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第7話 金羊毛掲示板

 通称金羊毛ギルドの掲示板は、壁一面を覆っていた。


 紙が層のように重なり、その上からさらに新しい依頼が貼り重ねられていく。


 端から端まで、隙間がない。


 剥がされた跡の上に、また別の紙。

 古い依頼の端が、わずかにめくれている。


 更新され続ける情報の壁だった。


 街の外だけではない。


 隣国の依頼まで混ざっている。


 距離も、危険も、すべてが同じ面に貼られている。


 ノアは、思わず足を止めた。


「……多いですね」


 視線が、端から端へと流れる。


 読むというより、全体を掴んでいる。


「多すぎ」


 ユズハが腕を組む。


 眉間にしわ。


「なんでこれEなの?」


 一枚を乱暴に剥がす。


 ざっと目を通す。


 紙の端を指で弾くようにして戻す。


「討伐三体、夜間、森の奥って……普通にダルいんだけど」


「危険度の割に、報酬が低いですね」


「でしょ!?」


 バン、と紙を戻す。


 乾いた音が響く。


「絶対これ、上のやつらがいいとこ持ってってるやつじゃん!」


 次の紙。


 見る。


 戻す。


「護衛」


 さらに次。


「採取」


 そして。


「……雑用ってなに!?」


「内容が曖昧ですね」


「でしょ!?」


 イライラが隠れない。


 しばらく睨みつけて。


 ぱっと一枚を剥がした。


「……これでいいや」


 完全に投げた。


 ノアが横から覗く。


「討伐ですね」


「うん」


「内容は――」


「いいいいいい」


 遮る。


「どうせ似たようなもんでしょ!」


「まあ、そうですね」


 あっさり頷く。


「決まり!」


 ユズハはそのまま歩き出す。


「行くよ、ノア!」


「はい」


 ノアは一度だけ紙を見る。


 場所。

 時間。

 対象。


 短く確認して、視線を外した。


「問題なさそうです」


「でしょ!」


 ギルドを出ると、通りの空気が一段軽くなった。


 人の流れ。

 声。

 荷の動き。


 マルシェリアは、常に何かが動いている街だった。


「ちょっと寄る!」


 ユズハが、迷いなく横道へ入る。


 並んでいるのは、簡易な武具や消耗品を扱う露店だ。


「軽いのないかなー」


 棚に並ぶ剣を、次々と手に取る。


 振る。戻す。振る。戻す。


 えんじ色のポニーテールが、動きに合わせてしなやかに揺れる。


 翡翠の瞳が、品物を弾いていく。


「んー、重い」


 一本を戻し、別の一本を取る。


 装備は軽装。


 前に出て、斬って、離れる。


 それを前提にした構成だった。


「これどう?」


 軽く振る。


 風を切る音が短い。


「軽いですね」


 ノアが答える。


 その視線が、一度ユズハから外れる。


 そして――自分に戻る。


 白いワイシャツ。


 セレニア交易所で支給された、簡素な制服。


 動きやすさだけを優先した服。


 余計なものは、何もない。


「……ちょっと待って」


 ユズハが、ぴたりと動きを止めた。


 くるりと向きを変える。


 真正面から、ノアを見る。


 じっと。


 頭から足先まで。


「……え」


 一歩、近づく。


 距離を詰める。


 改めて見る。


 何も背負っていないノア。


 軽い。


 余計なものが、何もない。


「このままで全然、いいのに」


 ぽつりと、そう言った。


 素直な感想だった。


 ノアは少しだけ首を傾げる。


「そうですか?」


「うん」


 即答。


「なんか……普通にいいじゃん」


 言葉を探すように、少しだけ視線を泳がせる。


 だが、結論は変わらない。


「そのままでいいよ」


 ノアは少しだけ考える。


 だが。


「準備は必要です」


 あっさりと返す。


「え?」


 視線が、横へ。


 露店。


 並んでいるのは、背負い籠。


 そのまま歩き出そうとする。


「待って待って待って」


 ユズハが腕を掴む。


「それは無理」


「無理、ですか」


「無理」


 即断。


「ダサい」


 きっぱり。


 ノアは少しだけ考える。


「効率は良いのですが」


「見た目が最悪」


 間髪入れず返す。


 数秒、にらみ合い。


 そして。


「……じゃあ」


 ユズハが別の棚に手を伸ばす。


 背負子。


 籠ほど露骨ではない、荷をまとめるためのもの。


「これならいいでしょ」


 ぽん、と押し付ける。


 肩紐の結び目に、えんじ色のリボン。


「……これなら」


 ノアは背に当てる。


 位置を調整する。


 重心を確かめる。


 安定する。


 動いても、ぶれない。


 藁束をまとめる前提の構造。


 そして。


 背負う。


 収まりが決まる。


「こっちの方が合理的ですね」


 ぽつりと、そう言った。


「……あれ!背負っちゃうの?!」


 ユズハが一歩引く。


 さっきまでの“何もないノア”との落差。


「でしょ!そのままでよかったのに!」


「機能的です」


 即答。


 ユズハは額を押さえる。


「いや……うん……そうなんだけどさ……」


 視線が、リボンに落ちる。


 えんじ色。


 自分と同じ色。


「……まあ、いいか」


 小さく息を吐く。


「それ、あたしが選んだし」


「そうですね」


 ノアは素直に頷く。


 まとめる。

 固定する。

 動く。


 ぶれない。


 装備として成立している。


「……いい感じじゃん」


 ユズハが頷く。


「ありがとうございます」


 ノアも自然に返す。


「よし、行こ!」


 ユズハはもう歩き出している。


 えんじのリボンが揺れる。


 その少し後ろで。


 同じ色が、もう一つ揺れた。

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