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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第一章 ノア、弱小パーティに拾われる
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第1話 寝床役は拾われる

 朝。

 ノアは静かに起き上がった。

 ベッドを見る。整っている。

 昨夜、自分で直したものだ。


 手を伸ばし、軽く押す。

 沈みは均一だった。


「……いい」


 それだけ呟いて、立ち上がる。



 宿の一階には、朝の光が差し込んでいた。


 ノアは、いつものようにシーツを外す。

 皺を伸ばし、角を合わせる。

 布を戻し、手のひらで押して沈みを確かめる。


「ほんと、丁寧だねぇ」


 女将の声に、ノアは軽く頭を下げた。


「ノアちゃんが来てからさ、客の機嫌がいいんだよ」

「昨日も言われたよ。“よく眠れた”ってねぇ」


 女将はそう言って笑う。


「まぁ、長くいてくれると助かるんだけどねぇ」

「……ありがとうございます」


 短く返す。

 それ以上は言わない。

 次のベッドへ向かう。


 同じように整え、押し、沈みを確かめる。


「問題ない」


 それでも、わずかに位置を直す。


「ん……少し硬い」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 もう一度、押す。

 沈みが揃う。


 ノアは小さく頷いた。



 昼を少し過ぎた頃、ノアは宿を出た。


 何をするでもなく、通りを歩く。

 人の声。荷車の音。商人の呼び声。

 カルンの街は、いつも通り動いている。


 向かう場所はない。

 足は自然と、住み込みの宿へ戻っていた。


 宿の一階は、食堂兼酒場だ。


「もう無理だって!」

「だから言っただろ!」

「回復が追いつかないんだよ!」


 荒い声。

 怒鳴り合いではない。焦りだった。


 ノアは少しだけ中を覗く。


 四人。


 赤いマフラーの男が、椅子の背に体を預けている。

 無造作に伸びた髪、日に焼けた肌。笑っているのに、どこか焦りが滲んでいた。


 その隣。

 盾を背負った大柄な男。

 短く刈った髪に、無駄のない体つき。腕を組んだまま、視線だけが鋭い。


 少し離れて、細身の少女。

 金色の髪が肩のあたりで揺れている。整っているのに、表情だけが面倒そうだった。


 そして。

 小柄な少女が、両手を膝の上で重ねている。

 淡い色の髪が柔らかく揺れ、不安そうに視線を落としていた。


「……もう一回だけ、やってみようよ」


 小柄な少女の声。


 ノアは少しだけ考えた。

 ほんの一瞬。

 それから口を開く。


「……寝床は、用意できます」


 声が止まる。


「……は?」


 四人の視線が、一斉に向いた。



「誰だお前」


 赤いマフラーの男が言う。


「……どこの誰だ」


 盾を背負った男が続く。

 細身の少女は黙って見ている。

 小柄な少女は不安そうに視線を揺らした。


「ノアです」


「ノア……?」


 細身の少女が目を細める。


「……あれ、どっかで」


 特別珍しい名前ではない。

 だが、盾の男が思い出したように言った。


「……あぁ。アルファにいたやつか」

「え?」


 赤いマフラーの男が目を見開く。


「あのアルファの?」


 細身の少女が鼻を鳴らした。


「追い出されたって聞いたけど?」


 少しの沈黙。


 ノアは、少しだけ困ったように笑った。


「……まぁ、そう言えると思います」


「サポーターでしょ?」

「サポーターじゃないです」


 一拍置いて、ノアは言う。


「正規の冒険者です。寝床担当の」

「なにそれ、下ネタ?」

「違います」


 少しだけ間を置く。


「ちゃんと寝られるようにする役です」

「じゃーなくてさ」


 赤いマフラーの男が割って入った。


「俺も思い出した。身の回りの世話してたらしいぜ?」

「やっぱりサポーターじゃない」

 細身の少女が即答する。


「……解釈によっては」


 ノアは否定しない。


「で?」


 少女――シエラが腕を組む。


「戦えるの?」

「それとも本当に寝るだけ?」


「……戦えなくはないです」


 藁束を担ぎ直す。


「でも、前に出る役ではないです」

「なんだそれ」

 盾の男が呟く。

「中途半端だな」


「はい」


 ノアは素直に頷いた。


「そうだと思います」


 その時。


「あ、えっと……」


 小柄な少女が口を開いた。


「寝床、用意してくれるなら……助かります」


 赤いマフラーの男が顔を上げる。


「ほら!」

「フィナもこう言ってる!」

「ロイド、下向き過ぎだぞ!」

「アルファの冒険者だぞ?」

「何も出来ないってことはないだろ!」


「……それは、まぁ」


 ロイドが渋く頷く。


「悪名はあるけどね」

「でも、今の私たちに選り好みしてる余裕ある?」


 シエラが肩をすくめる。

 フィナは小さく頷いた。


「それに……寝られるなら、本当に助かります」


 ノアは一度だけ目を伏せた。


「……そこはやります」


 短く言う。


「ちゃんと、寝られるようにします」


 赤いマフラーの男が笑う。


「いいねぇ! 俺はライガ!」

「暁紅蓮隊のリーダーだ!」


 ノアの知らない名前だった。


「……暁紅蓮って名前、やめない?」

「やめねぇ! カッコいいだろ!」

「名前だけはな」

「名前もカッコ悪いでしょ」

「うるせぇ!」


 ロイドが小さく息を吐く。


「……まぁ、様子見だな」

「危ない真似だけはするなよ」

「……はい」


「よし!」


 ライガが手を叩く。


「じゃあ決まりだ!」

「ノア、暁紅蓮隊へようこそ!」


 ノアは一拍置いて頷いた。


「……よろしくお願いします」



 ノア加入の日の依頼は、森の外れのゴブリン掃討だった。


 数が多い。

 暁紅蓮隊にとっては、軽くない仕事だ。


「来るぞ!」


 ライガが前に出る。

 ロイドが盾を構える。

 フィナが詠唱に入る。

 シエラが杖を向ける。


 ノアは一歩遅れて動いた。

 藁束を背負ったまま。


「おい、危な――」


 ロイドの声。


 その瞬間。


 ゴブリンの爪が空を切った。


 ノアは、半歩だけずれていた。

 振るわれた腕が外れる。

 次の一歩。

 また外す。


 ノアは避ける。


 その拍子に、背負った藁束が相手に当たった。

 ゴブリンが足を取られ、倒れる。


「一応……やれなくはないな」

 ロイドが低く言う。


「だろ!?」

 ライガが笑う。


「でも」

 シエラが目を細める。

「なんで藁、背負ったままなのよ」


「……持ってた方が楽なので」

「何がよ」

「色々です」

「答えになってない」


 フィナが不安そうに言う。


「危なく、ないですか……?」

「問題ないです」


 ノアは短く答えた。

 そしてまた一歩、変わらない顔で位置を戻す。



 日が落ちた。

 簡易の野営地。

 焚き火が灯る。


 ノアは藁を下ろした。

 地面を見る。

 傾き。石。湿り。


 足で均す。

 藁を広げる。

 重ねる。押す。

 均一になるまで、何度も。

 そして最後に、少しだけずらす。


「……手慣れてるな」

 ロイドが呟く。


「それしかやってこなかったんだからでしょ。職業ベッドメイカーってことね」

 シエラが言う。


 ノアは軽く首を振った。


「……それだけじゃないです」

「え?」

「寝るの、大事なので」


 それだけ言って、また手を動かす。


「って、それだけじゃねぇか!」


 ライガが即座にツッコむ。


「まぁでも助かるわ」

「聞いたことねぇ職業だけど……」


 ライガが寝転がった。


「うお、柔らけぇ! マジかよ!」


「……ほ、本当だな」


 ロイドも横になる。


「沈みが……均一だ。プロの仕事だ」

「なにそれ」

「分からんが……違う」


 シエラも半信半疑のまま横になる。


「……あー、なにこれ」


 フィナもそっと身を預けた。


「……すごいです」


 幼い顔が、もう少しで眠りに落ちそうになる。


「体が、楽……」


 少しの沈黙。


「藁を敷いただけよ。たまたまでしょ」


 シエラが目を閉じたまま言う。


「地面が良かったとか」

「そんなピンポイントあるか?」

「あるでしょ」

「……あるのか?」


 フィナは、もう寝ていた。


「じゃあ今日は当たりだな!」

「毎日当たってほしいもんだな……」


 ロイドが苦笑する。


 ノアは最後に一度だけ押した。

 沈みを確かめる。


 問題ない。



 朝。


「……は?」


 ロイドが身体を起こす。


「体、軽い……」

「でしょ!?」

 ライガが跳ね起きる。

「今日いける気がする!」


「いや、これは……」


 フィナも起き上がった。


「回復魔力、凄く残ってます」


「アタシの魔力……そんなわけ」


 シエラが言う。


「じゃあなんでだよ」

「知らないわよ」


 そこで。


 ほんの一瞬だけ、全員の視線が動く。


 少し離れた場所。

 ノアは既に藁を束ねていた。


「まぁいいか!」

 ライガが立ち上がる。

「調子いいならそれでいい!」


「……そうだな」

 ロイドも頷く。

「今日は、昨日よりやれる気がする」


 フィナも笑った。


「私も、です」


 ノアは藁束を背負う。


「行きましょう」

「おう!」

「今日こそ本気だ! 暁紅蓮隊は完全に目覚めた!」

「だからその名前……」


 シエラの声を、朝の風がさらっていった。


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