表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/136

第5話 金羊毛冒険者ギルド

 石畳は磨き上げられ、朝の光を鏡のように弾いていた。


 通りを行き交う人々は、どこか輪郭が整っている。


 仕立ての良い外套。

 金糸の刺繍。

 歩くたびに、光を拾う靴。


 荷馬車にすら装飾が施され、そこには運ぶだけではない意思があった。


 見せるための街。


 その中心に、異質なまでの存在感を放つ建物がある。


 白亜の壁。

 天へと伸びる柱。


 入口に並ぶ彫刻は、訪れる者を選ぶかのように静かに佇んでいる。


 ――マルシェリア冒険者ギルド。


 別名、『金羊毛冒険者ギルド』。


 カルンの武骨な建物とは、世界ごと切り替わったような差があった。


「……ここ、ギルドなんですか?」


 ノアは思わず足を止めた。


 視線が建物をなぞり、居場所の違いを確かめるように揺れる。


「分かる。場違い感すごい」


 ユズハは肩をすくめる。


 だが、その翡翠の瞳は、むしろ面白がるように光を拾っていた。


「新規登録を」


 バルトがカウンターに向かい、簡潔に告げる。


「ようこそ、金羊毛冒険者ギルドへ。本日は登録でよろしいでしょうか?」


「えぇ。彼を」


 ノアが前に出される。


 書類が渡される。


 名前、経歴、所属。


 ノアは少しだけ悩みながら、それを書き込んだ。


「カルン所属……ですね」


「移籍扱いになりますが、問題ありませんか?」


「問題ない」


 答えたのはバルトだった。


「では、簡易査定を行います」


 査定はあっさりと終わった。


 戦闘力ではなく、基礎能力と実績。


 そして――。


「寝床設営、ですか?」


「はい」


「……なるほど」


 試験官はそれ以上踏み込まず、結果だけを告げる。


「認定します」


 一拍。


「Eランクです」


「……は?」


 ユズハの声が低く落ちた。


「E?」


「普通じゃないですか?」


「普通じゃない」


 即答だった。


「あたし、さっきから思ってたけどさ」


 一歩、前に出る。


「アンタのあれでEはおかしいでしょ」


「いや、戦えないですし」


「そういう問題じゃないって言ってんの」


「……妥当だな」


 バルトが静かに言った。


「は?」


「実績が確認できない。証明もない」


「なら最低から積み上げるしかない」


「でも!」


「そういう仕組みだ」


 言葉は短く、揺るがない。


「……ムカつく」


 ユズハは顔をしかめた。


「ちゃんと見てないじゃん」


「見てないからそうなる」


「だったら」


 一歩、踏み込む。


「あたしが証明する」


「あたしも登録する」


「……は?」


 今度はバルトが眉を寄せた。


「そのまんま」


 ユズハは即答する。


「あたしも冒険者になる」


「どういう戦い方を?」


「前に出る。細かいの無理」


「突っ込んで壊す」


 測定はすぐに終わる。


「前衛適性、問題ありません」


「じゃあそれで」


「軽戦士を推奨します」


「軽戦士?」


「機動力重視の前衛職です」


「……軽戦士、ですか」


 バルトが小さく呟く。


「似合ってますね」


 ノアが言った、その瞬間。


「は?」


 ユズハが振り向く。


「あたし、軽い女じゃないもん!」


「……た、体重の話ではなくて」


「ちょ、酷いし!体重は超軽いし!心の問題だし!」


 多分、間違いなく分かっていない。


「登録完了です。ランクはEからになります」


「まぁ、いい」


 ユズハは頷く。


 そして。


「すぐ上げるけどね」


 その言葉が、空気に小さな波紋を広げる。


 ざわり、とホールが揺れた。


 入口。


 扉が開く。


「……アルファだ」


 誰かが呟いた。


 先頭を歩くのは、レオン。


 その後ろに、ガレス、リリア、エマ。


 乱れのない歩調。

 揃いすぎた距離感。


 完成された隊列。


 そして――。


 その装備が、淡く光を帯びていた。


 朝の光を受けているだけではない。


 金属の縁が、布の織りが、微かに光を返している。


 それは反射ではなく、積み重ねの滲みだった。


 使い込まれ、選ばれ、研がれてきたものだけが持つ、静かな輝き。


 強さが、言葉ではなく形としてそこにあった。


 自然と、周囲の装備が霞んで見える。


 それほどの差だった。


 そして――。


 後列に、見慣れない男。


 軽装。背には楽器。


 だが、その配置は不自然ではない。


 むしろ、完成の最後の一片のように収まっていた。


「……あれ、誰?」


 ユズハが呟く。


「新しいの入ってる」


 視線を外さずに言う。


「吟遊詩人だ」


「知らないの?」


 バルトを見る。


「あのレベルになるとさ」


 アルファを指す。


「戦うだけじゃなくて、“見せる”のも仕事になる」


「語らせる役が必要になる」


「だから吟遊詩人」


「あれで“完成”」


 男は一度だけ周囲を見渡し、何事もなかったかのように前を向いた。


 ノアは――止まっていた。


 視線が、アルファに固定される。


 レオン。


 ガレス。


 リリア。


 エマ。


 そして、エリオット。


 一拍。


 ゆっくりと、視線を外す。


「……人、多いですね」


 遅れて出た言葉。


「気にならないの?」


「何がですか?」


「アルファだよ?」


「……」


 一拍。


「すごいんでしょ?」


「まぁ……そうじゃないですか」


 わずかに、言葉が荒くなる。


 ノアは掲示板へ視線を戻した。


 もう一度も見ない。


「……行くよ」


 ユズハが言う。


「依頼、取りに行く」


 視線はまだ、アルファにある。


「同じギルドなんだし」


 小さく笑う。


「知り合いになれるといいね!」


 誰も知らない。


 目の前の少年が、かつてそのパーティに居たことを。


 ただ一人。


 本人だけが。


 何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ