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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第三章 パーティはギルドを支える存在となる
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第10話 ダンジョン攻略ミッション⑩

 ライガが近づき、折れた角を見下ろした。


「これ……マジで折ったのか」


 笑う。

 信じられないものを見るように。

 興奮と、まだ抜けきらない緊張が、同じ顔の中に混ざっていた。


 折れた角は、地に半ばめり込んでいた。

 太い。

 黒ずみ、ねじれ、根元には赤黒い筋が走っている。

 ただの討伐証明ではない。

 あれだけの怪物が、確かにここにいたという証拠そのものだった。


 ハルトが頷く。


「証拠品だ。回収する」


「だな。これだけで、相当いくだろ」


 ロイドがゆっくりと立ち上がる。

 盾に体を預けていた腕はまだ重い。だが、声は落ち着いていた。


「今回、角付き個体も多かったでありますからな……」


 周囲には、すでに討伐した個体の痕跡がいくつもある。

 折られた角。切断されたもの。回収済みの袋。

 壁際には血と煤がこびりつき、足元には戦闘の名残が散っていた。


 それらを見て、ライガが口笛を吹いた。


「おいおい……これ、二チームで山分けしても、かなりの額になるぞ」


 ケインが肩をすくめる。


「ようやく報われたって感じだな」


 ドルトも無言で頷く。


 ルナが小さく笑った。


「……悪くないわね」


 ミナが続ける。


「ええ。ちゃんと生きて帰れそう」


 その言葉が妙に現実的で、誰も笑わなかった。

 金になる。

 成果になる。

 だが、それ以上にまず、生きて戻れるかどうかが先にある。

 この炭鉱では、それが当たり前だった。


 フィナが、少し遅れて立ち上がる。

 視線は、ノアへ。


「……ノア、大丈夫?」


 ノアは、散らばった藁を見ていた。


 床に広がる藁。

 裂けた袋。

 千切れた紐。

 自分を守っていたはずのものが、もう形を失っている。


「うん。大丈夫だよ」


 背中は軽くなっていた。

 守ってくれたはずのものは、もうほとんど残っていない。


 それでも。


「助かった」


 ぽつりと、そう言った。


 ライガが振り返る。


「いや、助けられたのはこっちだろ」


「ノアが前に出なかったら、あれ止められてねぇぞ」


 軽く言う。

 だが、そこに嘘はなかった。


 ハルトも短く頷く。


「きっかけはノアだ」


 ロイドが笑う。


「結果的に、囮になった形でありますな!」


「いや、それ言い方!」


 フィナが即座に突っ込む。


 空気が、少しだけ軽くなる。


 ついさっきまで死線の中にいたはずなのに、その一言でようやく人間の空気が戻ってきた。

 張りつめていたものが、ほんの少しだけほどける。


 ライガが角を持ち上げる。


「――よし、帰るぞ」


 誰かが笑う。

 誰かが頷く。


 回収は手早く進んだ。


 角を切り分け、袋に詰め、持ち帰る分だけを選別する。

 ドルトが足場を整え、ケインが周囲を警戒する。

 ルナとミナが光を維持し、フィナが回復を回す。


 戦闘の延長のような動き。

 だが、もう戦いではない。


 終わった後の動きだった。


 巨体の周囲から血を避け、足場のいい位置を選び、切断面を探る。

 回収にも手順がある。

 雑にやれば重くなり、遅くなり、次の危険を呼ぶ。


 だから誰も無駄に騒がない。

 興奮はある。

 達成感もある。

 それでも手は止まらない。


 坑道を戻る。


 疲労が押し寄せる中、それでも足は止まらない。

 行きよりも静かだった。

 勝った後の帰路は、本来もっと緩むものだ。

 だが、この炭鉱では違う。


 何が奥に残っているか分からない。

 どこで何が湧くか分からない。

 それを全員が知っている。


 やがて光が見え、外へ出る。

 冷たい風と同時に、ざわめきが広がった。


「おい……!」


「帰ってきたぞ!」


「無事か!?」


 ライガが前に出る。

 そして、角を掲げた。


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間。


「うおおおおおおおおお!!」


 歓声が爆発する。


 物資班も警戒班も、全員が立ち上がる。


「やりやがった!」


「マジかよ!」


 後方の一人が叫ぶ。


「こっちも地獄だったんだぞ! 狼型、何度も来てた!」


「コウモリもな! 物資止められるかと思った!」


 笑いが混ざる。

 だが、その奥には誇りがある。


 前だけじゃない。

 後ろも戦っていた。

 止まらないために、全員が何かを支えていた。


 ルナが言う。


「……ちゃんと回ってたのね」


 ミナが頷く。


「ええ。これが止まってたら終わってた」


 フィナが笑う。


「みんなで、勝ったんだね」


「当たり前だろ!」


「前が戦ってるなら後ろは止めねぇ!」


「それが兵站だ!」


 ライガが笑う。


「いいねぇ……そういうの!」


 そして、もう一度、角を持ち上げる。


「――もう一回いくぞ!」


 全員が息を合わせる。


「おおおおおおおおおおおお!!」


 勝ち鬨が、空へ響いた。



 ノアは、その少し後ろに立っていた。


 歓声の輪の外。

 背中は、軽い。

 軽すぎるほどに。


 その中で、小さな違和感だけが残っていた。


 まだ、誰も気づかない。


 帰路は、静かだった。


 行きと同じ道を辿っているはずなのに、空気はまるで違う。

 魔物の気配は薄い。先行した部隊が掃討を済ませている。足場も整えられ、危険は少ない。


 それでも、誰も気を抜いていなかった。


 戦いが終わったからこそ残る、奇妙な緊張があった。


 馬車が揺れる。

 木が軋む音。車輪が土を踏む音。一定のリズム。


 その中で、全員が黙っていた。


 疲労は大きい。

 だが、それだけではない。


 言葉にしない何かが、場に沈んでいる。


 ノアは、いつもの場所に座っていた。


 荷台の端。

 壁に背を預ける位置。

 足を軽く投げ出し、体の力を抜いている。


 姿勢も、呼吸も、変わらない。


 ――はずだった。


 だが。


 そこに、ない。


 藁束の篭が。


 いつもなら、すぐ隣にあるはずのもの。

 あの、無骨で、かさばる塊。


 それが、ない。


 空間だけが、残っている。


 ぽっかりと。

 不自然に。


 ノアは、その空間を見ていた。


 何かを探すようにではない。

 そこにあったものを、思い出すように。


 手が、無意識に動く。

 何も掴まないまま、止まる。

 そして、ゆっくりと下ろされる。


(……軽い)


 背中が軽い。

 体が軽い。

 動きやすい。

 疲労も、思ったほど重くない。


 それは、本来なら良いことのはずだった。


 なのに。


(……なんか、違う)


 言葉にはならない。

 だが、確かに残る感覚。


 視線が、少しだけ動く。

 前を見る。

 仲間たちを見る。


 ロイドは半分眠りながらも姿勢を崩していない。

 フィナは目を閉じているが、完全には落ちていない。

 ルナは静かに呼吸を整え、ミナは周囲を見ながらも余計な動きをしていない。

 ライガは腕を組み、前を見ていた。


 いつも通り。


 何も変わらない。


 ――はずなのに。


(……あれ)


 引っかかる。


 記憶が揺れる。


 戦闘の光景が、断片的に浮かぶ。


 フィナが狙われた。

 自分が動いた。

 ロイドが弾かれた。

 藁が裂けた。

 その後、崩れた。

 敵が。

 そして、勝った。


 指先が、わずかに動く。


(……これ)


 知っている。


 いや。


 見たことがある。


 視線が落ちる。


 アルファ。


 あの頃。


 自分は後ろにいた。

 戦っていない。

 そう思っていた。


 だが。


 同じだった。


 誰かが前に出る。

 守る。

 崩れる。

 隙ができる。

 そして。

 勝つ。


 喉が、わずかに鳴る。


(……同じだ)


 違和感ではない。


 既視感。


 はっきりとした記憶。


 だが、その意味が分からない。


 なぜそうなるのか。

 なぜ自分がそこにいるのか。


 分からないまま、ただ残る。


 ライガは、前を見ていた。


 同じように、戦闘をなぞっている。


 あの一撃。

 ノアの動き。

 崩れた体勢。

 角。


 綺麗に繋がる。


 あまりにも、綺麗に。


(……おかしい)


 勝った。

 全員、生きている。

 成果も出た。

 完璧だ。


 なのに。


(……なんでだ)


 思考が止まらない。


 ふと、浮かぶ。


 ――アルファも、こんな感じだったのか?


 その瞬間、思考が引っかかる。


 あの時も、勝っていた。

 あの時も、同じだった。


 守りながら戦う感覚。

 一手、余分に使う動き。

 それでも、勝つ。


 視線が、横に動く。

 ノアを見る。


 いつも通りに座っている。

 だが。

 何かが違う。


 その違和感の正体に、まだ名前はつかない。


 ただ、確実に思う。


(……同じだ)


 言葉にはしない。


 だが。


 同じものを見ている者がいる。


 それだけは、分かった。


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