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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第二章 弱小パーティは駆け上がる
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第7話 キュプロス砦の番人⑦

 朝。


 砦の空気は、やはり変わらなかった。


 夜が何度巡ろうと、ここでは朝は同じ形で訪れる。


 石壁に反射する淡い光。

 乾いた風。

 短く交わされる指示。


 誰もが、同じ動きをしている。


 違いなど、ないはずだった。


 ──表面上は。


 足音の間隔が、わずかに広い。

 声が、半拍だけ低い。

 視線が、必要以上に交差しない。


 ほんの僅か。


 だが確かに、何かが張り詰めている。


「おー!」


 その声だけが、場に軽さを持ち込む。


 ライガが大きく手を振った。


「ノア!戻ってきたか!」


「おはようございます」


 ノアは軽く手を上げる。


 いつもの調子。

 いつもの声。


 何も変わらない。


「無事でよかったぁ……!」


 フィナがほっとしたように笑う。


「……あんた、本当に無事ね」


 シエラが目を細める。


 疑いと、呆れと、そして観察。


「はい」


 ノアはあっさり頷いた。


「特に問題なかったです」


「問題しかねぇだろ……」


 ロイドが低く呟く。


 だが、それ以上は続かない。


 言葉にしても、意味がないと分かっている。


 その周囲で。


 ミッドナイト隊の数人が、手を止めていた。


 一瞬だけ。


 ノアを見る。


 すぐに逸らす。


 誰も、関わろうとしない。


 関わる理由が、分からない。


 関わってはいけない気がしている。


 理由はない。


 だが、空気がそう言っている。


「昨日はどうだった」


 シエラが問う。


「昨日ですか?」


 ノアは少し考えて。


「前より寝やすかったですね」


 と、あっさり答えた。


 それだけだった。


 軽い。


 あまりにも軽い。


 だが。


 それを聞いた数人が、明確に顔をしかめた。


 小さく。


 誰にも見られないように。


「……マジかよ」


 ロイドが顔をしかめる。


 フィナは苦笑しながらも、


「でも、よかったよ」


 と素直に言った。


「まぁ、生きて帰ってきてるんだから問題ねぇな!」


 ライガが笑う。


 それで、場は一応まとまる。


 いつも通り。


 何も変わらない。


 ──そのように“処理される”。



 キュプロス砦の最奥。


 そこは、他の区画とは明らかに違っていた。


 石の色が違う。

 壁はより古く、より重い。


 まるで外界を拒絶するかのように閉じている。


 光はほとんど入らない。


 細い通路を抜けた先。


 円形の広間。


 音が吸われる。

 気配が沈む。


 ここでは、声を出すこと自体が“目立つ”。


 中央に置かれた石の卓。


 無数の傷。

 削れた跡。


 長年、何かを決めてきた場所。


 その卓を挟み。


 三人が、向かい合っていた。



「で?」


 シャルルが口を開く。


 柔らかい声。


 だが、この場ではそれが最も鋭い。


「どういうことかなぁ、これ」


 視線は外へ。


 砦の外。

 その先。


 ノアのいる方向。


 だが、見ているのは“個”ではない。


 流れ。

 構造。


 歪み。


 バルカスが煙を吐く。


 暗がりの中で、その煙だけがゆっくりと形を持つ。


「……分からん」


 短く答える。


「確認はした」


「へぇ」


 シャルルが、わずかに首を傾ける。


「で?」


「生き残れる形を取っていた」


 それだけだった。


 説明になっていない。


 だが。


 それ以上、言葉にできない。


 ヴァネッサが鼻で笑う。


 乾いた音。


 だが、すぐに消える。


 この場では、余計な音は長く残らない。


「はぁ?」


 腕を組み、卓に軽く寄りかかる。


「そんなの、他に回せばいいだけじゃない」


 軽く言い放つ。


「一人に固執する意味、ないでしょ」


「……あぁ」


 バルカスが肯く。


 葉巻の火が、わずかに揺れる。


「弱い奴なら、他にもいる」


 低い声が落ちる。


「ミッドナイト隊には、いくらでもな」


 合理的だった。


 これまでのやり方。

 この組織の“正解”。


 だが。


「全く……」


 シャルルが、小さく息を吐いた。


 笑っている。


 いつも通りに。


 だが。


 その声の温度が、明確に落ちる。


「話にならない」


 その一言で。


 空気が変わった。


 圧が、下がるのではなく──沈む。


 ヴァネッサの指が止まる。

 バルカスの煙も、わずかに揺らぐ。


 シャルルは、ゆっくりと言葉を重ねた。


「一度や二度なら、まだいい」


 指を一本立てる。


「事故で済む」


 もう一本。


「偶然で押し切れる」


 そこで止まる。


 暗がりの中で、その指先だけが浮かぶ。


「でもさ」


 目が、わずかに開く。


 奥に宿る光は、冷たい。


「ここまで続いたら、どうなる?」


 誰も答えない。


 だが。


 答えは、全員が知っている。


「バレバレだよ」


 静かに言い切る。


「“あそこ、やってるな”ってね」


 その瞬間。


 空間の“外側”が意識される。


 この砦の外。

 他の隊。

 他の目。


 見られている可能性。


 それだけで、空気が一段冷える。


 ヴァネッサが口を閉じる。

 バルカスも、何も言わない。


 シャルルは続ける。


「つまりさ」


 肩をすくめる。


「このやり方は、もう使えない」


 断定。


 石の卓に、指が触れる。


 音は出ない。


「同じ手を打てば打つほど、痕跡が残る」


 ゆっくりと。


「アイアンループはね」


 一拍。


「“効率”で回ってるんじゃない」


 さらに静かに。


「“気づかれないこと”で回ってる」


 それが本質。


 だから。


「やり方を変えるしかない」


 ヴァネッサが低く言う。


「……で?」


 短い問い。


 シャルルは笑う。


「落とし前だよ」


 軽く。


 だが、逃げ場はない。


「歪んだ部分は、一度切り落とす」


 その言葉に。


 空気が、さらに沈む。


 バルカスが問う。


「……誰をだ」


「決まってるじゃない」


 シャルルは笑う。


 柔らかく。

 変わらず。


 だが、その目は冷えている。


「原因を作ったやつ」


 視線が、遠くへ向く。


 ノアのいる方向へ。


「ボクが殺してくるよ」


 さらりと。


 まるで、軽い用事のように。


「いいな?」


 確認。


 だが、それは決定だった。


 沈黙が落ちる。


 拒否はない。

 異論もない。


 この場では、それが同意になる。


「……好きにしな」


 ヴァネッサが吐き捨てる。


 バルカスは何も言わない。


 煙だけが、静かに揺れる。


 それで十分だった。


「うん。じゃあ、そうするね」


 シャルルが微笑む。


 その笑みだけが、この空間で浮いていた。



「で、今日はどうすんだ?」


 ライガの声が、現実へ引き戻す。


「いつも通りでいいんじゃないですか」


 ノアがあっさり言う。


「……あんたね」


 シエラがため息をつく。


 ロイドは頭を掻きながら、


「……気をつけろよ」


 とだけ言った。


「はい」


 ノアは素直に頷く。


 それだけだった。


 何も変わらない。

 何も知らない。


 ただ、いつも通り。


 その背後で。


 組織の“やり方”が変わったことも。

 自分が、その“落とし前”として選ばれたことも。


 誰にも知らされないまま。


 柔らかな思考と、無防備な認識に包まれて。


 静かに、切り捨てられる準備だけが進んでいた。


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