第3話 ダンジョン攻略ミッション③
炭鉱の入口は、思っていたより整っていた。
崩れかけた廃坑ではない。
削られた岩肌はまだ新しく、入口には木の支柱が残っている。
錆びは浮いているが、完全に朽ちてはいない。
足場も踏み固められている。
踏み跡が残っている。
人が、使っていた場所だ。
つい最近まで。
その気配が、はっきりと残っていた。
「……思ったより“現場”だな」
ライガが言った。
「放棄って感じじゃないね」
フィナも周囲を見回す。
道具の痕。
荷を引きずった跡。
削り残し。
途中で止まった仕事の空気が、そのまま残っている。
ロイドが足元を踏む。
「完全に死んだ場所ではないでありますな」
「だから面倒なのよ」
シエラが短く言った。
「構造が残ってる。崩れきってない分、逆に読みづらい」
人工の通路。
整えられた動線。
それが中途半端に機能している。
自然のダンジョンより厄介だ。
意図が残っている。
だが、それがもう人間のものではない。
「一次拠点はここだな」
ライガが振り返る。
後続の兵站部隊が荷を降ろし始めている。
木箱、灯り、布、簡易柵。
入口付近に拠点を作る動きだ。
だが、その動きもどこか急いている。
長くは居たくない、という空気が混じっている。
「ノアは?」
フィナが周囲を見た。
「後ろで荷見てる」
ライガが答える。
「崩れるとか言ってたやつ」
「あー……」
フィナが苦笑する。
「じゃあ先にやる?」
「だな」
ライガが頷いた。
「青葉と合わせるぞ」
◇
入口脇の平らな岩場。
そこに布が広げられた。
古い布切れ。
だが、そこに引かれた線は明確だった。
炭鉱の簡易地図。
「これが現地のやつか」
ライガが覗き込む。
「搬入班から回ってきた」
ハルトが言った。
「最新じゃないが、使える」
短い。
言い切る。
布の上には主坑道と分岐が描かれている。
直線ではない。
緩く曲がり、枝分かれし、所々で広がる。
「歪んでるわね」
シエラが言う。
「縮尺が一定じゃない」
「手描きだな」
ロイドが頷く。
「だが構造は読めるであります」
ルナが静かに口を開いた。
「メイジ個体が出るなら、この分岐」
細い通路を指す。
「詠唱距離を取りやすい位置」
「なるほどな」
シエラが頷く。
「位置取りが生きる場所ね」
ケインが別の線をなぞる。
「こっちは回り込める」
「側面取りやすいな」
ライガが言う。
ドルトが地面を軽く均しながら口を開いた。
「主坑道は広い。踏み固められてる。大型はこっちに来る」
「一角ホブか」
「可能性は高い」
短く言う。
ハルトが頷いた。
「主坑道は前で受ける」
「こっちでやる」
ライガが即答する。
ハルトは一瞬だけ見て、頷いた。
「いい」
それで決まる。
余計なやり取りはない。
ミナが布の端を押さえながら言った。
「流れは分かる。でも長くは持たない」
「だな」
ライガも同意する。
「削られる前に抜ける」
ハルトが指で一点を叩いた。
「ここで合流」
大空洞手前。
開けた空間の直前。
「そこまでに崩れたら?」
フィナが聞く。
「戻る」
ハルトが言い切る。
「無理はしない」
シンプルだが、現実的だった。
沈黙が落ちる。
全員が理解している。
ここは押し切る場所じゃない。
崩れる前提で動く場所だ。
「時間は?」
シエラが聞く。
「短く」
ハルトが答える。
「長くいるほど不利だ」
その言葉に、誰も異論はない。
その時。
「……音、抜けないな」
後ろから声がした。
ノアだった。
いつの間にか、そこにいる。
全員の視線が向く。
「いつの間にいたのよ」
シエラが言う。
「今」
ノアは普通に答える。
「で、音?」
ライガが聞く。
「残る」
短く言う。
「中、ずっと続くと思う」
ハルトがわずかに目を細めた。
「どういう意味だ」
ノアは地図を見たまま答える。
「消えない」
一拍。
「だから、休めない」
布の上の線を、指でなぞる。
「広いところもあるけど」
「逃げ場じゃない」
「溜まる」
言葉は少ない。
だが、指す先ははっきりしている。
空洞。
分岐。
曲がり。
全部が、“音を残す形”をしている。
一瞬、間が落ちた。
誰もすぐには返さない。
理屈としては、分かる。
だが、それを“戦いの前提”にする発想がない。
「……まぁいい」
ライガが区切る。
「行って確かめる」
「それでいい」
ハルトが頷いた。
◇
準備が整う。
灯りが配られる。
武器が握られる。
呼吸が揃う。
入口の前。
黒い口。
光を飲み込む場所。
「行くぞ」
ライガが言う。
「おう」
ハルトが返す。
紅蓮と青葉。
同時に動く。
一歩、踏み込む。
空気が変わる。
湿る。
重くなる。
温度が、わずかに落ちる。
そして。
音が、残る。
足音。
装備。
呼吸。
ひとつ鳴る。
消えない。
次が重なる。
奥へ行くほどに。
積み重なる。
逃げ場がない。
「……なるほどな」
ハルトが小さく呟いた。
まだ、入口だ。
それでももう、分かる。
ここは戦う場所じゃない。
削られる場所だ。
まだ、始まったばかりだった。




