第8話 ダンジョン攻略ミッション⑧
拠点の空気は、昨日とは違っていた。
静かだが、緩んではいない。
全員が起きている。整っている。
だが、余裕はない。
ほんのわずかに、緊張の質が変わっていた。
昨日は「分からないもの」への警戒。
今日は「分かってしまったもの」への備え。
◇
ハルトが地図を広げた。
擦り切れた布切れ。その上に指を置く。
「やることは単純だ」
短く言う。
「正面からは通らない」
「だから、形を作る」
視線が集まる。
「ライガと自分で、足を削る」
「動きを落とす」
ライガが頷く。
「了解」
「ロイドは後衛の護衛」
「崩させるな」
「任せるであります」
ロイドが即答する。
「フィナは回復を回す」
「止めるな」
「うん」
フィナが頷く。わずかに呼吸が浅い。
「ルナは上を取れ」
「頭を下げさせる」
「了解」
ルナが目を細める。
「ミナは流れの維持」
「崩れたら終わる」
「任せて」
静かに返す。
そこで、ルナが口を開いた。
「……一つ」
全員の視線が向く。
「昨日の個体」
「単体じゃない」
短く。
「奥に、もう一体見えた」
空気が、止まる。
「同じ……いや、小型」
「でも、角持ち」
「一角か?」
ハルトが問う。
ルナはわずかに首を振る。
「断定はできない」
「でも、似ている」
「動きは遅い」
「……待っていた」
ミナが静かに言う。
「控えてる個体がいるってこと?」
「可能性は高い」
短い沈黙。
ケインが低く吐き出す。
「最悪だな」
「連戦になる可能性」
ルナが続ける。
「もしくは、途中介入」
ハルトは一度だけ目を閉じ、すぐに開いた。
「なら尚更だ」
地図を叩く。
「短期で削る」
「長引かせない」
ライガが笑う。
「いや、それ無理だろ」
「だから言っている」
ハルトは淡々と返す。
それで終わりだった。
◇
主坑道を進む。
空気が重い。
昨日と同じ。
だが違う。
全員が、それを理解している。
戻れる場所がある。
整えられる場所がある。
それでも――
奥にあるものの質が違う。
見えた。
一角ホブゴブリン。
その巨体が、こちらを捉える。
そして。
奥。
さらに暗い影の中。
一瞬だけ、何かが動いた。
低い輪郭。
もう一つの“角”。
消える。
だが、見えた。
「……いるな」
ケインが低く呟く。
「来るぞ!」
ハルトが叫ぶ。
◇
ロイドが前に出る。
後衛を守る位置。盾を構える。
ライガとハルトが踏み込む。
狙いは下。
足。
斬る。
削る。
浅い。
だが、確実に当てる。
肉ではない。
硬い。
筋肉の上に、さらに何かが重なっているような手応え。
反撃。
踏み込み。
重い。
空気が押し潰される。
「下がる!」
すぐに引く。
無理はしない。
繰り返す。
ルナの魔法が走る。
上。
顔。
爆ぜる。
火が散り、光が張り付く。
ホブゴブリンの視線が上がる。
頭が動く。
「今!」
ライガが踏み込む。
ハルトが合わせる。
斬る。
わずかに、体勢が崩れる。
だが、すぐ戻る。
「止まらない!」
ケインが叫ぶ。
その通りだった。
止まらない。
崩れない。
押してくる。
フィナの回復が走る。
間に合う。
だが、余裕はない。
ロイドの盾が軋む。
「まだであります!」
金属が悲鳴を上げる。
腕が沈む。
膝がわずかに揺れる。
魔法。
斬撃。
防御。
回復。
回る。
流れる。
形は保たれている。
だが。
重い。
確実に削られていく。
体力ではない。
集中。
判断。
呼吸。
呼吸が浅くなる。
わずかな遅れ。
「……っ!」
ライガが息を吐く。
ハルトの動きも、わずかに遅れる。
ルナの詠唱が、半拍遅れる。
フィナの回復が、一瞬遅れる。
◇
その瞬間。
視線が走る。
選ばれる。
「……来る!」
ケインが叫ぶ。
狙いが、変わる。
フィナ。
わずかな綻び。
そこを、逃さない。
踏み込む。
一直線。
圧が、迫る。
背後。
さらに奥。
小さな影が、わずかに動いた。
まだ来ない。
だが、いる。
逃げ場が削られる感覚。
ノアが、気づく。
「……フィナ」
次の瞬間、動いていた。
「ノア!動くな!」
ライガの声が、裂けるように響く。
「俺たちはアルファとは違うんだ!」
踏み込もうとしたノアの足が、わずかに止まる。
その一瞬。
影が落ちる。
爪が振り下ろされる。
避けられない。
ロイドが割り込む。
「通さないであります!」
激突。
だが、止まらない。
「ぐっ……!」
弾かれる。
体が宙を浮く。
叩きつけられる。
空いた。
爪が迫る。
ノアの目の前。
防げない。
――ザクッ。
藁束が裂けた。
衝撃で、ノアの体が転がる。
背中の感触が消えている。
藁が散る。
一瞬の、空白。
視線が、まだノアに向いている。
「――今だ!」
ハルトが踏み込む。
「行くぞ!」
ライガが続く。
横。
死角。
刃が走る。
肉を裂く音。
初めて、確かな手応え。
巨体が、わずかに揺れた。
奥。
もう一つの影が、ゆっくりと頭を上げる。
戦況が、動いた。




