第10話 レベルアップしてる?
ギルドの掲示板の前が、いつもより騒がしかった。
朝の依頼更新の時間。
普段なら、目当ての紙を確認して散るだけの場所。
だが今日は、違う。
妙な人だかり。
流れが止まり、視線が一点に集まっている。
「おい、見たか?」
「……あぁ」
視線の先。
一枚の通知。
そこに書かれた文字は、あまりにも分かりやすかった。
暁紅蓮隊――Dランク昇格。
◇
「は? もうD?」
「早すぎるだろ……」
「ついこの前までEじゃなかったか?」
ざわめきが広がる。
感心と、戸惑い。
そして――
「いや、Eの時も運だったろ」
「今回も依頼が軽かっただけじゃねぇの?」
「査定、甘くないか?」
混じる、懐疑。
露骨な悪意ではない。
だが、引っかかる。
「俺らなんてまだFだぞ……」
「E上がるのにどんだけかかると思ってんだよ」
「負傷率もあるしな……あんな無傷で回してるのがそもそもおかしい」
現実を知っている声。
だからこそ、重い。
「……普通、どっかで崩れるだろ」
ぽつりと落ちた一言に、誰も反論しなかった。
「……なんか、出来すぎてるんだよな」
その違和感だけが、場に残る。
◇
「……本当、ですか?」
フィナが掲示板を見上げる。
「マジだろ!」
ライガが笑う。
「Dだぞ、D!」
ロイドが腕を組む。
「昇格基準に照らせば、妥当だ」
「自分で言う!?」
「事実の確認だ」
シエラは、周囲の空気を読む。
「……でも、納得してない人が多いわね」
視線が集まっている。
好奇心。
値踏み。
測るような目。
ノアは、その横で首を傾げていた。
「Dって、そんなに大変なんですか?」
「普通はな!」
ライガが即答する。
「そんなポンポン上がるもんじゃねぇんだよ!」
「へぇ……」
本気で分かっていない顔だった。
◇
「――昇格は、規定に基づいています」
静かな声が差し込む。
ざわめきが止まる。
ミリアだった。
書類を見ながら、淡々と告げる。
「達成率、成功率、負傷率」
「すべて基準値を上回っています」
ページをめくる音。
「……以上です」
簡潔。
余計な感情はない。
だが――それで終わらせない。
「C・Dランク以降はノルマが発生します」
空気が変わる。
「一定期間、結果を維持できなければ降格」
「評価は継続して行われます」
ここで、初めて顔を上げる。
視線が、真っ直ぐに刺さる。
「運で維持できる領域ではありません」
◇
言葉が落ちる。
ざわめきが、ゆっくりと引いていく。
「……なら、問題ないってことか」
「まぁ……規定通りならな」
納得ではない。
理解でもない。
ただ、反論の余地が消えただけ。
そして――
「でもよ」
「なんであんなに安定してるんだ?」
疑いは消えた。
だが、疑問は残る。
むしろ、輪郭を持って強くなる。
「……同じ依頼でも、俺らなら絶対どっかで崩れるぞ」
「だよな。疲れも出るし、判断も鈍るし」
「なのにあいつら、ずっと同じ調子だろ?」
一拍。
「気持ち悪いくらいにな」
誰かが苦笑する。
否定する声は、出なかった。
◇
「いやー、でもすげぇよな!」
ライガが笑う。
「Dだぞ!」
「嬉しいです」
フィナが頷く。
ロイドが言う。
「……運ではない」
「でも理由は説明できないわね」
シエラが続ける。
「再現性が曖昧」
「調子いいだけ、って感じでもないしな」
「……はい」
フィナが少し考える。
「自然に動けてる感じがします」
「それだな!」
ライガが頷く。
「なんか、無理してねぇんだよな!」
「……無理をしていないのに、結果が出ている」
ロイドが呟く。
「効率が良い、とも言えるが……説明がつかない」
シエラが小さく息を吐く。
「気持ち悪いわね」
「言うなよ!」
軽口の裏に、引っかかりが残る。
◇
その横で。
ノアは会話に加わるでもなく――
ごそごそと、ポケットに手を入れていた。
指先で何かをつまむ。
「んー」
小さく首を傾げる。
「これ、何の植物だろ」
「……は?」
ライガが振り返る。
ノアの指に挟まれていたのは、わずかな繊維。
白く、細く、軽い。
高級宿のベッドから、こっそり抜き取った中綿だった。
「お前、何してんの?」
「いや、ちょっと気になって」
「気になるなよ!」
「いい匂いしたので」
「だからって持ってくんな!」
ロイドが眉をひそめる。
「……後で戻しておけ」
「え、ダメなんですか?」
「ダメに決まってるでしょ」
シエラが呆れる。
フィナが苦笑する。
「……すみません」
ノアは素直に頷いた。
だが、その指はまだ止まっていない。
繊維を指先でほぐす。
軽く引く。
空気の含み方を確かめる。
「……柔らかいだけじゃない」
ぼそりと呟く。
「え?」
「何が?」
誰も拾わない。
ノアはもう一度だけ、目を細めた。
軽い。
均一。
だが――
「……ちょっと、詰まりすぎてるかも」
その違和感の正体を、まだ言葉にできないまま。
指先の感触だけが、確かに残った。




