第9話 キュプロス砦の番人⑨
白く裂けた夜が、ゆっくりと元に戻っていく。
だが、空気は変わっていた。
魔物の動きが鈍る。
光に怯み、わずかに足を止める。
「おーい! 無事か!」
ライガの声が響く。
その背後で、ロイドが前へ出る。
「自分が前を押さえます! 退路、確保します!」
大盾を構え、地面を踏み込む。
重い音。
魔物の進路を、強引にずらす。
横から、シエラ。
杖が振られる。
「ファイアアロー」
短い詠唱。
火が走る。
直線的に。正確に。
影を焼き払う。
フィナが続く。
「ラウンドヒール!」
淡い光が広がる。
後方支援。
全体を底上げする。
動きが整う。
暁紅蓮隊。
迷いがない。
その中心で。
「ノア!」
ライガが手を振る。
「こっち来い!」
だが。
「え?」
ノアは首を傾げる。
「なんでですか?」
「なんでって!」
思わず声が荒くなる。
「危ねぇだろうが!」
「いや」
ノアはあっさり返す。
「ここ、良くないですよ」
同じことを、もう一度。
まるで当然みたいに。
ライガが一瞬、言葉を失う。
その横で。
「ノア!」
ロイドが声を張る。
「いいから来てください! 今はそっちじゃない!」
さらに。
「……いいから、来なさい」
シエラが低く言う。
その声音は、普段より少しだけ硬い。
ノアは、そこでようやく動いた。
「……あ、はい」
軽く頷く。
素直に、こちらへ向かう。
だが、その動きはやはり妙だった。
一歩、ずれる。
ほんの少し位置を変える。
また一歩、ずれる。
それを繰り返しながら、近づいてくる。
その間にも、魔物は動く。
数が増えている。
囲い込むように。
だが。
ロイドが押さえる。
シエラが焼く。
ライガが切り込む。
フィナが支える。
連携は崩れない。
ただ。
その後方で。
「……」
シャルルは動かなかった。
状況を見ている。
紅蓮隊。
連携がいい。
想定以上に。
そして。
ノア。
あれは。
ただの偶然ではない。
視線が、わずかに細まる。
その時。
「……で」
ロイドが短く言った。
シエラへ。
「聞き込みの件、どう思います?」
戦闘中とは思えない、落ち着いた声だった。
「……まだ確定じゃない」
シエラが返す。
火を放ちながら。
「でも」
一拍。
「消えてる数が合わない」
「……やっぱり、そうですか」
ロイドの目が細くなる。
前を押さえながら。
「ガイルの話とも一致します」
その名に。
シャルルの視線が、わずかに動く。
ほんの一瞬。
だが、確かに反応した。
それを。
シエラは見逃さなかった。
「……やっぱり」
小さく呟く。
そして。
「ノア」
呼ぶ。
「え?」
「来なさい。今すぐ」
今度は、迷いのない命令。
ノアは素直に動いた。
ロイドの後ろへ滑り込む。
その瞬間。
空気が一段、変わる。
圧が、抜ける。
張りついていた何かが、わずかにずれる。
「……なるほど」
ロイドが低く呟いた。
「位置、ですか」
「……えぇ」
シエラが短く答える。
理解しきってはいない。
だが、無視もできない。
それが、今の結論だった。
その間にも、魔物はまだいる。
だが、押し返している。
均衡が、こちらへ傾く。
その時。
シャルルが動いた。
ほんの僅かな隙。
視線が外れた、その瞬間。
「……なるほどね」
小さく呟く。
口元が、わずかに上がる。
笑っている。
だが、そこに温度はない。
理解した。
見切った。
そして、切り替えた。
次の瞬間には、もう決めている。
すっと後ろへ下がる。
音もなく。
気配を消しながら。
戦わない。
この場は、捨てる。
判断は早い。
その早さだけが、むしろ薄気味悪かった。
次の瞬間には、もう姿がない。
「……!」
ロイドが振り返る。
だが、遅い。
「逃げた……!」
ライガが舌打ちする。
その時。
別方向から、気配。
ヴァネッサだった。
派手な装い。
だが、その動きは静かだ。
夜に馴染みすぎている。
視線が流れる。
シエラへ。
「……アナタ」
一瞥。
ほんの一瞬。
だが、値踏みするような目。
「ふぅん」
それだけ。
意味深な響きだけを残して、踵を返す。
そのまま、闇へ溶けるように消える。
続いて。
バルガス。
葉巻を咥えたまま、ゆっくりと歩いてくる。
戦う気配はない。
ただ。
ノアを見る。
じっと。
数秒。
その視線だけが重い。
そして。
「ノア」
低い声。
「顔、覚えたからな」
それだけ言う。
脅しとしては曖昧だった。
だが、妙に引っかかる。
忘れないと告げる声だった。
そして、そのまま背を向ける。
森の奥へ。
消える。
「……なんなんだ、あいつら」
ライガが吐き捨てる。
だが。
誰も答えない。
代わりに。
シエラが、静かに言った。
「……アイアンループでしょ」
「アイアンループ……」
その言葉の意味はさて置き。
もっと理解不能なもの
それは
「ノアは何をやったの……。何が見えているっていうの」




