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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第三章 パーティはギルドを支える存在となる
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第7話 ダンジョン攻略ミッション⑦

 巨体が動いた。


 通路を埋めるように、一角ホブゴブリンが踏み込む。


 その瞬間、空気が潰れた。


 ただ大きいだけではない。

 速い。

 その質量に似合わない踏み込みだった。


 岩を削るような足音。

 支柱が、わずかに軋む。

 灯りの火が揺れ、壁に映る影が膨れ上がる。


「来るぞ!」


 ハルトが叫ぶ。


 前衛が受ける。

 ロイドが盾を構え、正面に立つ。


「任せるであります!」


 激突。


 鈍い音が通路いっぱいに響いた。

 金属と肉の衝突音ではない。

 もっと硬く、重く、嫌な音だ。

 盾の芯まで震わせる一撃。


 だが、押し返しきれない。


 ロイドの足が滑る。

 踵が岩を削り、火花が散る。


「重い……!」


 ライガが横から斬り込む。

 シエラの魔法が通路を焼き、ケインが側面へ回る。

 ルナが詠唱を通し、ミナが流れを整える。


 形は出来ている。


 だが、それでも。


「……足りない」


 ハルトが低く言った。


 視線は、角へ。


 届かない。


 異様だった。

 あの角は、ただ頭に生えているだけではない。

 黒く濁り、根元が脈打つように膨らんでいる。

 岩塊を無理やり捻じ曲げて刺したような、不自然な太さ。

 表面には何かを擦り潰したような赤黒い跡がこびりついていた。


 顔もひどい。

 ホブゴブリンの面影はある。

 だが、その比率が壊れている。

 顎は裂け、鼻は潰れ、片目は白く濁り、もう片方だけがぎらついている。

 筋肉は膨らみすぎて、まるで皮膚の下で別の生き物が蠢いているみたいだった。


 でかい。

 ただ大きいのではない。

 見ているだけで、こちらの間合いが壊される大きさだ。


「でかすぎる」

 ケインが吐き捨てる。


 想定より、一回りどころではない。

 踏み込み一つで距離感が狂う。

 肩を振るだけで、前衛の立ち位置が崩される。


 削れている。

 こちらが。


 斬れてはいる。

 焼けてもいる。

 押してもいる。


 だが、止まらない。


 押しても、押し返される。


 その間にも、視線が走る。


 あの濁った片目が、揺れる。

 こちらを見ている。

 見て、選んでいる。


 誰を狙うか。


「……チッ」


 ライガが舌打ちする。


 次の瞬間。


 フィナの回復が、わずかに遅れた。


 ほんの一瞬。

 呼吸一つぶん。

 だが、それで十分だった。


 視線が収束する。


「来る!」


 ケインが叫ぶ。


 一直線。

 フィナへ。


「フィナ!」


 ライガが踏み込む。

 だが、間に合わない。


 その前に割り込む影。


 ロイド。


「通さないであります!」


 激突。


 今度は、止まらなかった。


「ぐっ……!」


 弾かれる。


 ロイドの体が宙を浮き、地面に叩きつけられる。

 盾ごと持っていかれた。

 受けたのではない。

 押し潰されたのだ。


 止めきれない。


 空いた。


 ハルトが踏み込む。

 視線は、まだフィナへ。

 間に合うか――


「引く!」


 鋭い声が割り込んだ。


 一瞬、全員が止まる。


「撤退!」


 重ねる。

 迷いはない。


 押しても届かない。

 このまま続ければ、どこか一枚が剥がれる。


 それを、全員が理解していた。


 ライガがフィナを引く。

 シエラが魔法で遮断する。

 煙が視界を塞ぐ。

 ケインが側面を切り、ルナとミナが動きを整える。


 距離を取る。

 下がる。

 主坑道へ戻る。


 追撃は来ない。


 ただ、奥で動かず、こちらを見ている。


 待っている。

 追うか、待つか。

 その判断すら、向こうにあるように見えた。


 その視線を残したまま、距離が開く。


 やがて、気配が遠ざかった。

 呼吸だけが残る。



 少し離れた位置で、ハルトが短く言った。


「……角は、無理だ」


 誰も口を挟まない。


「届かない」

「高さも間合いも足りてない」


 ルナが頷く。


「正面からでは通らない」


 ミナが続ける。


「流れを固定する必要がある」


 ハルトは地図を軽く叩いた。


「作る」

「その形を」


 ライガが息を吐く。


「……簡単に言うなよ」


「簡単じゃない」


 ハルトは即答した。


「だから引いた」


 それで終わりだった。


 誰も、その判断に異論はない。

 あれは押し切る相手じゃない。

 崩して、剥がして、ようやく届く相手だ。



 拠点に戻ると、誰もすぐには言葉を発さなかった。


 それぞれが装備を外し、腰を下ろす。

 金具の鳴る音が、妙に大きく響く。


 無事ではある。

 だが、余裕はない。


「……強ぇな」


 ライガが呟く。


 それは感想ではなく、確認に近かった。


「想定以上だ」

 ハルトが短く返す。


 ケインが壁にもたれかかる。


「長引いたら削られるな」


 ルナが言う。


「単体の強さじゃない」


 ミナが続ける。


「崩れない」

「押し続ける」


 ドルトが無言で肩を回す。

 ロイドは盾の縁を確かめ、歯を食いしばる。

 フィナだけが、まだ少し呼吸を乱していた。


 選ばれた。

 その感覚が、身体に残っている。



 ノアは、既に動いていた。


 床を整え、藁を敷き直し、布の位置を変える。

 手が止まらない。


 少しでも良くする。

 それが当たり前だった。


 戦闘の反省より先に、休息の修正に入っている。


「……早いな」

 ロイドが呟く。


 座っただけで分かる。


 違う。


 さっきまで通路でこびりついていた重さが、もう抜け始めている。


 呼吸が深くなる。

 肩が落ちる。

 奥歯の噛み締めが、自然に緩む。


「ほんと……」

 シエラが目を細める。


「反則でしょ、これ」


 ライガが笑う。


「助かってるけどな」


 ケインが壁から背を離す。

 ドルトも一度深く息を吐く。

 ルナは短く目を閉じ、ミナは肩の力を抜いた。


 違う。

 明らかに、さっきまでと違う。


 戦場の中に、ここだけ“夜”がある。

 眠れる空気がある。



「今日はここまでだ」


 ハルトが言う。


「明日、もう一度当たる」


 誰も反対しなかった。


 無理に押せば、確実に崩れる。

 それは全員が理解している。



 それぞれが寝床に入る。


 藁の上に体を預ける。

 沈む。

 支えられる。


 呼吸が自然と深くなる。

 力が抜ける。

 意識が落ちる。


 静かになる。


 初めてだった。

 この炭鉱に入ってから、こんなふうに静まるのは。


 ただ一人。


 フィナだけが、横にならなかった。


 壁にもたれ、膝を抱える。

 視線は落ち着かない。

 呼吸が浅い。


 あの瞬間が、離れない。

 視線。

 選ばれた感覚。

 あと一歩遅れていたら、という実感。


 眠れない。


 だから、起きていた。

 ただ、それだけだった。


「……大丈夫?」


 小さく声をかける。


 ノアだった。


 フィナは顔を上げる。


「うん、大丈夫」


 笑う。

 だが、薄い。


「ちょっと、まだ起きてるだけ」


「……そっか」


 ノアはそれ以上言わない。

 責めない。

 励まさない。

 ただ、そのまま自分の寝床へ戻る。


 足音も立てない。

 藁の沈む音だけが小さく鳴る。



 時間が過ぎる。


 静かなまま。


 誰も起きない。

 呼吸だけが揃っている。


 フィナは、目を閉じなかった。


 天井の暗がりを見る。

 支柱の影を見る。

 耳を澄ませる。


 遠くで、何かが鳴いた気がする。

 あるいは、まだ頭の中に残っているだけかもしれない。


 眠れない。


 だから、起きていた。


 ただ、それだけだった。


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