第4話 ダンジョン攻略ミッション④
目指すは中央部。
炭鉱時代に使われていた、休憩施設付きの大空洞。
そこを第二拠点とする。
――そのはずだった。
通路は整っていた。
削られた壁面は滑らかで、足場も平らに均されている。
天井には支柱が入り、崩落の気配も薄い。
本来なら、歩きやすい道だ。
だが。
「……音、消えないな」
ハルトが呟いた。
足音が残る。
装備の擦れる音が残る。
呼吸が、耳にまとわりつく。
反響ではない。
“残っている”。
重なって、消えない。
「気持ち悪いわね」
ルナが短く言う。
「詠唱が通りにくい」
「魔力の流れも鈍い気がする」
シエラも眉を寄せる。
空間そのものが、静まらない。
落ち着く隙がない。
「止まるな」
ハルトが言う。
「進む」
短く。
全員が頷く。
その時。
「ノアは?」
ライガが後ろを振り返った。
「まだ来てないであります!」
ロイドが即答する。
「荷の後ろで確認済み!」
「分かった、いい。進むぞ!」
ライガはそれ以上振り返らない。
前を見る。
進むしかない。
◇
最初に来たのは、コウモリだった。
暗闇の奥から、音もなく湧く。
群れ。
羽音だけが先に来る。
視界に入る前に、空気が揺れる。
「来る!」
ケインが横に流れる。
側面へ。
同時にドルトが前へ出る。
足を踏み込み、地面を押さえる。
「下がるな!」
低い声。
隊列を崩さない。
ルナの詠唱が走る。
「――火矢」
火が散る。
狭い通路に光が広がる。
コウモリの群れが焼け、落ちる。
焼け焦げた匂いが一瞬で満ちる。
だが。
「多いな!」
ライガが剣を振るう。
「切っても切っても来る!」
ロイドが盾で弾く。
叩く。
弾く。
押し返す。
数は多い。
だが、強くはない。
押し切れる。
押し切れるが――
「……終わりが見えないな」
シエラが低く言う。
落ちたはずの羽音が、消えない。
次の群れの音と混ざる。
“終わった感触”が来ない。
その時。
「ノア、来てるか!?」
ライガが叫んだ。
「――まだであります!」
ロイドが振り向きながら答える。
「視認できず!」
「チッ……」
舌打ち。
だが、止まらない。
「抜けるぞ!」
ハルトが判断する。
殲滅ではない。
突破。
隊列を維持したまま、前へ。
コウモリの群れを押し抜ける。
振り切る。
だが。
羽音は、しばらく後ろで鳴り続けていた。
◇
臭いが変わる。
湿った鉄の匂い。
腐敗の混じった空気。
「……来るな」
ドルトが低く言う。
影が滑る。
低い姿勢。
速い。
「ウルフ!」
ケインが横へ回る。
牙が光る。
腐った毛皮。
目が、光らない。
リッチデッドウルフ。
「前、来るぞ!」
ドルトが踏み込む。
衝突。
重い。
骨の奥まで響くような衝撃。
コウモリとは違う。
一撃が、重い。
数は少ない。
だが。
「……しつこいな」
ライガが歯噛みする。
斬る。
裂く。
それでも、止まらない。
倒れても、すぐには動きが止まらない。
鈍く、粘る。
ルナが詠唱を変える。
「足止める」
氷が走る。
地面が凍る。
ウルフの脚が滑る。
「今!」
ケインが側面から入る。
斬る。
崩れる。
砕ける。
だが。
次が来る。
音が、消えない。
倒したはずの気配が、残っている。
「間がねぇな……!」
ロイドが唸る。
攻撃の合間がない。
息を整える隙がない。
構え直す前に、次が来る。
思考が、わずかに遅れる。
ほんの一瞬。
それだけで、削られる。
その時。
「――来た!」
ライガが叫んだ。
振り向く。
通路の奥。
灯りの向こう。
ノアの姿が見えた。
藁束を背負ったまま。
いつも通りの歩幅で。
何も変わらない速度で。
この中を、歩いてくる。
「ロイド! ノアを頼む!」
「了解であります!」
ロイドが一歩下がる。
盾を構え直す。
ノアの進路を確保する。
前はライガが押さえる。
役割が一瞬で切り替わる。
「そのまま来い!」
ライガが叫ぶ。
ノアは頷く。
「分かってるよ」
短く。
そのまま進む。
止まらない。
迷わない。
この空気の中で。
◇
行軍は続く。
敵は強くない。
一体一体なら問題ない。
だが。
途切れない。
終わらない。
常に何かがいる。
倒しても。
払っても。
“消えない”。
「……なんか重くないか」
ケインが呟いた。
誰も否定しない。
足が鈍る。
判断が遅れる。
集中が削られる。
大きな崩れではない。
だが。
確実に削られている。
気づかないうちに。
静かに。
◇
それでも進む。
止まらない。
止まれない。
前へ。
前へ。
そして。
通路が、開けた。
「……来たな」
ハルトが言った。
視界が広がる。
大空洞。
高い天井。
残された柱。
そして。
奥に、建物。
炭鉱時代の休憩施設。
「……あれか」
ライガが息を吐いた。
「第二拠点」
フィナが言う。
辿り着いた。
だが。
「……思ったより来てるな」
ケインが肩を回す。
腕が重い。
呼吸が浅い。
まだ戦える。
だが、“整っていない”。
「少し休みたい」
ミナが静かに言った。
その時。
「もう準備できてる」
ノアが言った。
振り向く。
すぐ後ろにいる。
いつの間にか。
この削れる空間を、通り抜けて。
「こっち」
そう言って、歩き出した。




