第10話 この中に一人、田舎者がいます
ギルドの扉を押し開けた瞬間、空気がわずかに揺れた。
ざわめき、というほど露骨なものではない。
先に動いたのは、声ではなく視線だった。
入ってきた二人。
正確には、その片方に向けられている。
背負子。
えんじ色のリボンが結ばれたそれは、以前よりもずっと作りが良い。
肩の収まりも、重心の落ち着きも、明らかに洗練されていた。
だが、それでもなお、この場では異質だった。
整った装備。
磨かれた靴。
揃えられた外套。
そうした“冒険者らしさ”が並ぶ中で、藁を背負う前提で作られた構造は、あまりにも用途がはっきりしすぎていた。
隠しようもなく、浮いている。
「……何あれ」
「荷運びか?」
「いや、冒険者だろ……?」
小さな声が、あちこちから漏れる。
ユズハは最初、それに気づかなかった。
いつも通りに歩き、いつも通りの足取りで中へ進んでいく。
だが、途中でふっと足を止めた。
空気の流れが、自分を避けているのではないと気づいたからだ。
「……あれ?」
視線の向きに、ようやく気づく。
自分ではない。
隣だ。
ノアは気にした様子もなく歩いている。
白いワイシャツに、支給品のパンツという簡素な格好のまま、背中の背負子だけが妙に機能的に収まっている。
「……ノア」
「はい」
「なんか、めっちゃ見られてるんだけど」
「そうですか?」
ノアは軽く周囲を見回した。
それから、いつも通りの調子で言う。
「装備の問題ですかね」
「問題で済ませていいやつ!?」
ユズハが思わずツッコむ。
だが、ノアは背負子を軽く叩いた。
「機能性は上がってますよ」
「そういう話じゃないって!」
それでも足は止まらない。
そのまま二人は受付の方へ向かう。
並ぼうとして――。
「あ、違います」
受付の女性が、視線だけを寄越した。
「Eランクの方は、あちらへ」
指された先は、壁際。
簡素な木箱が置かれている。
飾り気のない板に、投函口があるだけのものだった。
「……え?」
ユズハが固まる。
「報告書を入れていただければ、確認後に処理されます」
それだけ言って、視線はすぐに別の冒険者へ移った。
もう、こちらを見ていない。
「……これ?」
「これですね」
ノアは迷いなく頷く。
「いや、受付とか……」
「効率的でいいと思いますけど」
そう言って紙を折る。
投函口に差し込む。
カタン、と軽い音がした。
それで終わりだった。
ユズハはしばらく木箱を見つめていたが、やがて納得しきれない顔で振り返る。
「……なんか、雑くない?」
「分かりやすくはあります」
「分かりやすいけどさぁ……」
その時だった。
不意に、空気が整った。
ざわめきが消える。
音が減る。
誰かが黙れと命じたわけではない。
ただ、ごく自然に、会話が一拍だけ遅れた。
視線が、同じ方向へ流れる。
入口。
白が、差し込んだ。
光を受けて、装備が淡く反射する。
磨かれた金具。
揃えられた布。
無駄のない輪郭。
四人。
だが、一つの存在のように歩いてくる。
足音は揃っている。
速すぎず、遅すぎず。
その歩幅に合わせて、周囲がわずかに下がる。
意図したわけではないのに、そこに道が出来ていた。
「……白鷺の紋章」
誰かが、小さく呟いた。
その声すら、この場に馴染んでしまう。
それほどまでに、四人の在り方が完成されていた。
先頭の青年が、わずかに顎を上げる。
アルヴェイン・ベルシュタイン。
視線は柔らかい。
だが、その柔らかさの奥に迷いがない。
その隣。
白銀の鎧を纏う騎士が、一歩遅れて並ぶ。
グラディウス・ヴァルケンリート。
背は高く、立っているだけで空気の芯が通る。
言葉はないが、存在そのものが圧になっていた。
さらに後ろ。
銀の髪がわずかに揺れる。
セレスティア・ルーヴェンハイト。
その視線は、冷静に場を測っていた。
誰がどこに立ち、何を見ているかまで、計算するように流れていく。
最後に。
柔らかな微笑みを浮かべた女が、空気の緩衝材のように歩いていた。
フィオナ・エーデルクラウス。
場の緊張を和らげるように。
けれど決して輪郭をぼかさないように。
四人の完成を最後に整える位置にいた。
四人はそのままカウンターへ向かう。
受付が、すっと姿勢を正した。
ほんの僅か。
だが、明確に。
扱いが変わる。
その途中で、アルヴェインがふと足を止めた。
視線が、壁際へ向く。
ポストの前。
ノアとユズハ。
穏やかな目だった。
「焦る必要はない」
柔らかな声で言う。
「君たちのような者がいるから、街は支えられている」
優しい言葉だった。
否定の余地はない。
そのまま、自然に歩き出す。
入れ替わるように、グラディウスが足を止める。
視線だけを向ける。
「継続しろ」
短い。
それだけ言って、通り過ぎる。
セレスティアが一歩前に出る。
わずかに首を傾げ、二人を観察する。
「現状の選択としては妥当ですね」
淡々と告げる。
「無理をしない判断は合理的です」
それだけ言って、視線を外した。
最後にフィオナが近づく。
柔らかな笑み。
「お疲れさまでした」
優しく言う。
「どうか、ご無理はなさらないでくださいね」
軽く頭を下げる。
それから、くるりと背を向けた。
四人はそのまま歩いていく。
白が揃い、乱れがない。
自然に人の流れへ溶け込んでいくのに、最後まで中心を失わない。
「……は?」
ユズハが、ぽつりと呟いた。
目はまだ、その背中を追っている。
「なんか今……」
言葉がまとまらない。
ノアは少しだけ考えてから言う。
「役割の話ですね」
「え?」
「それぞれ、やることが違うだけです」
「……いや、そういう話じゃなくてさ」
ユズハは頬をかいた。
少しだけ間を置いてから、率直に言う。
「……あたしら、下に見られてない?」
「見てないと思いますよ」
ノアは首を横に振る。
「むしろ、ちゃんと見てます」
「それが一番やなんだけど!?」
思わず声が上がる。
ノアは少しだけ目を瞬かせる。
それから、いつも通りの調子で言った。
「そういうものだと思いますけど」
ユズハはしばらく黙っていたが、やがて肩を落とした。
「……なんか、やだ」
ノアは少しだけ視線を横に流す。
さっきの一団の、白い布地。
裾の揺れ。
光の返し方。
「でも、良い布です」
「は?」
「フットスロー向けに仕立てたい」
さらりと言う。
ユズハは、ゆっくりと半眼になった。
「……そういう目線も、なんかやだ」
ノアは首を傾げる。
「そうですか?」




