第5話 ダンジョン攻略ミッション⑤
大空洞は、想像よりも広かった。
天井は高い。
支柱が等間隔に残され、空間を支えている。
削り出された岩肌がそのまま露出し、人工の跡がはっきりと残っている。
崩れていない。
維持されている。
その不自然さが、逆に際立っていた。
奥には建物がある。
石と木で組まれた簡易施設。
炭鉱時代の休憩所。
壁は残り、屋根も落ちていない。
入口も開いたまま。
――そのまま使える。
「……使えるな」
ハルトが短く言った。
「そのまま拠点にできる」
「助かったな……」
ライガが息を吐く。
ここまでで、確実に削られている。
大きくではない。
だが、確実に。
集中。
判断。
体力。
すべてが、薄く削れている。
「ノア、あっち」
ライガが施設を指さす。
「中、見てくれ」
「分かった」
ノアは頷き、迷いなく建物へ向かった。
躊躇がない。
戦場のど真ん中でも、やることは変わらない。
◇
中は、まだ使えた。
机。
簡易ベッド。
布。
埃は被っている。
だが、壊れてはいない。
「……悪くない」
ノアが小さく呟く。
床を踏む。
軋みを確かめる。
視線を上げる。
隙間。
風の流れ。
湿気の偏り。
全部を見る。
手が動く。
布を払い、位置を変える。
藁を取り出す。
床に敷く。
考える前に整える。
少しでも良くする。
それが当たり前だった。
外の状況は、頭に入っていない。
“ここを整える”ことが、すべて。
◇
その間に。
外。
空洞の端。
影が動いた。
低く。
音もなく。
支柱の陰を滑る。
施設の裏へ回り込む。
気配は薄い。
だが、消えてはいない。
「……待て」
ケインが言った。
視線をずらす。
施設の裏。
暗がり。
「動いた」
短く。
ドルトが反応する。
「裏か」
「行く」
ケインが回る。
速い。
だが。
間に合わない。
その瞬間。
影が跳ねた。
リッチデッドウルフ。
一直線。
迷いがない。
狙いは――建物の中。
「ノア!」
ライガが叫ぶ。
踏み込む。
だが、距離がある。
削られた分の“わずかな遅れ”。
それが致命的になる距離。
ウルフが入口を抜ける。
ノアは気づかない。
手は動いている。
布を整える。
位置を直す。
より良く。
その背後に。
牙。
迫る。
横から衝撃。
鈍い音。
盾が叩き込まれる。
ウルフが横に弾かれる。
「間に合ったであります!」
ロイドだった。
そのまま踏み込み、押し潰す。
体重を乗せる。
骨が軋む。
動きを止める。
ライガが追撃する。
一閃。
首が落ちる。
一瞬で終わる。
だが、その一瞬が。
遅れていたら、終わっていた。
「……ノア」
ライガが低く言った。
ノアが振り向く。
「なに?」
「……周り見ろ」
短く。
強く。
ノアは止まる。
視線を巡らせる。
倒れたウルフ。
荒れた入口。
息の荒いロイド。
状況が、遅れて入ってくる。
「……気づかなかった」
小さく言った。
「ごめん」
それだけ。
言い訳もない。
すぐに手を動かそうとする。
「いい、続けろ」
ライガが言った。
だが、その声は少しだけ硬い。
今のは、明確な穴だ。
だが。
それ以上に。
ノアの“役割”は別にある。
◇
設営は進む。
藁が敷かれる。
布が整えられる。
空気が、変わる。
ほんの少し。
だが確実に。
「……なんだこれ」
ケインが呟く。
腰を下ろす。
「軽い」
ドルトも言う。
肩を回す。
さっきまでの重さが、ない。
ルナが目を細める。
「魔力、通る」
「詠唱が戻る」
「は?」
シエラが眉を寄せる。
だが、自分でも分かっている。
違う。
明らかに。
思考が止まらない。
判断が滑る。
ノイズが消えている。
ロイドが座り込む。
「これは……回復が早いでありますな」
「回復ってレベルじゃないよね」
フィナが苦笑する。
「普通に、別物」
ライガは壁に寄りかかる。
目を閉じる。
呼吸を整える。
――分かる。
これは。
明確に違う。
静寂。
初めてだった。
ここに来てから。
“落ち着く”という感覚。
◇
ライガがゆっくり息を吐く。
そして言う。
「……ノアの拠点作りを優先するぞ」
「は?」
シエラが顔を上げる。
「この状態、使う」
ライガは続ける。
「中途半端に動くより、ここを整え切った方がいい」
ハルトが一瞬だけ考える。
視線を巡らせる。
隊の状態。
空気の変化。
そして、頷いた。
「合理的だね」
ルナも言う。
「回復効率が違う」
「戦闘継続時間が伸びる」
ミナが静かにまとめる。
「流れを整える方が、結果的に速い」
シエラが舌打ちする。
「……分かってるわよ」
「でも、戦場でそれ言う?」
ライガが肩をすくめる。
「だから言ってんだろ」
「普通じゃねぇって」
視線が、ノアに向く。
当の本人は、何も気にせず手を動かしている。
◇
ハルトが言った。
「……確か」
「アルファが、大ボスの角を圧し折ったら」
「魔窟から魔物が消えたって報告があった」
短く。
そして視線を向ける。
「ノア、実際どうだった」
ノアは少し考えてから答えた。
「……消えたよ」
「全部じゃないけど」
「奥からは来なくなった」
沈黙。
「原因は分かるか」
「分からない」
ノアは首を振る。
「でも、角折った後だった」
「……なるほどな」
ハルトが言う。
◇
「……ひとついい」
ルナが口を開いた。
全員の視線が向く。
「さっきの分岐で」
「奥、見えた気がする」
「何がだ」
「……大きい個体」
「一角ホブゴブリン」
空気が変わる。
「断定はしない」
ルナは続ける。
「でも、サイズがおかしい」
「通常個体じゃない」
ケインが息を吐く。
「マジかよ……」
ハルトが地図を叩く。
「位置は」
「この先」
ルナが指す。
主坑道の奥。
「通路、抑えられてるな」
ライガが笑う。
「シンプルで助かる」
誰も否定しない。
やることは一つだった。




