第9話 高級宿屋のふかふか
ギルドの受付に、見慣れない金額が並んでいた。
「……特別報酬」
ミリアが小さく呟く。
商会からの追加支払い。
理由は簡潔だった。
――安心して眠れた。
それだけ。
規定に照らし合わせる。
問題はない。任意支払い。
「……半分は、暁紅蓮隊へ」
事務的に仕分ける。
だが、手がほんの一瞬だけ止まった。
(……やっぱり、そこなのね)
視線が、報告書の一文をなぞる。
“睡眠により、体調が著しく改善”
冒険者の報告書にしては、異質な言葉。
討伐でも、戦闘でもない。
“寝た”という結果だけが、強調されている。
(……ズレてる)
だが――そのズレが、結果に繋がっている。
◇
「はぁ!?」
ライガの声がギルドに響いた。
「これマジかよ!?」
「……間違いありません」
ミリアが淡々と答える。
提示された金額に、ロイドが眉をひそめた。
「自分たちの働きに対しては、過剰な額だ」
「でも……嬉しいですね」
フィナが微笑む。
シエラは腕を組んだまま書状を見ている。
「……評価基準が気に入らないけど」
「いいじゃねぇか!」
ライガが笑う。
「これで――行けるぞ!」
「えっ、本当に……?」
「夢だったんだよ!」
ライガが拳を握る。
「ふかふかのベッド! うまい飯! 最高の風呂!」
ロイドが顎に手を当てる。
「……出来れば装備に回したいんだが」
「はぁ!?」
「今それ言う!?」
「合理的判断だ。生存率は装備で上がる」
シエラが横から言う。
「……いい肉、食べれるかもしれないわよ」
一瞬。
ロイドが止まる。
「……高品質なタンパク質か」
「そこかよ!」
「回復効率の向上が見込める」
フィナが笑う。
「ふふ、ロイドさんらしいです」
「……では今回は例外とする」
「だからその許可なんなんだよ!」
ノアは藁束を背負ったまま、ぽつりと呟く。
「……ふかふか」
その一言だけが、妙に静かに落ちた。
◇
石畳の通りの先。
目的の宿は、明らかに格が違った。
重厚な扉。
整えられた外観。
出入りする客の雰囲気も違う。
「……マジかよ」
ライガが足を止める。
「入るぞ!」
勢いのまま、扉をくぐる。
空気が変わる。
広いラウンジ。
落ち着いた照明。
静かな会話。
「……すげぇ」
自然と声が小さくなる。
その時。
「あ」
シエラが視線を止めた。
ラウンジの一角。
そこにいたのは――
「……アルファ」
ライガも気づく。
一瞬の間。
「行くか」
軽く言う。
だが――
レオンが、軽く手を上げて制した。
それだけで十分だった。
歩みが止まる。
視線だけが向く。
そして――
レオンは、ノアを見る。
「久しぶり」
短く。
「元気そうでよかった」
ノアは少しだけ目を細める。
「……そっちこそ」
それで終わり。
フィナが一歩前に出る。
「失礼します」
一礼する。
ノアの袖を軽く引く。
「行きましょう」
「……うん」
そのまま、紅蓮隊は階段へ向かう。
上階へ。
視線だけが、背中を追った。
◇
「……なんでアイツらが」
ガレスが鼻で笑う。
「場違いね」
リリアが冷たく言う。
「……変わってない」
エマが小さく呟く。
レオンは何も言わない。
ただ、グラスを傾ける。
その動きに、わずかな間があった。
既に彼らは、この街に長く留まる立場ではない。
攻略地点手前。
前線に拠点を構えることを許された存在。
選ばれた者たち。
それが、チーム・アルファだった。
――だからこそ。
振り返る理由は、本来ない。
◇
部屋の扉が開く。
「――うわ」
ライガの声が漏れる。
広い。
整っている。
空気が違う。
そして――
「ベッド……」
フィナが近づく。
そっと触れる。
「柔らかい……」
「うおおお!!」
ライガが飛び込む。
「やっべぇ!!」
沈む。
包まれる。
「これやばいぞ!!」
ロイドも静かに横になる。
一瞬、目を閉じる。
「……確かに良い」
フィナも横になる。
「……安心します」
シエラは少し遅れて腰を下ろす。
「……悪くない」
そのまま横になる。
しばらく、誰も動かない。
沈黙。
だが、それは“落ちる”沈黙ではない。
ただ、静かなだけの時間。
◇
食堂。
「うまそ……」
「……うっま!!」
ライガが声を上げる。
フィナが微笑み、ロイドが頷く。
料理は確かに一級だった。
香りも、味も、文句はない。
だが――
どこか、引っかからない。
満足しているのに、満たされない。
◇
紅蓮隊の部屋。
「最高だったな!」
ライガが笑う。
ベッドに倒れ込む。
沈む。
だが――
「……でもなんか、違うな」
天井を見たまま、ぽつりと言う。
「……ふかふかでしたけど」
フィナが首を傾げる。
「だよなぁ……」
ロイドが言う。
「……回復効率が落ちている気がする」
シエラがベッドを押す。
「……悪くない。でも」
言葉を切る。
沈む。
柔らかい。
だが、支えがない。
体が、落ち着かない。
ノアは背中を軽く触る。
少し考えて――
「……ちょっと、惜しい」
誰も、その意味を聞かなかった。
ただ。
その夜。
眠りは、浅かった。




