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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第三章 パーティはギルドを支える存在となる
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第1話 ダンジョン攻略ミッション①

 昼のギルドは、本来ならもう少しうるさい。


 依頼帰りの報告、酒の匂い、椅子を引く音。

 雑然とした熱気が広間のあちこちに転がり、誰かの声がどこかで必ず重なっている。そんな場所だったはずだ。


 だが、その日は違った。


 ざわめきはある。だが、それは賑わいじゃない。


 落ち着かない音だ。


 低く、揺れている。


「……なんだ、これ」


 ライガが足を止めた。


 視線の先。掲示板の前に人が集まっている。いつもより多い。

 だが、取り合いの熱じゃない。

 誰もが一枚の紙を見上げ、低い声で何かを言い合っている。


 重い。


 空気が、妙に張っている。


「人、多すぎない?」


 フィナが小さく言った。


「押すなよ」


 ロイドが肩で人波を受け止める。


「近いのよ」


 シエラが露骨に顔をしかめた。


「押してないわ。巻き込まれてるの」


「いや押してるだろ」


 いつものやり取り。


 だが、今日は浮く。


 周囲の空気がそれを受け止めない。


 軽さが、弾かれている。


 ノアは少し後ろから掲示板を見ていた。


 人の隙間越しに見える紙は一枚。


 赤い印が押されている。


 緊急。


 それだけで、十分だった。


「……あれだな」


 ライガが低く言った。


 その時。


「通してください」


 声が一つ、空気を切った。


 人垣が割れる。


 受付から出てきたミリアが、掲示板の前に立った。


 整った制服、乱れのない姿勢。いつもと同じはずなのに、今日はやけに冷たく見える。


「緊急ミッションです」


 広間が、すっと静まる。


 完全に音が消えたわけじゃない。


 鎧のこすれる音、誰かの息。だが、人の声だけが消えた。


 ミリアは書類に目を落とし、すぐに顔を上げる。


「本日未明より、炭鉱ダンジョン周辺、ならびに複数地域にて、ダクネス現象の同時多発が確認されました」


 ざわ、と低い波が広がる。


 同時多発。


 その意味を、誰もが理解している。


 人手が、足りない。


「現在、A帯およびB帯パーティは他地域対応に出払っています」


 ミリアは続ける。


「加えて、C帯にも欠員が出ています。本件はDランク帯への緊急要請となります」


「Dに……?」


「炭鉱だぞ」


「正気かよ……」


 今度ははっきりとしたざわめきが起きた。


 炭鉱ダンジョン。


 狭い。暗い。湿気がこもる。臭いが残る。気配が消えない。


 そこにダクネス。


 条件が悪すぎる。


「出現魔物は」


 誰かが声を張る。


 ミリアは即答した。


「一角ホブゴブリン、ならびにリッチデッドウルフが確認されています」


 空気が、一段落ちた。


「うわ……」


 ライガが顔をしかめる。


「嫌な組み合わせだな」


「前から来るのと、後ろに残るのと、両方で削られるやつね」


 フィナが小さく言った。


 ロイドも低くうなずく。


「持久戦に持ち込まれるでありますな」


 シエラは腕を組んだまま、短く言った。


「最悪の環境ね」


 その空気の中で、ぽつりと声が混じった。


「一角ホブゴブリンの巨大種倒したアルファ、あれでAに上がったんだっけ」


 一瞬だけ、空気が揺れる。


「マジか」


「でかいのやったらAか」


「いや元々強いだろ、あいつらは」


 ほんの少しだけ、熱が戻る。


 だが、それも一瞬だった。


 すぐに現実が押し戻す。


 ここにあるのは、武勇伝じゃない。


 危険任務だ。


「……関係ないわね」


 シエラが冷めた声で言った。


「だな」


 ライガが頭をかく。


「夢見る場所じゃねぇな、これ」


 ロイドが真顔で言う。


「現実を見るべきであります」


「正論すぎる」


 フィナが苦笑した。


 その横で。


 ノアは、わずかに首を傾げた。


「……Aって、すごいのか」


 一拍。


 四人が同時に振り向く。


「そこから!?」


 ライガが素で突っ込む。


「すごいに決まってるでしょ!?」


 フィナも乗る。


 シエラがため息をついた。


「はぁ……説明いる?」


 ノアは少し考えてから、


「でも、寝る場所は関係あるよ」


 空気が、また一瞬ズレた。


「あるわけないでしょ!」


 即答。


 強い。


 だが、ノアは揺れない。


「いや、ある」


 短く、断言する。


 ざわめきの中で、その一言だけが妙にくっきりと残る。


「……なんでそんな自信あるのよ」


 シエラが眉をひそめる。


 ノアは少しだけ視線を落として、


「普通だよ」


「普通じゃない!」


 ライガが突っ込む。


 数人、周囲の冒険者が振り向く。


 空気の種類が違う。


 場の緊張と、ノアの言葉が、かみ合っていない。


 その違和感だけが、はっきりと浮く。


 ミリアが軽く咳払いを入れた。


 空気が戻る。


「本件は合同編成で行います」


 広間が再び静まる。


「選定パーティは、暁紅蓮隊――」


 ライガたちが顔を上げる。


「および、青葉の剣」


 別の場所で、空気が動いた。


 視線が交差する。


 見覚えのある装備、見覚えのある顔。


 以前、掲示板前で軽くやり合った相手。


「青葉の剣か」


 ライガが小さく呟く。


 ミリアは続ける。


「内部は広く、中央に大空洞があります。そこに第二拠点を設営します。進行ルートは分岐の可能性あり。現地で地図を配布しますが、報告と現況が一致しない場合があります」


 嫌な言い方だった。


 つまり、現場は既に崩れている可能性がある。


「現場判断を優先してください」


 短く締める。


 誰も軽くは受け取らない。


 ミリアが最後の書類を閉じた。


「準備の整ったパーティから、正門前へ集合してください」


 一礼。


 張りつめていた空気が、わずかに緩む。


 だが、元には戻らない。


「……行くか」


 ライガが言った。


 軽く言ったつもりだろうが、声は少し硬い。


「行くしかないであります」


「準備、見直すよ」


「当然でしょ」


 三人が動き出す。


 ノアは少しだけ掲示板を見上げた。


 赤い印。


 緊急。


 文字よりも、空気の方が重い。


「ノア、行くぞ」


「ん」


 ノアは頷き、藁束を背負い直した。


 その姿に、近くの冒険者が一瞬だけ視線を向ける。


 こんな任務に、それを持っていくのか。


 そんな目だ。


 だが、ノアは気にしない。


 必要なものは、最初から決まっている。


 寝る場所。


 休める場所。


 それだけだ。


 正門の向こうでは、既に荷の積み込みが始まっていた。


 木箱、縄、灯り、資材。


 いつもより多い。


 いつもより急いでいる。


 誰もが、足りていない。


 炭鉱ダンジョンへの遠征は、もう始まっていた。


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