表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第二章 弱小パーティは駆け上がる
16/85

第3話 キュプロス砦の番人③

 朝は、軽かった。


 砦の空気が、夜とはまるで違う。

 湿り気が抜けている。

 視界が開けている。

 何より、人の動きに迷いがない。


「おーい! そっち流れたぞ!」

「分かってるって!」

「回り込め回り込め!」


 門前では、すでに戦闘が始まっていた。


 怒鳴り声と笑い声が混ざる。

 緊張感はある。

 だが、張り詰めてはいない。


「……すげぇな」


 ライガが思わず漏らす。


 砦の中には人が溢れていた。

 武器の手入れをしている者。

 食事をとっている者。

 すでに外へ出ている者。


 ざっと見ただけでも、二十人では利かない。


「でしょ?」

 フィナが笑う。


「思ってたよりずっと多いよね」


「一応、“Cランク相当”を維持してる集団だからね」


 横から声。

 シャルルだった。


 相変わらずの糸目の笑顔。


「人が多い方が、都合いいんだよ」


「都合?」

 ライガが首を傾げる。


「穴埋めが効く」


 あっさりと言う。


「一人抜けても回る。誰かが疲れても回る」


 指で円を描く。


「だから“ループ”」


 くすりと笑う。


「へぇ……」


 ライガは素直に頷いた。

 理屈は分からない。

 だが、“回っている”のは分かる。


「来るよ」


 フィナが声を落とす。


 森の縁。

 影が揺れる。


 細い体。長い脚。

 口元に淡い魔力の光。


「メイジジャッカルね」


「少なっ」

 ライガが笑う。


「準備運動だな」


「油断しない」


「はいはい」


 軽口のまま、前へ出る。


 だが、その時にはもう。


「押し返せ!」

「そっち逃がすな!」


 すでに他の連中が接敵していた。


 前衛が受ける。

 後衛が削る。

 横から別の連中が突く。


 役割は固定されていない。


 だが。


 誰も迷っていない。


「……なんだこれ」


 ライガが呟く。


「雑なのに、噛み合ってる」


「慣れてるのよ」

 フィナが答える。


「同じこと、何回もやってるんだと思う」


「じゃ、混ざろっか」


 シャルルが滑り込む。


 ナイフが閃く。

 一体が、その場で崩れ落ちた。


「お、いいとこ持ってくなよ!」


「早い者勝ちでしょ?」


 軽い笑い。

 だが、動きは止まらない。


 ライガも踏み込む。

 距離を詰める。


 振り抜く。

 避ける。

 詰める。


 無駄のない連続。


「ラウンドヒール」


 フィナの魔法が走る。

 身体が軽くなる。

 判断が速くなる。


「助かる!」

 横の冒険者が声を上げる。


「いいね、それ!」

 別の声。


 もう連携に組み込まれている。


 即席のはずなのに。

 違和感がない。


 残り三体。


 囲まれている。

 逃げ場はない。


 削る。

 詰める。

 仕留める。


 終わり。


 あっけないほどに。


「……終わりか」


 ライガが剣を振る。


「でしょ?」

 フィナが笑う。


「朝はこんな感じ」


「マジで楽じゃん」


「そういうこと言うと増えるよ」


「やめてくれ」


 笑いが起きる。

 誰かが肩を叩く。


「新顔か? 悪くねぇな!」


「だろ?」


 ライガが笑い返す。


 空気は軽い。

 だが、手は止まらない。


 すでに別の連中が動き始めている。


「次、あっちだ!」

「了解!」


 交代。

 補充。

 循環。


 止まらない。


「……すげぇな」


 ライガがもう一度呟く。


「だろ?」


 シャルルが横に立つ。


「これが効率」


 軽い声。

 だが、その目は森を見ていた。


 人の動き。

 配置。

 穴。

 流れ。


 すべてを捉えている。


「戻ろっか」


 何事もなかったように言う。


「朝の分はこんなもんでしょ」


「了解」


 ライガが頷く。

 フィナも続く。


 砦へ戻る。


 その背後では、すでに次の組が前へ出ていた。


 誰かが抜けても。

 誰かが入る。


 止まらない。

 崩れない。


 まるで。


 最初から、そう設計されているかのように。


 陽はゆっくりと昇っていく。


 砦は、今日も回っている。


 何事もないように。

 何も問題がないかのように。



 昼の砦は、騒がしかった。


 火が焚かれている。

 肉の焼ける匂いが広がる。

 酒が回り、笑い声が絶えない。


 朝とは違う。

 緊張はない。

 張り詰めてもいない。


 ただ――妙に“出来上がっている”。


「ほらほら! 遠慮しないで飲みなさいよ!」


 甲高い声が響く。


 ヴァネッサだった。


 派手な装い。

 濃い化粧。

 堂々とした立ち姿。


 その周囲には、自然と人が集まっている。


「姐さん! 肉、焼けました!」

「いいじゃない、もらうわ」

「酒もありますよ!」

「気が利くじゃない」


 笑う。


 それだけで、空気が動く。


「流石っすね、ヴァネッサ姐さん!」

「この砦で一番頼りになるのは姐さんだ!」


 口々に持ち上げる。


 だが、それはただの追従ではない。


 誰も逆らわない。

 誰も外れない。


 距離。

 視線。

 立ち位置。


 すべてが、無意識に揃っている。


 中心は、彼女だ。


「……」


 ロイドは、それを見ていた。


「どうしたの」

 隣でシエラが小さく言う。


「いえ……」


 視線を外さずに答える。


「妙に統制が取れています」


「でしょ」


 シエラが腕を組む。


「ただ騒いでるだけじゃない」


 その通りだった。


 笑っている。

 騒いでいる。


 だが――


 何人かは常に外を見ている。

 何人かは動かない。

 何人かは、ヴァネッサの一言を待っている。


 役割がある。

 明文化されていないだけで。


「ほらアンタも!」


 不意に、肩を叩かれた。


 ヴァネッサだった。


「いや、自分は……任務中なので」


「堅いわねぇ!」


 豪快に笑う。

 周囲もつられて笑う。


 だが、その一瞬。


 男たちの視線が、ロイドを測った。


 値踏み。


 そんな空気が、確かにあった。


「こういうのは雰囲気よ、雰囲気!」


「それは……否定しませんが」


 ロイドが答える。


 ヴァネッサは満足したのか、すぐに別の男へ向き直る。


「で? さっきの話どうなったのよ」

「あ、はい! あの件は――」


 男が即座に応じる。


 迷いがない。

 考える前に従っている。


「……ねぇ」


 シエラが小さく言う。


「分かってる」


 ロイドも頷く。


「あの人が中心です」


「えぇ」


 シエラは短く答える。


「表の、ね」


 ロイドはもう一度ヴァネッサを見る。


 笑っている。

 豪快に。

 楽しそうに。


 だが。


 その場のすべてが、彼女を軸に回っていた。


 その時だった。


「……ロイドか?」


 低い声。


 振り向く。


「……ガイル?」


 ロイドの目が、わずかに見開かれる。


 短く刈った髪。

 日に焼けた肌。

 無骨な装備。


 見間違えようがない。


 かつて、同じ隊で戦っていた男だった。


「久しぶりだな」

 ガイルが言う。


「あぁ……」


 ロイドが頷く。


「まさかここで会うとは」

「俺もだ」


 短い会話。

 だが、どこかぎこちない。


「ちょっと、知り合い?」


 ヴァネッサが横から口を挟む。


「えぇ。以前、同じ隊に」


「へぇ~」


 興味なさそうに笑う。


 だが、視線だけは外さない。

 二人の間を、しっかり捉えている。


「じゃあちょうどいいじゃない」


 ガイルの肩を叩く。


「面倒見てあげなさいよ」


「……あぁ」


 一瞬の間。


 だが、すぐに答える。


「任せとけ」


「頼むわよ?」


 それだけ言って、ヴァネッサは離れていく。


 すぐに別の輪の中心へ。


 笑い声がまた広がる。

 何事もなかったかのように。


「……」


 ガイルは、その背中を見ていた。


 何かを言いかけて。

 やめた。


「……元気そうで何よりだ」


 それだけ言う。


「あぁ」

 ロイドが頷く。


「そっちは……」

「見ての通りだ」


 短く返す。


 それ以上は語らない。


 だが。


 視線が一瞬だけ、周囲を流れた。


 警戒。

 癖のような動き。


「……」


 シエラがそれを見ている。


 何も言わない。

 だが、理解はしている。


 ここは。


 ただの“賑やかな砦”ではない。


「まぁ、あとでゆっくり話そうぜ」

 ガイルが言う。


「昼はこんなもんだ」


「了解しました」

 ロイドが答える。


 それで会話は終わる。


 それ以上は踏み込まない。

 踏み込めない。


 周囲の空気が、それを許さなかった。


 笑い声が響く。

 酒が回る。

 肉が焼ける。


 賑やかだ。

 明るい。

 楽しい。


 だが。


 どこか一つ。


 歯車が噛み合っていない。


 そんな違和感だけが、静かに残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ