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第3話 彼女は冒険者志望

 部屋の空気は、最初から張り詰めていた。

 軽口が通るような余白はなく、言葉一つで空気が変わる、そんな密度だった。


「でさ」


 ユズハが腕を組んだまま言う。


「ちょうどいいじゃん」


「何がだ」


 バルトは視線すら動かさない。

 その声には、最初から否定が含まれていた。


「こいつ」


 顎でノアを指す。


「冒険者なんでしょ」


「……そうだな」


「じゃあさ」


 一歩踏み出す。

 距離を詰める動きに、ためらいはない。


「あたしもやる」


「……」


「冒険者」


 沈黙が落ちる。

 短いが、重く、はっきりと拒絶の色を含んだ沈黙だった。


「却下だ」


 即答だった。


「は?」


 ユズハの眉が跳ねる。


「なんで」


「危険だからだ」


「それだけ?」


「それで十分だ」


 バルトの声は低く、揺らがない。


 ユズハは鼻で笑った。


「パパだってやってたじゃん」


 一瞬。


 バルトの指が、わずかに止まる。


「今は違う」


「何が」


「状況が違う」


 短く、押し切るような言い方だった。


「今は、あの頃とは違う」


 ユズハが睨む。


「何が違うって言ってんの」


 バルトは一瞬だけ視線を外し、そして戻す。


「……分かっているだろう」


「最近の“あれ”だ」


 ユズハの表情が、わずかに曇る。


「……ダクネス現象?」


「あぁ」


 短く頷く。


「発生頻度が異常だ」


「護衛依頼は増え、帰還率は下がっている」


「市場も揺れている」


「偶然で済ませるには、揃いすぎている」


 淡々としているが、その内容は重い。


「だからこそ」


 一歩、踏み出す。


「その言葉を軽々しく使うな」


「ダクネスマキア、などと」


 空気が変わる。

 完全に、商人の顔だった。


「それを認めた瞬間、商人は動く」


「物流は止まり、金は逃げる」


「街が死ぬ」


 静かな言葉だが、現実そのものだった。


「分かるな」


 ユズハは言葉を詰まらせる。


 だが――。


「……それでもさ」


 顔を上げる。


「何もないって言い切れないんでしょ」


「……」


 バルトは答えない。

 答えられない沈黙だった。


 ユズハは、そこで笑った。

 ほんの少しだけ、楽しそうに。


「ねぇ」


 ノアを見る。


「さっき言ってたよね」


「極楽鳥の羽毛布団」


 ノアが目を瞬かせる。


「……言った」


「神話なんでしょ、それ」


「そう」


「でもさ」


 肩をすくめる。


「ダクネスマキアが起きてるかもなんでしょ?」


 沈黙。


「だったら」


 にやりと笑う。


「あるかもしれないじゃん」


 静寂が落ちる。


 ノアは、その言葉を受けて、わずかに目を伏せた。


 胸の奥が、かすかにざわつく。


 理由は分からない。

 ただ、その言葉だけが、妙に残る。


 極楽鳥の羽毛布団。


 神話の話。

 現実には存在しないとされているもの。


 これまで何度も口にしてきた。


 否定もされた。

 無視もされた。


 それが当たり前だった。


 だから、気にしたことはなかった。


 ――はずなのに。


 ノアは顔を上げる。


 ユズハが、こちらを見ていた。


 笑っている。


 疑いも、揶揄もない。

 ただ、普通に。


 “あるかもしれない”と、言っている。


 それだけで。


 なぜか。


「……あるよ」


 声が、わずかに柔らかくなる。


「ある前提で動いてる」


 空気が止まる。


 バルトの視線が鋭くなる。


「……何を言っている」


「ダクネス現象、増えてる」


「ズレてる」


「だから、混ざってきてる」


 淡々と。


「神話も」


 一拍置く。


「その中にある」


 ユズハの口元が、ゆっくりと吊り上がる。


「……マジ?」


 ノアは少しだけ視線を逸らす。


「分かんないけど」


 肩をすくめる。


 ほんのわずかに、口元が緩んだ。


「そう考えた方が、楽しいから」


 ユズハが、にっと笑う。


「いいじゃんそれ」


 ノアは、ほんの少しだけ耳の奥が熱くなるのを感じた。


 理由は分からない。


 ただ。


「……うん」


 短く頷いた。


 バルトは、何も言わなかった。


 ただ、ノアを見る。


 細い。

 軽い。


 覇気もない。


 だが。


(……“ノア”)


 脳裏に浮かぶ名前。


 カルン。

 アイアンループ。


 崩壊の噂。


(……一致しない)


 どう見ても、繋がらない。


 だが。


(……無視はできん)


 長く息を吐く。


「……はぁ」


 そして、切り替えた。


「結論だ」


「君は、ここに居ろ」


「え?」


 ノアが間の抜けた声を出す。


「は?」


 ユズハも同時に言う。


「行き倒れを放置するわけにはいかん」


「それに」


 一瞬、ノアを見る。


「話も聞きたい」


「仕事をさせる」


「対価は寝床と食事だ」


「それでいいな」


「……寝れるなら、いいです」


 即答だった。


 ユズハが吹き出す。


「は?それだけ?」


「大事だから」


 真顔だった。


 バルトはこめかみを押さえる。


「……そうか」


「では決まりだ」


「ユズハ、部屋を用意しろ」


「えー、あたし?」


「他に誰がいる」


「……はーい」


 立ち上がる。


「ついてきな」


「……はい」


 ノアは頷き、歩き出す。


 途中で、ふと足を止めた。


「どうした」


「……床、いいですね」


 視線を落とし、確かめるように言う。


「硬さと沈み、ちょうどいい」


「寝やすそう」


 ユズハが半眼になる。


「……何言ってんのこいつ」


 バルトは、黙ったまま目を細める。


 扉が閉まる。


 静寂が戻る。


「……ノア、か」


 小さく呟く。


 その名を、確かめるように。



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