第4話 検品係に向いている冒険者
ノアがセレニア交易所に居候して、数日が経った。
マルシェリアの中心部から少し外れた場所に、その交易所はある。
石とガラスに囲まれた街の中にありながら、そこだけは視界が抜けていた。
巨大な倉庫がいくつも並び、その間を荷車が行き交う。
積まれた麻袋、木箱、干し草の束。
絶え間なく動く物流の流れが、ここで一度、形を整える。
セレニア交易所。
全国に張り巡らされた商人ギルドのネットワークの中でも、輸送と管理を担う拠点。
物が集まり、選別され、そして再び送り出される場所だった。
その一角で、最初に異変に気づいたのは、倉庫番だった。
「……待て」
静かな声だったが、その手はぴたりと止まる。
「これ、どこから入った?」
「え?普通の仕入れだが」
「違う」
ノアは麻袋を軽く押す。
沈み方を確かめるように、指先にわずかに力を込める。
それから袋の口を開き、鼻を近づけた。
「途中で濡れてる」
「いや、乾いてるぞ?」
「乾いてるけど」
一拍。
「発酵が中途半端」
「……は?」
「温度上がって、一回進んでる」
「でも途中で止まってる」
中身を軽く掻き分ける。
「芯だけ残ってる」
「これ、このまま使うと」
一瞬だけ考えて、言葉を選ぶ。
「寝てる間に匂い変わる」
倉庫番が顔をしかめる。
「……それ、分かるのか」
「分かる」
一拍。
「寝れば」
「寝るな」
即座に返る。
ノアは気にしていない。
「こっちも」
別の束を持ち上げる。
「硬さはいいけど、混ざってる」
「別の草」
「乾ききってない」
「……お前、鼻どうなってんだ」
「普通」
真顔だった。
そのやり取りを皮切りに、周囲がざわつき始める。
「これも見てくれ」
「こっちも頼む」
気づけば、囲まれていた。
ノアは一つ一つ確認する。
迷いなく。
躊躇なく。
「これは大丈夫」
「これはダメ」
「これはギリ」
線引きが、妙に正確だった。
文句は出ない。
むしろ。
「助かる……」
「弾けるのはでかいな」
評価が、先に立った。
少し離れた場所で、バルトはそれを見ていた。
荷車が行き交い、声が飛び交う中で、あそこだけ流れが変わっている。
「……使えるな」
小さく、そう呟く。
だが、すぐに視線を細めた。
「いや、それだけじゃ済まんか」
腕を組む。
「カルンの冒険者、か」
所属が曖昧なまま、こちらで働かせている。
「引き抜きに見られたら、面倒だな」
一度、息を吐く。
「暁紅蓮隊……」
名は聞いている。
「最近、やたら上がってきてる連中だ」
その一員だった男。
「完全に切れてるとは限らん」
少しだけ視線を落とす。
「戦場に出すか、囲うか」
短く区切る。
「だが……戦場じゃないな」
ノアを見る。
「価値はこっちだ」
積まれた素材。
「検品、管理……これだけで質が変わる」
一拍。
「囲うなら、筋は通す必要がある」
そう言ってから、視線を横に流す。
えんじ色の髪の少女が、壁にもたれていた。
「……ああ、面倒だな」
退屈そうに見えるが、目が違う。
「見つけた目をしてる」
苦笑する。
「止まらんぞ、あれは」
確信している。
「このままだと、連れていくな」
冒険者ギルドへ。
「理由なんて、いくらでも作るだろう」
一拍。
「……なら先に動くか」
結論は早かった。
その夜。
バルトは別の情報を引いていた。
カルン。
アイアンループの崩壊。
そして――“ノア”。
戦闘記録は不明。
だが、関わった者が軒並み調子を崩し、組織は内部から瓦解した。
そういう話だった。
紙に目を落としながら、呟く。
「……話が合わんな」
昼間の姿を思い出す。
「どう見ても、違う」
だが。
「無視はできんか」
椅子にもたれ、息を吐く。
思考は止まらない。
翌日。
倉庫の隅で、ノアはまた素材を並べていた。
「ねぇ」
えんじ色の髪の少女が、しゃがみ込む。
「アイアンループ潰したの?」
唐突だった。
ノアは少しだけ首を傾げる。
「潰してない」
「でもさ、ノアってことになってるよ?」
「言われてるの?」
「言われてる」
ノアは少し考える。
「……寝てただけ」
「は?」
「森で」
「普通に寝てた」
「いやいや」
少女が笑う。
「それで潰れるわけなくない?」
「僕もそう思う」
真顔。
「じゃあなんで?」
「シャルルさんが来て」
「奥行って」
「ダクネス現象の中入って」
一拍。
「勝手に片付けてた」
沈黙。
「……意味わかんない」
「うん」
ノアは頷く。
その時だった。
「一つ確認する」
バルトの声。
「カルンの記録では、暁紅蓮隊が解体したことになっている」
「特に、シエラとロイドだ」
「うん」
「そうだよ」
ノアは頷く。
「だが」
「裏では“ノア”が壊したことになっている」
少女が笑う。
「どっちも本当っぽいじゃん」
ノアは首を傾げる。
「僕は何もしてない」
「寝てただけ」
バルトは少しだけ黙る。
「……分からんな」
それが結論だった。
だが。
視線を横に流す。
えんじ色の髪の少女。
その翡翠の目。
奥に、光が宿っている。
「……ああ、そういう目か」
小さく呟く。
理解した。
「勝手に動くな、これは」
一拍。
「止めても無駄だ」
さらに続ける。
「規則も、規律も、法律も、条約も」
「全部踏み越える」
短く息を吐く。
「……最悪、セレニアが飛ぶな」
結論は早かった。
「ええい、ままよ」
軽く頭を振る。
「なら、枠の中に入れる」
「手続き踏ませて、縛る」
迷いは消えていた。
顔を上げる。
「ユズハ」
「なに?」
「ノアを連れて、マルシェリアの冒険者ギルドに行くぞ」
一瞬。
止まり。
次の瞬間。
翡翠の光が、はっきりと増す。
「え?いいのー?!」
声が弾む。
バルトはそれを見て、わずかに顔をしかめた。
「……やっぱりな」




