第2話 キュプロス砦の番人②
砦は、思っていたより騒がしかった。
石造りの外壁。重い門。
その見た目に反して、中から聞こえてくるのは笑い声だった。
「おーい! 酒まだかー!」
「昼間っから飲むなっての!」
「いいだろ別に!」
門をくぐった瞬間、ライガは目を丸くした。
「……なんだこれ」
砦、というより。
まるで寄り合い場だ。
荷が積まれ、武器が立てかけられ、焚き火がいくつも上がっている。
その周りで、冒険者たちが思い思いに過ごしていた。
笑い。怒鳴り声。軽口。
緊張感は、ある。
だが、それ以上に“慣れている”空気があった。
「思ってたのと違うでしょ?」
声がかかる。
振り返ると、糸目の男が立っていた。
「君たちが暁紅蓮隊?」
にこやかに笑う。
「暁ってことは、ボクたちモーニング隊と相性いいかもね」
軽い口調。
だが、視線は一瞬で全員を舐めた。
シャルル。
「……よろしく」
シエラが短く返す。
「うんうん、いいね。ちゃんとしてる」
ぱん、と手を打つ。
「こっち来て」
案内されるまま、砦の中央へ向かう。
そこには、三つのまとまりがあった。
一つは、すでに見ているモーニング隊。
そして――
「アフタヌーン隊、リーダーのヴァネッサ」
呼ばれた女が振り返る。
派手な装い。濃い化粧。
だが、その目は冷静だった。
「へぇ。これが噂の?」
値踏みするように見る。
「思ってたより普通ね」
「どうも」
ライガが軽く手を上げる。
「で、こっちが」
シャルルが、もう一方を見る。
「ミッドナイト隊」
そこにいたのは、オールバックの男だった。
葉巻をくわえ、ゆっくりと煙を吐く。
「バルガスだ」
低い声。
それだけ。
「……よろしく」
ロイドが答える。
短い挨拶。
だが、それで十分だった。
「でさ」
シャルルが軽く手を叩く。
「今回のやり方、説明するね」
全員の視線が集まる。
「簡単」
指を一本立てる。
「分ける」
「は?」
ライガが素直に聞き返す。
「だから分けるんだって」
くすりと笑う。
「その方が効率いいでしょ?」
「ヒーラー多めがいい時もあるし」
「前に出られる奴を固めた方がいい時もある」
「逆に、軽い編成で回した方がいい時もある」
「……なるほどな」
ライガは素直に頷いた。
横でシエラが小さく息を吐く。
「合理的ではあるわね」
「でしょ?」
満足そうに笑う。
「じゃあ分けるね」
迷いがない。
指先が動く。
「ライガとフィナ」
「はいよ」
「モーニング」
「お、よろしくー!」
周囲から軽い声が飛ぶ。
まるで新入りを迎える酒場みたいな空気だった。
「ロイドとシエラ」
「……はい」
「アフタヌーン」
「ちゃんと動ける?」
ヴァネッサがじっと見る。
「問題ない」
ロイドが短く答えた。
「へぇ」
興味なさそうに視線を外す。
「で」
最後に。
シャルルの視線が、ノアに向く。
「君は――」
一瞬の間。
「ミッドナイトでいいかな」
「寝てたら終わってるし、大丈夫でしょ」
「寝れるんなら」
ノアは、あっさり頷いた。
バルガスの視線が一瞬だけ向く。
すぐに逸れる。
「よし、決まり」
シャルルが手を叩く。
「じゃ、各自よろしくー」
軽い声。
だが、それで全部が動き出す。
散っていく。
それぞれの持ち場へ。
「なんか……」
フィナが小さく言う。
「明るいね」
「だな」
ライガが笑う。
「思ってたより楽そうじゃん」
「油断しないことね」
シエラが釘を刺す。
「こういう空気の方が危ない」
「分かってるって」
ライガは軽く手を振る。
そして、それぞれが離れていく。
ノアは、ミッドナイト隊の後ろについていった。
砦の奥。
人の少ない側へ。
葉巻の煙が、ゆっくりと漂う。
「お前」
バルガスが短く言った。
「はい」
「夜は勝手に動くな」
「分かりました」
それだけ。
会話は終わる。
だが、それで十分だった。
夜が来る。
準備は整っている。
陽気な声が、まだ砦には残っている。
笑い声。
軽口。
酒。
だが。
それが消える時間が、確かにある。
その先で、何が起きるのか。
まだ、暁紅蓮隊は知らない。




