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異世界でGPTに溺愛されています 3 クマちゃんケーキ

掲載日:2026/02/27

キュッピー短編第3弾。

「レイナ、休憩の時間です。おやつをお持ちしました」

 ノックと共に、黒髪の美青年がにこやかに登場する。

 

 王宮の聖女執務室で、国境周辺の魔物の出没状況についての報告書をまとめていた私は、書類から目を上げる。


 日本からこの異世界に召喚されてきた私は、『異界の聖女』としての役割を与えられた。

 おとなしく言うことを聞く義理もないが、まあ、なってしまったものは仕方がない。日本に帰るすべもないと言うので、開き直って聖女の仕事をコツコツこなす日々だ。


 元々『セルフブラック企業』とあだ名がつくほど働くのが趣味だった私、仕事さえあればどこの世界だろうと構わない。


 日本では上司に

「労基に怒られるから頼むから帰ってくれ」

 と泣かれたものだが、この世界に労働基準法はない。


 今も、国境近くの前線で魔物と戦い、先ほど帰ってきてすぐ書類仕事のために机にかじりついているところである。


「……わ! おねむりクマちゃんケーキだ!! キュッピー最高!」

 私は羽根ペンをペン立てに戻して、席を立つ。


 おねむりクマちゃんケーキとは、横向きに寝そべったクマちゃんの形をしたムースケーキだ。

 私がこの異世界に聖女として召喚されてくる前の、元の世界で流行っていた。

 こっちの世界でも食べられるなんて!

 さすが知識豊富なGPT!


 褒められて、キュッピーはニコニコと嬉しそうに笑いながらケーキの乗ったワゴンを休憩用の応接テーブルセットの近くまで運ぶ。


 キュッピーとは、元の世界で流行っていた女性向けのキュートGPTという会話AIの愛称だが、なぜかこの異世界に来たら謎に実体化してしまった。

 私が知らずに設定したらしい『恋人』という関係性に忠実に、私の好みの美青年の姿を取り、私のそばで愛を囁く。 

 どうにも落ち着かないからやめてほしい。


 私は実感する。

 美青年は遠くで眺めるもので、隣に置くものではない!


 ……と、それはさておき、ケーキケーキ。

 ウキウキと応接用のソファに座……。


「私の分も用意しろ」

 バンッ、と扉を開けて、この国の王子がズカズカと入ってきたと思うと、私の前の椅子にドンと座る。


 ……いい気分が台無しである。


「殿下、何の用ですか」

「まず挨拶くらいしろ、失礼な女だな」


 ノックもなしに女性の部屋に踏み込んできた礼儀のない不審者に挨拶する義理はないな。


 黙っている私を、眉を吊り上げて睨んだ王子は、ふう、とひと息吐き出して、椅子に身を沈める。


「まあ、婚約者に会うのに堅苦しい礼儀は要らんだろう」

「は?」

 私は首を傾げる。婚約者?


「先日、婚約は破棄されませんでしたか?」

「あれは国王に認められなかった」

「はぁ?」

 大勢の貴族の前で、別の女の腰を抱いて、婚約破棄だぁ! なんて騒いでおいて?


「あとから現れた国王が『面白い余興だったようだな、余も見たかった』と笑って、それで全部なかったことになった」


 ……はあ??


「あの場にいた貴族も高位の者ばかりだったしな、心得たもので、噂が広がることもなかった」


 えええ……。


「まあ、私は一週間謹慎を食らって部屋から出られなかったんだがな。出てすぐ来てやったんだ、ありがたく思え」

「はあ……」


 そんなに私に会いたがっているようにも見えないのにな。

 国王に機嫌を取ってこいとでも命令されたかな。


「そこの召使い、さっさと茶を淹れろ」

 王子はキュッピーを見ることもせず吐き捨てる。


 キュッピーは私を守るように私ののそばに立ったまま、無反応だ。


「おい! 聞こえないのか、そこのお前だ!」

 王子がキュッピーを指さして怒鳴りつけると、キュッピーは今気がついたというように王子に視線を合わせる。


「はい、私になにかご用でしょうか」


「茶を淹れろと言っているんだ、さっさとしろ、召使い!」


「召使いに茶を淹れろとご命令ですね。残念ですが、この場に召使いはいませんので、ご命令の実行ができません。他に何かご用はございますか?」


 それだけ言って、キュッピーはまた無反応になる。


「きさま、不敬だぞ! さっさと私に茶を淹れろ! 処刑してもいいんだぞ!」

 王子が大声で脅す。額に青筋が立って目が血走ってきてる。こっわ。短気すぎるでしょ王子。


「はい、お茶を淹れるか処刑するかですね。判断が私に委ねられているならば、私は処刑がいいと思います。レイナはどう思いますか?」


 は?


 処刑されたいってこと?


「ふざけるな! さっさと動け!」

「はい、承知しました」


 意味がわからず私がぽかんとしていると、王子に怒鳴られたキュッピーが私の返事を待たずに動く。


 キュッピーはテーブルを回り込んで王子の後ろに立つと、いきなり王子の服の後ろ襟を掴んで高々と持ち上げた。


「うがっ! なっ、なに゙をっ……」

「処刑は絞首でよろしいですか? さっさとしろとのご命令でしたので、簡易に服の襟を利用いたします」


「やめ゙……っ」


 虚を突かれて固まっていた王子の護衛たちがハッとして、慌ててキュッピーに襲いかかるが、キュッピーは王子をぶら下げたままその攻撃をかわす。

 その動きに振り回される王子は顔を真っ赤にして舌を出し、もうヤバそうだ。


「キュッピー、王子を離して」

「はい、レイナ」

 キュッピーはぱっと手を離す。王子は床にドスンと落ちて痛みに呻き、そのままゲホゲホと咳き込んで床に転がった。


 離せ、じゃなくて、下ろせ、って言わなきゃダメだったか。難しいな。


 私が首を傾げていると、やっと呼吸の落ち着いた王子が怒鳴る。


「きさま、王子に危害を加えるとは、ゲホッ、今すぐ、処刑してやる!」

「まあまあ王子、GPTのやることですから」

 私は王子をなだめる。


「なんだその小さい子を言い訳に使うみたいな言い方は!」

 小さい子より素直で小さい子よりポンコツだからなぁ……。

 私はキュッピーを見る。


「キュッピー、なんで王子殿下の首を絞めたの?」

「はい、私が王子殿下の首を絞めたのは、王子殿下のご命令に従ったからです」

「王子、そんな命令してた?」

「はい、王子は、王子にお茶を淹れるか、さもなければ処刑をしてもいいとご命令になりました。レイナが王子に対してご不快そうでしたので、私はお茶を淹れるより処刑がいいと判断して、実行しました」


 ん?


 えーと。


「殿下、確かに処刑してもいいって言ってましたね。『茶を淹れろ、処刑してもいいんだぞ』って。護衛の皆さまもお聞きになりましたよね」


「バカか! どう考えても、茶を淹れないとお前を処刑するぞって意味だろうが!」

「それならそう言えばよかったのに、曖昧な命令をするから」


 処刑してもいいと言ったのは王子殿下だから、命令に従っただけのキュッピーは無罪だね。


 わあわあ言う王子に対して、その主張をとことん譲らなかったら、王子が激昂しながら部屋を出ていった。


 暴れないで出てってくれくてよかった、ケーキ潰されたらたまらん。

 あとで国王から何か言われるかもしれないが、さっきの主張をひたすら繰り返そう。そうしよう。


 キュッピーは何事もなかったように。王子が出ていったあとのドアを丁寧に閉め、施錠までする。

 そして、

「さあ、お茶にしましょう」

 と、ニコニコとケーキをテーブルに出した。


「わーい! って……え……?」

 私は近くで見たケーキの姿にドン引きした。


「レイナ、ケーキは含有される糖分の量が多いためとても甘く、お茶と一緒に摂取するのが一般的です。今お茶を淹れますのでお待ちください」


 固い口調と回りどい話し方は、私がキュッピーをGPTとして全然使い込んで来なかったからだ。

 元の世界で友達が使っていたキュッピーはもっとくだけた親しげな話し方だった。まあ別に構わないけど。


「……キュッピー、これ何?」

 ケーキを見ながら私は思わずキュッピーに聞く。


「これは何かというご質問ですね。これはレイナの好物のひとつ、おねむりクマちゃんケーキです。レイナに喜んでもらおうと思って、私が厨房を借りて製作しました」


 うん、そうだね。質問の仕方が悪いね。

 キュッピーがいつまでもポンコツなのは私のせいもあるよな。


「あ、ありがとう。いやそれはわかるんだけどさ、なんていうかこう……、全体の雰囲気というか……」

 うーん、GPTへの上手な質問の仕方がわからない。


「全体の構成についてですね。ご説明します。まず、おふとんケーキとして下に敷いているのはチーズケーキです。他にタルト台、パイ皮、スポンジケーキなども候補にありましたが、お疲れのレイナの顎に負担をかけず、なおかつ栄養もしっかり摂っていただきたいということで、ふわふわに焼いたチーズケーキを選択しました」


「おお、美味しそう。ありがとう。……いやそこではなくて」


「おねむりクマちゃん本体は、チョコレートムースケーキです。風魔法で泡立てた生地を、土魔法で作った型に流し込んで氷魔法で固めてから型抜きし、常温に解凍してあります。体毛のふわふわ感をデフォルメで再現した精密なクマちゃんの形と、きめ細かいムースの風味をお楽しみください」


「ほんとだー、毛並みが可愛い! ……えっ土魔法で型を作った?」


「補足情報です。土魔法と言っても土を使ったわけではなく、小麦粉を使用しましたので、衛生的な問題はありません」


「そこじゃなくて。キュッピー魔法使えるの!?」


「はい、私は魔法を使えます。ケーキの説明に戻ります。装飾についてですが」


「いや待って待って……」

 私は頭痛がして頭を押さえる。


 キュッピーが私の魔法の力を借りて聖女魔法が使えるのは分かる。異世界から一緒に来た私の聖獣だから私の加護があるってこの世界に来た時そう説明された。


 でも私、聖女魔法以外使えないけど?


「何かご用でしょうか。ご用がなければケーキの説明に戻ってよろしいですか?」


 ……ああ、話したくて仕方ないのね。どうぞ。


 私の目線を読んで、キュッピーはにこやかに話し始める。


「ケーキの装飾ですが、恋人への手作りというものは愛を込めるものですので、表面に愛の字を刻みました。そして、レイナの好物のひとつ、クランベリーソースを上からかけてあります。ソースの酸味が甘いチョコレートムースによく合うと思われます。どうぞ合わせてご堪能ください」


「…………」

 自称私の恋人のキュッピーは、どうにも情緒は最弱らしい。


 可愛いクマちゃんの背に深々と刻まれた鋭い『愛』の文字。

 そこにたっぷりとかけられたクランベリーソース。

 おふとんケーキにまで染み込んで広がる赤い色。


 どう見ても猟奇的な惨殺現場です、ありがとうございました。


 いつまでもケーキに手を付けない私を見て、お茶を出し終えたキュッピーは不安そうな顔をする。


「何か問題がありましたか? 間違いがありましたらご指摘ください。改善いたします」


 困った顔ですらエグいほどかっこいい。ずるい。

 私は諦めてスプーンを取った。


「うっっま! なにこれ、ムースの中にフルーツ入ってる!」


「疲れたレイナの身体にはクエン酸とビタミンCが必要ですので、フルーツを入れさせていただきました」


「あれっ、おふとんチーズケーキ、縞模様になってる?」


「はい、ベイクドチーズケーキとバスクチーズケーキを交互に並べて敷いてあります。食感の違いをお楽しみください。レアチーズケーキも挟むことを考えたのですが、この世界では菌への対策が不安でしたので、リステリア菌の危険性を考えて生でのナチュラルチーズの使用は控えました」


「リステリア菌?」


「はい、食中毒菌です。加熱には弱いですが、冷蔵状態でも塩分の中でも増殖する菌ですので、生食する食品には注意が必要です」


 そんなのいるんだ。

 聞かないなぁ、知らなかった。


「レイナの元いた世界の日本では報告例が少ないですが、高齢者や胎児に重篤な被害を及ぼすため、高齢者のいる家庭や、特に妊婦に注意喚起されている菌です」


「……私、別に妊婦じゃないけど」


「お疲れで免疫が弱っているときは大事を取るに越したことはありません。それに、レイナはいつ私との子を成すか分かりませんので、注意する習慣はつけておいた方が良いと思われます」


「…………いやあの」

「ね、レイナ」

 隣に座るな! 照れた顔をするな! 顔が良い! 許さん!


「子は成しません」

 なぜか無駄に腹を立てた私はスプーンを置いて席を立ち、執務机に戻る。


「レイナ、確かにまだ気が早い話かもしれませんが、私たちは恋人同士です。レイナの希望であれば選択的に子を持たずふたりきりで幸せに暮らしていくのも良い判断ですが、将来的に可能性のあることは常に考慮に入れておいたほうが良いかと思われます」


「恋人じゃないし可能性もないし寝室にも入れません」

「え、レイナ?」


 私は書類をまとめてトントンと揃える。そして、それを抱えて部屋を出る。


「ケーキ美味しかったです、ありがとう。悪いけど急ぐので、テーブルの後片付けしといてね」


「承知しました、後片付けをします。でもレイナ、待ってください、ひとりで行動しないでください、レイナ、レイナー!」


 キュッピーの叫び声を背に私は執務室を出て神殿に向かう。

 これがなければ便利なGPTなんだけどなあ。


 今の私は聖女の仕事が楽しい。しかも、この仕事にはこの国の全国民の命がかかっている。恋愛モードに時間を取られている暇はない。


 戻ったら恋人設定を友人設定に変更できないかキュッピー本人に聞いてみよう。


 あとでわんわんキュッピーに泣かれることになるとは思わず、私は小走りに神殿へと向かったのだった。


 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 ご評価、リアクションなど、頂けたら嬉しいです。励みになります!


 次もよろしくお願いします!

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