第11話 同条件での検証①
ギルドの空気は、わずかに変わっていた。
掲示板の前。
昇格通知の紙はもう端に寄せられていたが、そこで生まれた印象だけは残っている。
「青葉の剣もDか」
「まぁ、順当だな」
「むしろ遅いくらいだろ」
自然な納得。
誰も疑わない。
一方で。
「紅蓮? まぁ……勢いはあるよな」
「運がいいってのもあるんじゃねぇか?」
同じDでも、温度が違う。
それが、この場の共通認識だった。
正統派と、よく分からない上がり方。
言葉にすれば、それだけの差だった。
だが、その“よく分からない”が妙に引っかかる。
「――Dランク以降は、ノルマ達成が必須です」
ミリアの声が、静かに差し込む。
ざわめきが少しだけ収まった。
「いずれか一つを選択してください」
掲示板に新たな依頼書が並ぶ。
街道定期警護。
拠点防衛。
連続討伐。
紙が貼られた瞬間、周囲の空気がまた僅かに動く。
「防衛はやめとけ」
「今回の配置、あそこだろ?」
「……関わらない方がいい」
小声。
だが、迷いのない拒絶だった。
青葉の剣は、掲示板を一瞥しただけだった。
「防衛は外す」
ハルトが短く言う。
即断だった。
ドルトが頷く。
「同意」
ケインが肩をすくめる。
「今回は特にだな」
ルナが腕を組む。
「連携に支障が出る可能性がある」
ミナが小さく笑った。
「巻き込まれたくないね」
結論は早い。
「街道だ」
その判断に、無理はない。
危険を避け、成果を拾う。
堅実で、正しい選び方だった。
少し離れた場所で、ライガが腕を組む。
「どれにする?」
ロイドが答えた。
「防衛は読めない。討伐は偏る」
「安定性で見るなら街道ね」
シエラが続ける。
フィナも頷く。
「……経験もありますし」
「だな」
ライガが笑う。
「前に二回やってるしな!」
その横で、ノアがぽつりと言う。
「外で寝れますね」
軽く振り返り、背負った藁束を少し持ち上げる。
妙に満足げな顔だった。
短い沈黙。
「……はぁ」
シエラがため息をつく。
「とにかく街道で行く」
「決まりだな!」
ミリアが書類を確認する。
「暁紅蓮隊、街道警護ですね」
そして、続けた。
「……青葉の剣も同任務です」
「マジかよ!」
ライガが笑う。
「偶然じゃん!」
少し離れた場所。
ハルトが視線だけを向ける。
「……そうか」
それだけだった。
早朝。
まだ日が完全に昇りきる前。
街道の入口には、すでに数台の馬車が並んでいた。
商人たちが慌ただしく準備を進めている。
青葉の剣は、先に到着していた。
必要な確認を済ませ、馬車の位置を見て、歩幅を決める。
誰かが号令をかけるわけでもなく、自然に配置が決まっていく。
「早ぇな……」
ケインが小さく欠伸を噛み殺す。
ドルトが首を回した。
「……身体が重い」
「寝たはずなんだけどね」
ミナが苦笑する。
ルナがわずかに眉を寄せる。
「睡眠時間は足りているはずだけど……」
ハルトは何も言わない。
ただ一度だけ目を閉じ、開く。
問題はない。
戦える。
判断も鈍っていない。
だが、万全でもない。
その“少し”を、誰も口には出さない。
出す必要がない程度の誤差だからだ。
「お、もう始まってるな!」
後ろからライガの声が飛んできた。
「間に合ってよかったです」
フィナがほっとしたように言う。
ロイドが周囲を見渡す。
「……問題なし」
シエラが軽く伸びをする。
「さっさと終わらせましょう」
ノアは、いつも通りだった。
背負った藁束を軽く叩く。
「いい天気ですね」
「そこかよ」
街道を、二つのパーティが距離を取りながら進む。
互いに干渉はしない。
必要以上に近づきもしない。
だが、視界からは外れない。
青葉の剣は前を見て進む。
進行、警戒、確認。
そのどれもが手堅い。
紅蓮隊は後方寄りで進む。
軽口はある。
だが、足取りは揃っている。
同じD。
だが、雰囲気は違った。
昼を過ぎ、野営地に入る。
青葉の剣は手際よく準備を進める。
「こんなもんか」
ドルトが地面を均す。
ルナが位置を見て、風向きを一度だけ確認する。
ケインは周辺を見回り、ミナが荷をまとめる。
ハルトは火の位置を決める。
無駄はない。
慣れている。
積み重ねてきた動きだ。
一方で、少し離れた場所。
紅蓮隊の側では、ノアが藁を広げていた。
手で押さえ、整え、撫でる。
沈みを見て、位置を直す。
少しだけほぐして、また整える。
端から見れば、それだけのことだった。
ケインがちらりとそちらを見る。
「……何やってんだ、あいつ」
「準備だろ」
ハルトはそれ以上見なかった。
夜は静かに過ぎた。
朝。
青葉の剣は、問題なく起きた。
「……少し重いな」
ドルトが肩を回す。
「こんなもんでしょ」
ケインが軽く言う。
「誤差の範囲」
ルナも短く答える。
「実害はない」
問題はない。
動ける。
普段通りに戦える。
ただ、どこか引っかかる。
ほんの少しだけ、体の奥に残るものがある。
その程度だった。
「軽っ!」
少し離れた場所から声が響く。
ライガだった。
「なんだこれ!」
「調子いいです」
フィナが笑う。
「……動きに違和感がない」
ロイドが呟く。
「当然でしょ」
シエラが言う。
「いつも通りよ」
その“いつも通り”が、青葉の剣には妙に耳に残った。
戦闘が始まる。
同じ敵。
同じ数。
同じ街道脇の地形。
青葉の剣は、安定していた。
崩れない。
焦らない。
対応も正確。
ハルトが断ち、ドルトが受け、ルナが制御し、ケインが横から崩し、ミナが繋ぐ。
形としては、美しい。
だが。
ほんの僅かな遅れ。
踏み込みの半拍。
視線の戻り。
呼吸の浅さ。
気にするほどではない。
それでも、確かにある。
一方で、紅蓮隊はいつも通りだった。
派手ではない。
完成度で言えば、まだ荒い。
だが、動きに綻びが出ない。
長く戦っても、基礎の位置が崩れない。
戦闘後。
ハルトが、わずかに視線を上げる。
少し離れた場所。
紅蓮隊はいつも通り、軽く言葉を交わしていた。
疲れた様子もなく、次の確認に移っている。
それを見て。
ほんの一瞬だけ、間が生まれた。
「……同じ条件だったよな」
短い言葉だった。
誰もすぐには答えない。
同じ街道。
同じ野営。
同じ敵。
それなのに、残る疲労だけが違う。
ドルトが無言で肩を回す。
ケインが笑いかけて、笑いきれない。
ルナは黙ったまま紅蓮隊の方を見ていた。
ミナだけが、困ったように目を細める。
ただ、その言葉だけが残った。
同じ条件。
そのはずなのに。




