戦がなければ腹は膨れぬ?
家に帰ると妻が死んでいた。
なんてこともなく、母が夕食の準備をしていた。俺に妻はいねぇし、彼女もいねぇんだよ!
「星和、おかえり。もうできるよ。お腹空いたでしょ?あんたはいつも空腹なんだから。」
「ただいま、母さん。散々カニ食ったから、なんか違うもの食べたかったんだ。」
「……今日はカニだよ。」
亜麻色の髪をひとつに束ね、明るい茶色の瞳をした母が、エプロン姿で笑い、食卓を示すように身を引くと、そこには赤く茹で上がったカニが山と積まれていた。
「…………」
「安売りしてたのよ。大量のカニの魔物が受肉したかなんだかって。星和の現場だったんだね。何か違うもん作ろうか?」
通常、魔物は倒されると魔石を残して消えてしまう。魔境主が倒されても同じだ。だがその中でも、魔力を溜め込んだ魔物は肉体が消え無い。これを受肉という。肉体を形作っている魔力が定着してしまった結果だろうと言われている。
「いいよいいよ、今から新しく作るのも手間だろ。」
そう言って仏間に向かい、仏壇に手を合わせる。
仏壇には父の遺影があり、その横には所々溶けてボロボロになった短剣が置かれている。父の形見だ。
「……今回も帰ってこれたよ、父さん。」
父が死んだのは4年前。俺が14歳の頃だった。
探索者組合の調査隊にいた父は、成長したアビスの調査中に撤退戦となり、そのまま帰らなかった。残ったのは遺品の短剣だけで、遺体は見るに堪えない状態だったという。
母は取り乱さず葬儀を仕切ったが、しばらくは一人で泣いていた。今は遺族年金もあり生活は困っていないが、時折寂しそうにしている。俺がシーカーになる時も反対しつつ、「自分の意思を曲げる子じゃないのはわかってる。好きにしなさい。」と背中を押してくれた。父が居ないことが当たり前になりつつある。
この短剣も、当時はまだ無事だった。俺がナタ代わりに使い、初めて隕石を降らせたとき巻き添えでボロボロになった。……ごめんな、父さん。
「星和、準備できたわよ。食べましょうか。」
母が俺を呼ぶ声が聞こえる。
食卓には大きな土鍋とビールが用意され、湯気に磯の香りが混じっていた。
殻を割れば身がほろりと崩れ、ポン酢に沈めると柑橘の香りが立ち上る。ひと口頬張ると甘みと潮の旨味が舌いっぱいに広がり、戦場帰りの空っぽの腹をさらに刺激した。
母は自分のグラスにビールを注ぎ、俺の前にもグラスを置いた。
「今日は一緒にどう?」
「うん、やっぱりカニにはビールだな。」
二人で軽くグラスを合わせ、一口。冷たい喉ごしが火照った体に染み渡り、思わず息が漏れる。
「十八になって堂々と飲めるってのも悪くないな。」
喉を通る冷たさに、戦場帰りの身体がようやく落ち着いていく気がした。
「今回はどうだったの?魔境主もカニだった?」
「カニだった。軽トラ並の大きさで、大味だったけどうまかったよ。……でも痛風になりそうだ。」
「魔物を味で覚えるのやめなさいよ。そんな若さで痛風になったら笑うしかないわね。ほら、もっと食べなさい。」
「母さん、そんなにいっぺんには食えねぇよ!子供じゃないんだ、自分でできる。」
「何言ってんの、子供は子供よ。いつまでだって世話やきたいものよ。それに、あんた見てないと生で食べそうだし。」
「……家ではしないさ。家では。」
「外ではやるってことじゃない!お腹壊すわよ?」
「大丈夫だって。今まで一度も腹壊したことないんだから。」
母は呆れつつも笑い、グラスを口に運ぶ。俺はカニの脚をもう一本割りながら、バツが悪くなってテレビに目を向けた。
ニュースでは、海上に浮かぶ巨大な六角形の人工島が映っていた。
「これ、直径一キロ超えてんだぜ。三千人が住める規模で、魔力炉と潮流発電のハイブリッド動力。年単位で寄港なし、しかも自給自足率七割超え……人類史に残る都市だ。」
つい声が熱を帯びる。画面に釘付けの俺を、母が呆れ顔で見ていた。
「十周年の祝賀会ねぇ……」
画面に映る会場では、各国の首脳や科学者たちが並び、浪漫と誇りに満ちた空気が漂っている。俺は画面に釘付けになり、十年前に誓った言葉を思い出した。
『絶対これを手に入れる』
「ほんと、好きねぇ、人工島。まだ乗りたいの?」
「うん。乗りたいっていうより、手に入れたい。」
「でもシーカーになったんでしょう?どうして?」
母はグラスを傾けながら静かに尋ねる。当時は聞けなかった質問を、今さら投げかけてきた。
「シーカーの装備を使ってみたかった。」
「それだけ?」
「……当時は復讐したい気持ちがあった。」
最初の理由も本当だ。前世では道具を試したいがためにキャンプをするキャンパーだった。あの楽しさを今も引きずっている。
「……そう。」
母は、しばらくグラスの中を見つめていた。
「今は?」
「今は食欲かな。再生の異能を使うと腹が減るし。魔力が豊富な魔物はうまいし。趣味と実益を兼ねてる感じだな。あと、いつかあれを手に入れるのにシーカーがいいんじゃないかと思ってる。」
「どうやってよ。ワタシには全く関係ないように見えるわ。」
「……秘密。でも絶対に手に入れる。」
「まぁ、楽しんで仕事してるならいいことよ。」
母はもう一度ビールを口に運び、少し笑った。
「支部長さんには最近会ってる?」
「何ヶ月も顔見てないな。俺をA級にしてやるって息巻いて本部に行ったっきりだ。副支部長が代理してるから問題はなさそうだけど。」
「そう。帰ってきたら副支部長さんと一緒に家に招待しなさいね。あの人も、あんたも世話になってるんだから。お礼くらいしなくちゃ。」
俺は「あぁ」と曖昧に返事をし、もう人工島が映っていないテレビをぼんやり眺めながら、殻を割った




