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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第二章 弱小パーティは駆け上がる
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第5話 キュプロス砦の番人⑤

 朝の空気は、いつもと変わらなかった。


 焚き火の残り香。

 湿った土の匂い。

 まだ低い太陽の光が、砦の石壁を淡く照らしている。


 誰もが淡々と準備を進めていた。

 昨日の続きのように。

 何事もなかったかのように。


 ──一人、足りないはずだった。


 だが。


 そのことに触れる者はいない。


 ミッドナイト隊の面々は、互いに視線を合わせることもなく、ただ静かに装備を整えている。

 消えた人間の話題など、最初から存在しなかったかのように。


 それが、この組織の“普通”だった。


 だから。


「おー!ノア!」


 場違いな声が、その空気を軽く裂いた。


 ライガが、大きく手を振っている。


「生きてたか!」

「よかったぁ……!」


 フィナも、心底ほっとした顔で駆け寄る。


 その先にいるのは──


「おはようございます」


 何事もなかったかのように、ノアが立っていた。


 軽く土を払いながら、いつもの調子で挨拶をする。

 服は少し汚れているが、目立った外傷はない。

 息も乱れていない。


 ただ、普通に朝を迎えた人間の顔をしていた。


「お前、どこにいたんだよ」


「森で寝てましたけど」


 あっさりと返す。


「寝てたって……いや、お前な……」


 ライガが呆れたように頭を掻く。

 フィナは「すごいね……」と素直に感心している。


 そのやり取りを、少し離れた位置から見ていた影があった。


 バルカスだ。


 葉巻を咥えたまま、ゆっくりと歩み寄る。

 足音は小さい。

 だが、確実に距離を詰めてくる。


「……お前」


 低い声が落ちる。


「どこにいた」


「え?ですから、森で」


 ノアは首を傾げた。


「ちょっと地面が硬かったですけど、まぁ、寝れました」


 それだけだった。


 特別なことは、何一つ言っていない。

 ただ事実を述べただけの、軽い口調。


 バルカスは、数秒だけ黙る。


 視線を外さないまま、煙を細く吐き出した。


 ノアの靴。

 裾の土。

 指先。


 順に見る。


 乱れは、ほとんどない。


「……そうか」


 それ以上は、何も言わなかった。


 そのやり取りを、さらに遠くから見ている男がいる。


 シャルルだ。


 細い目のまま、いつもの柔らかい笑みを浮かべている。


 その視線は、ノアとバルカスを順に追い──


 ふっと、興味を失ったように逸れた。


 ──まぁ。


 内心で、軽く結論づける。


 バルカスが処理したのだろう、と。


 そういうことにしておくのが、この組織では一番自然だった。



 夜は、また訪れる。


 同じように隊が分かれ、同じように配置が決まる。


 ノアは、再びミッドナイト隊に組み込まれた。


 誰も反対しない。

 誰も何も言わない。


 ただ、同じ手順が繰り返される。


 森の奥。


 闇の中で、光が一瞬だけ走る。


 短く。

 長く。

 短く。


 合図だ。


 静かに、しかし確実に。


 人の流れが、引いていく。


 残されたものに、気づかれないように。


 音を消し。

 気配を断ち。


 慣れきった動きで。



 翌朝。


「おはようございます」


 同じ声が、同じように響いた。


 ノアが戻ってきていた。


 昨日とほとんど変わらない姿で。

 軽く肩を回しながら。


「今日の方が寝やすかったですね」


「慣れてんじゃねぇか、お前……」


 ライガが苦笑する。


「すごいね、ノアくん……」


 フィナも、少し呆れながら笑った。


 それだけだ。


 会話は、そこで終わる。


 だが。


 周囲は静かだった。


 ミッドナイト隊の人間たちは、誰も近づこうとしない。

 視線だけが、ちらりと向けられては、すぐに逸らされる。


 昨日より、ほんのわずかに距離がある。


 まるで。


 触れてはいけないものを見るように。


 バルカスが、再び歩み寄る。


「……お前」


 短く呼ぶ。


「本当に、一人だったか」


「はい」


 即答だった。


 迷いも、含みもない。


「普通に寝て、普通に起きただけです」


 そう言って、肩の土を払う。


 その動きも、いつも通りだった。


 バルカスは、何も返さない。


 ただ、視線を落とし、葉巻の先を軽く弾いた。


 灰が落ちる。


 それ以上は、踏み込まなかった。


 少し離れた位置で。


「……あれ?」


 シャルルが、小さく呟いた。


 声にもならないほどの、かすかな違和感。


 すぐに笑みに紛れて、消える。


 だが。


 その視線だけは、もう一度だけノアをなぞった。



 そして、三度目の朝。


 空気は、同じだった。


 何も変わらないはずの、いつもの朝。


 焚き火。

 匂い。

 光。


 すべて同じ。


 ただ一つ。


 “戻ってくる回数”だけが、増えていた。


「おはようございます」


 ノアが、そこにいる。


 変わらない調子で。

 変わらない声で。


「この辺、風通し良いですね」


 軽く言って、周囲を見回す。


 それだけで終わるはずだった。


 だが。


 バルカスは、動かない。


 視線を固定したまま、葉巻を咥えている。


 煙だけが、静かに昇っていく。


 何も言わない。


 ただ、見ている。


 そして──


「……ねぇ、バルカス」


 柔らかな声が、横から差し込んだ。


 シャルルだ。


 いつものように笑っている。

 いつものように、細い目をしたまま。


「ちゃんとやってる?」


 軽い調子。

 冗談のような声音。


 だが。


 そこには、わずかな“間”があった。


 バルカスは、短く答える。


「……あぁ」


「そっかぁ」


 シャルルは頷く。


 それで終わるはずの会話。


 だが──


 その指先が、わずかに止まった。


 ほんの一瞬。


 呼吸が、半拍だけ遅れる。


 そして。


 細く閉じられていた目が、わずかに開く。


 その奥で。


 何かが、揺れた。


 笑みとは別の、温度のない光が、かすかに滲む。


「じゃあさ」


 声は、変わらない。


 柔らかいまま。


 けれど。


 ほんのわずかに、重さが混じる。


「なんで、あれが戻ってくるの?」


 その一言で。


 空気が、止まった。


 誰も動かない。

 誰も言葉を発さない。


 ただ、視線だけが──


 一斉に、ノアへと向く。


 当の本人は。


「え?」


 きょとんとした顔で、首を傾げるだけだった。


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