第10話 砦の崩壊とミッション
砦は、あっさりと静かになった。
つい先ほどまで渦巻いていた気配が、嘘のように消えている。
人の流れが途切れ、指示の声もない。
整っていたはずの隊列は崩れ、残された者たちは互いの顔を見合わせるばかりだった。
統制が、消えている。
それがどういう意味かを、誰も口にはしない。
だが、全員が理解していた。
ここはもう、“組織としては機能していない”。
勝ったのか。
壊したのか。
それすら曖昧なまま。
「……帰るか」
ライガが、ぽつりと呟く。
誰も異論はない。
目的は果たしたのかもしれない。
だが、終わってはいない。
そんな空気だけが、場に残っていた。
「自分たちがここにいても、出来ることはありません」
ロイドが静かに言う。
「……えぇ」
シエラも頷く。
「むしろ、ここから先は“別の話”よ」
その言い方に、誰も突っ込まなかった。
もう、これは現場の問題ではない。
上の層。あるいは、もっと外側の問題だ。
フィナが、ふっと息を吐く。
「なんか……スッキリしないね」
「だよなぁ……」
ライガが頭を掻く。
「勝ったっちゃ勝った気もするけどさ……」
言葉が続かない。
倒すべき敵を倒した感触がない。
ただ、形だけが崩れた。
そんな終わり方だった。
その時。
「よく眠れました」
ノアが、いつも通りの顔で言った。
全員の視線が、一斉に向く。
「……いや、そこ?」
ライガが思わずツッコむ。
「だって」
ノアは首を傾げる。
「ちゃんと寝れたんで」
悪びれない。
というより、本気でそれが重要だと思っている顔だった。
「……そっか」
ライガは一瞬だけ考えて。
砦。
アイアンループ。
よく分からない終わり方。
全部まとめて。
「まぁ、いいか!」
あっさり切り替えた。
「帰って飯だ飯!」
「切り替え早すぎでしょ……」
シエラが呆れる。
だが。
その軽さに、ほんの少しだけ救われたのも事実だった。
◇
馬車は、ゆっくりと進んでいた。
えっちら、おっちら。
大きく揺れるわけでもなく、ただ単調に道をなぞる。
車輪の音が、一定のリズムで響く。
その音に、どこか眠気を誘われる。
戦いの後とは思えないほど、静かな空気だった。
ライガは腕を組み、天井を見上げている。
「……なぁ」
ぽつりと呟く。
「今回、結構やったよな?」
「えぇ」
ロイドが頷く。
「かなりの戦力を捌きました。数だけ見れば、過去でも上位です」
「だよな?」
ライガが身を乗り出す。
「これ、上がるんじゃねぇか? ランク」
期待。
というより、願望。
「……どうかしらね」
シエラが視線を外す。
「結果だけ見れば、悪くないわ。でも」
一拍。
「“終わってない”のよ」
その一言で、空気が少しだけ沈む。
「うっ……」
ライガが言葉に詰まる。
フィナが苦笑する。
「でも、ちょっとは期待してもいいんじゃない?」
「だよな!」
すぐに復活する。
「よーし、帰ったら楽しみだな!」
その横で。
ノアは、すでに眠っていた。
揺れに合わせて、静かに呼吸している。
力の抜けた、完全な休息の姿。
まるで、あの砦に何の意味もなかったかのように。
「……ほんと、この人」
シエラが呟く。
「何なのかしらね」
「よく分かりませんが」
ロイドが腕を組む。
「結果だけ見れば、一番消耗が少ないのはノアさんです」
「それ、褒めてる?」
「……自分でも分かりません」
小さく笑いが漏れる。
重かった空気が、少しだけ軽くなった。
車輪の音が続く。
同じリズム。
同じ揺れ。
だが、その中で。
彼らの中の“何か”だけは、確実に変わっていた。
◇
ギルドは、いつも通りだった。
人の声。
依頼の張り紙。
受付のやり取り。
日常。
何も変わらないように見える。
だが。
彼らの中では、確実に何かが変わっていた。
「おーい、戻ったぞー!」
ライガが元気よく声を上げる。
いくつかの視線が集まる。
だが、それもすぐに散る。
日常の中に埋もれていく。
そのまま、受付へ。
そこにいたのは。
ミリアだった。
灰がかった黒髪。
整えられた制服。
無駄のない立ち姿。
いつも通りの、ギルドの顔。
「お疲れ様です」
丁寧な一礼。
「キュプロス砦の件ですね」
「おう!」
ライガが胸を張る。
「バッチリ片付けてきたぜ!」
ミリアは、少しだけ視線を下げる。
書類を確認する。
静かに。
淡々と。
紙をめくる音だけが、わずかに響く。
そして。
顔を上げた。
「……そう、ですか」
一瞬の間。
それから。
小さく、息を吐いた。
深く。
重く。
溜め息。
「キュプロス砦も、アイアンループのテリトリーだったのですね」
静かな声だった。
だが。
その言葉は、はっきりと響いた。
「……え?」
ライガが固まる。
ロイドの表情が、僅かに引き締まる。
シエラは、何も言わない。
ただ、視線だけが僅かに細くなる。
「報告は受理しました」
ミリアが続ける。
「ですが」
一拍。
「砦ミッションは、不完全です」
「……え?」
「現在も現地は混乱中との報告が上がっています」
淡々と。
事実だけを並べる。
「統制が崩壊した状態で、指揮系統が不明瞭。占拠とも制圧とも判断できません」
つまり。
“終わっていない”。
「よって」
視線が、まっすぐにライガへ向く。
「ミッションは、失敗です」
静かに、断言された。
数秒。
沈黙。
そして。
「そんなぁぁあああ!!」
ライガの叫びが、ギルドに響き渡った。
周囲の視線が一斉に集まる。
だが、それもすぐに興味を失う。
日常は、崩れない。
◇
その声の中で。
ミリアは、もう一度だけ息を吐いた。
誰にも聞こえないほど、小さく。
(……やはり、そうなりますよね)
心の中で、呟く。
壊しただけでは、終わらない。
むしろ、その後が問題になる。
それが分かっているからこそ。
この結果は、当然だった。
そして。
何事もなかったかのように。
次の書類へと手を伸ばした。




