。
ヒールの音は――聞こえない。
掲示板へ歩み寄る。
紙を一枚めくる。
だが、視線は依頼を見ていない。
見ているのは、流れ。
構図。
人の動き。
「……変わらないわね」
小さく呟く。
何が、とは言わない。
紙を戻す。
踵を返す。
人混みに溶ける。
誰も気に留めない。
だが――
その場に残るのは、わずかな違和感。
甘い香り。
そして、赤。
それだけで十分だった。




