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カニに轢かれて転生は嫌だ

古来より人類は魔物の侵攻と戦ってきた。


魔物は魔力を溜め込む性質をしており、大量に魔力を溜め込んだ魔物は、アビスと呼ばれる固有の領域を手に入れる。アビスを手に入れた魔物は主と呼ばれ、アビス内には主の特徴を持つ新たな魔物が出現する。


そんな世界で人類は、生活圏を脅かす魔物に異能と魔法を駆使して対抗し、今日の繁栄を勝ち取った。日本では魔物に対抗するもののことをシーカーと呼び、手厚い支援をしている。


そんなシーカーである俺は、今ヘリに乗せられ空の上にいた。


今回の緊急任務だが、発見が遅れたせいで魔物が大量に湧いてスタンピード寸前らしい。


「星屑、間も無く高度200mだ!降下準備!」


インカムから怒鳴るように聞こえてくる操縦士の指示で、身体強化と身体保護の魔法を同時発動する。


『星屑』は俺のコードネームだ。


「準備完了!」


「高度200m、降下開始!」


開始の合図と共に扉を開けた瞬間、暴風が叩きつけてきたが、俺はなんでもないかのように外に飛び出した。


身体は一気に加速し、数秒で安定した姿勢に入る。両手足をやや広げると空気抵抗で揺れが収まる。視界の下には地表が広がり、輪郭がみるみる大きくなる。高度二百メートル。落下にかかる時間はおよそ六秒。


地面の細部が視認できるようになり、着地点に選ばれた少し開けた草地の地面が鮮明に映り、速度の増大を明確に示していた。


身体をわずかにひねり、空中で前転。回転の勢いで乱れた姿勢を修正し、両足を地面に向ける。風圧で揺れる身体を重心の移動と筋力で制御し、着地に適した姿勢へと移行する。


次の瞬間。


ズドン!と地面が弾かれたように陥没し、草や土が周囲へと飛ばされる。


足元から伝わる衝撃は、魔力で強化し保護された身体によって分散され、骨に軋みが走るが折れることはない。


足元には直径2m深さ20cmほどの円形の窪みが残り、落下の事実を無言で示していた。


「やれやれ、相変わらず、俺が星になりそうな降下方法だな。」


そうつぶやくと『周囲を夜にする異能』を薄く展開する。約半径50mの周囲がわずかに暗くなったように感じ、夜を通して周囲の状況が手に取るようにわかる。


さっきの着地音に引き寄せられ、周囲にいた魔物がこちらへ移動してくる気配がいくつも浮かび上がった。


硬い甲殻、巨大なハサミ、六本の太い足。間違いなくカニの魔物だ。


一番近くにいた大型犬ほどの大きさのカニが低木を叩き折りながら姿を現し、ガチャガチャとハサミを鳴らしながら突っ込んでくる。見た目はヤシガニだな。


「案外足が速ぇな……まぁ、慣らしにはちょうどいいか。」


大将作のガントレットを軽く握り込み、振り下ろされるハサミを拳で砕き飛ばし、その勢いのまま膝を眉間に叩き込む。


膝が眉間にめり込んだと共に鈍い破砕音が響くと、甲殻は加えられた埒外の力に耐えきれず、蜘蛛の巣状にひび割れ粉砕される。


砕け散った破片と共に、カニは力なく崩れ落ちた。


直後にカニの体は淡く光りながら崩れ落ち、手のひら大の魔石へと姿を変える。


「うん、悪くねぇ。いくら固くても、所詮カニか。」


だが魔物はコイツ一体だけじゃない、周囲に群がる気配が押し寄せてくるのを感じる。


草むらの奥から次々とカニが這い出し、ハサミを打ち鳴らして威嚇の合唱を始めた。整然と横並びになり、じりじりと隊列を広げていく。その統率された動きは、ただの群れではなく、一つの軍勢そのものだった。


その中の一体が、振りかぶったハサミをいきなり射出してきた。空を切る轟音と共に、巨大な刃が地面に突き刺さり、土を抉り飛ばす。


「おいおい、飛ばすのかよ……遠距離持ちとか聞いてねぇぞ!」


飛ばしたハサミは一瞬で消滅し、見る間に再生していく。再生速度まで化け物じみてやがる。


間を置かず、別方向から突進してくる個体。拳で迎撃すると、甲殻が弾け飛び、破片が四方に散弾のように降り注いだ。肩口にかすった欠片が煙を上げ、服を焦がす。


「爆裂タイプか……めんどくせぇな。」


さらに足元で地面が盛り上がった。凄まじい速さで、土を割って潜行型のカニが飛び出し、足に絡みつくように鋏を突き立ててくる。夜の知覚でなければ完全に奇襲されていた。


「潜って待ち伏せとか、どんだけ種類いんだよ!」


俺はガントレットを構えると、脚に食らいついた奴を叩き潰す。鈍い破砕音と共に、甲殻が砕けて淡い光へと変わった。


次から次へと襲いかかるカニたちは、それぞれに厄介な能力を持っている。ハサミを飛ばす遠距離型、殴られると爆ぜる自爆型、地中から襲う潜行型。群れ全体が一つの軍勢のように役割を分担しているのがわかる。


「めんどくさい、強くはないけど、果てしない!」


それでも、迎撃は難しくない。飛んできたハサミを掴んで逆に投げ返し、爆裂片を身体強化で強引に弾き飛ばし、地中からの奇襲は踏み込みで叩き潰す。


数は減らない。だが俺の拳と脚は、ただひたすらに群れを砕き続ける。


湧いて出る方向からアビスの魔力が流れてきているのを感じる。


つまりこの先に主がいる。


しばらくカニ共をちぎっては投げちぎっては投げして進むと、軽トラックほどの巨体を持つカニが姿を現した。巨体に似合わぬ速さで地面を踏みしめ、突進してくる。


俺が余裕を持って避けると、前進だけでなくターンも早い。すでにこちらを向いている。


いきなり地面に潜り、俺の背後から飛び出してくる。俺が回避すると同時に、振りかぶったハサミを射出してくる。空気を裂く轟音と共に鋭い刃が迫る。


「潜って撃ってくるとか、盛り過ぎだろお前!」


拳で弾き飛ばしたが、直後に甲殻が爆ぜ、散弾のような破片が全方位に弾け飛んだ。強化した肌でも突き刺さればダメージになる威力。普通なら近寄ることすら難しい。


「……ったく、遠距離マシマシ、爆裂カラメ、潜行オオメ、ってとこか?二郎系!? 言ってる場合じゃねぇ!」


俺はガントレット越しに拳を握り締め、夜をさらに濃く展開した。

闇の感覚が巨体の動きを先読みし、迫るハサミをいなし、爆裂片を弾き飛ばし、潜行突進をかわす。


そして巨体が再び突進してきた。


「このサイズの突進って……もう一度転生しそうだな!」


ゴンっと鈍い音が響き、迫る質量を片手で受け止めた。衝撃が腕を通じて地面に抜ける。踵がわずかに沈みこんだが、それ以上は許さない。


そのまま空いてる方の拳を突き上げる。アッパーを喰らった巨体は勢いのままひっくり返り、四肢をばたつかせて起き上がれずにいる。


「ただしカニ転生は御免こうむる!」


すかさず動けない巨体に歩み寄り、腹に拳と蹴りを叩き込む。背に比べ薄い甲殻はたやすく砕け、内部が露出する。やがてジタバタと動いていたのも完全に止まり、ただの残骸となった。


「前世ではヤシガニって毒がなかったっけ?……まぁいいか、食えるだろ。」


主が死に、魔境を覆っていた霧が溶けていく。濃密な魔力の圧が薄れ、ただの草原が戻ってきた。俺は肩を回しながら、カニ鍋の味を想像して口元を緩めた。

カニ


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