第8話 ユズハ初任務
街を抜けると、石畳はゆるやかに土の道へ変わっていった。
往来の音も少しずつ遠のき、代わりに抜けのいい風が頬を撫でていく。
「で、その依頼だけど」
ユズハが紙をひらひらさせながら言う。
「ちゃんと読んでいい?」
「お願いします」
ノアが頷く。
ユズハは軽く咳払いをして、依頼書を読み上げた。
「えーっと……近所の麦畑の農家が、最近困っている」
そこで少しだけ眉をひそめる。
「なんか、ふわっとしてない?」
「続きは」
「読むよ」
紙を顔の近くまで寄せる。
「夜になると、畑が荒らされる。足跡あり。姿は未確認」
「……魔物っぽいですね」
「っぽいね」
ユズハは頷きながら、もう一度紙を見た。
「被害は軽微だが、継続しているため対応希望、だって」
「軽微なんだ」
「でも毎日って書いてる」
「なるほど」
ノアは少しだけ考えてから、静かに言った。
「生活に影響が出る段階ですね」
「そういうことか」
ユズハは紙をひらひらさせながら笑う。
「で、Eランク」
「妥当ですね」
「さっきのより全然マシじゃん」
ユズハは満足げに頷いた。
「こういうのでいいんだよ、こういうので」
歩きながら、ぐっと両腕を上に伸ばす。
「はー、外っていいね。街の中ってなんか詰まるし」
「人が多いですからね」
「あとさ、あの掲示板」
くるっと振り返る。
「でかすぎでしょ。あれ全部見る人いるの?」
「いると思いますよ」
「無理でしょ」
即答だった。
「途中で絶対どうでもよくなるって」
「なりますね」
「なるよね?」
ユズハは妙に嬉しそうに頷く。
「だからあたし、ぱっと見で選んだ」
「そうでしたね」
「だってEだよ?」
少し顔をしかめる。
「重そうなの選びたくないし」
「合理的です」
「でしょ?」
視線の先に、金色のうねりが広がる。
風を受けた麦畑が、陽の下で柔らかく波打っていた。
「……あれか」
「たぶんね」
ユズハは肩を回す。
「よし、さっさと終わらせよ」
「はい」
二人は畑へ向かった。
柵の手前で、ノアが足を止める。
視線が自然と足元へ落ちた。
「……ん?」
「なにそれ」
ユズハも覗き込む。
土の上に、浅い跡が続いていた。
踏み荒らしたというより、何度も同じ場所を出入りしたような痕だ。
「足跡ですね」
「見れば分かるけどさ」
ユズハがしゃがみ込む。
「犬……っぽくない?」
「似てますね」
ノアは角度を変えて見た。
「ですが、軽いです」
「軽い?」
「沈みが浅いので」
「へぇ」
ユズハは適当に頷く。
「でも数、多くない?」
「多いですね」
ノアの視線が畑の奥へ流れる。
踏み跡は中へ続き、戻る形もある。
「出入りしてる?」
「そのようです」
「一匹じゃないってこと?」
「はい。群れの可能性が高いです」
「Eでそれ?」
「規模が小さいのでしょう」
ノアは畑を見る。
荒れているのは、一部だけだった。
全面が食い潰されているわけではない。
「食害ですね」
「……食べてんの?」
「はい」
「肉じゃなくて?」
「はい」
ノアは麦を一本、そっと手に取った。
穂先に目を落とし、そのまましばらく見つめる。
「……勿体ない」
「え?」
ユズハが振り返る。
「どしたの?」
「良さそうだったのに」
「焦げ目がついてます」
「……焦げ?」
ユズハが覗き込む。
そこでようやく、穂先や葉先に残る黒ずみに気づいた。
周囲を見回す。
「……あ」
表情が変わる。
「これ、焼かれてる?」
「そうですね」
「火?」
少し考え、すぐに結論へ辿り着く。
「魔法使ってるじゃん」
「可能性は高いです」
「うわ、めんどくさ」
ユズハが頭を掻く。
「普通のじゃないじゃん」
「はい」
ノアは立ち上がる。
「距離を取るタイプですね」
「だよねぇ……」
ユズハはため息を吐いて、すぐに顔を上げた。
「ま、いいか」
にやっと笑う。
「やること分かれば、なんとかなるし」
軽く肩を回し、そのまま納屋へ向かう。
扉を軽く叩く。
「すみませーん!」
中から足音がした。
少し間を置いて、扉が開く。
日に焼けた男が顔を出した。
「……誰だ?」
「ギルドから。依頼見て来ました」
ユズハが紙をひらひらさせる。
「ああ……!」
男の表情がぱっと緩んだ。
「来てくれたのか!助かる!」
大きく息を吐く。
「もうどうにもならなくてな……」
「夜に出るんだよね?」
「そうだ」
男は何度も頷く。
「日が落ちてからだ。気づいた時には荒らされてる」
「姿は?」
「見てない」
首を振る。
「近づくと逃げるんだ。音だけはするが……」
「数は?」
「分からん。ただ、一匹じゃない」
「足跡は複数でした」
ノアが静かに言う。
「ああ、その通りだ」
男は頷く。
「毎晩、少しずつやられる」
畑を見る。
「全部じゃない。だが……続くときつい」
「だよね」
ユズハが腕を組む。
「地味に削られるやつだ」
「そうなんだよ……」
男は肩を落とした。
「収穫前だってのに……」
「火の跡もありました」
ノアが言う。
「火?」
男が顔を上げる。
「ところどころ焦げています」
「……やっぱりか」
ユズハが息を吐く。
「メイジ系だね」
「メイジ……?」
男の顔がこわばる。
「魔法を使う魔物です」
ノアが淡々と補足する。
「距離を取って攻撃する傾向があります」
「そんなのが……」
男は言葉を失う。
それから、少しだけ躊躇ってから聞いた。
「……あの」
「ん?」
「後から、他の仲間が来るのか?」
一瞬の間があった。
ユズハが、きょとんとする。
「え?」
普通に首を傾げる。
「二人だけだけど」
「……」
男の顔が固まる。
「……本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫」
ユズハは軽く笑う。
「Eランクだし」
「いや、それは……」
男が言葉に詰まる。
「……数が多いんだぞ?」
「でしょ?」
ユズハはあっさり頷く。
「だからちょうどいい」
「ちょうどいい?」
「うん」
にやっと笑う。
「いっぱい倒せるし」
「……そういう問題か?」
「そういう問題」
即答だった。
男はノアを見る。
助けを求めるような視線だった。
「……大丈夫、ですか?」
ノアは少しだけ考えてから、静かに答えた。
「問題ないと思います」
「……そうか」
男は苦笑する。
「いや……分かった。頼む」
深く頭を下げる。
「納屋、使っていいからな。中で休んでくれ」
「助かる」
ユズハが軽く手を上げる。
「じゃ、夜まで準備しよっか」
「はい」
二人は納屋へ向かった。
「ねぇノア」
「はい」
「メイジ系ってさ、燃やしてくるんでしょ?」
「はい」
「ちょっと楽しみかも」
「そうですか」
「だってさ」
くるっと振り返る。
「分かりやすいじゃん」
「……確かに」
「でしょ?」
ユズハは満足げに笑った。




