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星屑観察キット


支部に戻り、会議室で簡潔に報告を終えると、支部長が端末を開いた。


「本部に報告する。お前らの扱いは判断が降りるまで一旦“待機”だ。帰宅して休め。」


「了解。」


アレクトが小さく息を吐く。九条は相変わらず明るい顔。三人で並んで礼だけして部屋を出た。


廊下で九条が俺の肩をつつく。


「ね、星和くん。同居しよ!」


言い方は軽いが目は真面目だ。


「監視の一環か?」


「そうだよー。なんかねぇ、今朝急に言われてね。日常的に常に見張ってろって。そうするには、同居するしかないでしょ?あ、覗かれるのが趣味?それなら……。」


「ねぇーよ!……でも、真面目な話。俺は実家住まいなんだよ。母さんに話してみるが……まぁ、大丈夫か。」


俺は少し考えて、あの母さんなら無茶言わなきゃ大丈夫かと思う。……多分。


九条が指を立てる。


「家族の同意は大事!明るい家族けい……」


「言わせねぇよ!」


九条はケタケタ笑い、アレクトはキョトンとした表情をしていた。



――

玄関を開けると、だしと油のあたたかい匂いが迎えてくれた。母さんが顔を出す。


「おかえり。それで、その子が九条さん?」


「お邪魔しまーす。本部命令で、星和くんの監視と同行を担当してます。九条静真です!」


「母さん、監視として同居したいって言ってるんだが、いいか?」


母さんは一拍、まっすぐ九条を見る。


「いいわよ、部屋は余ってるし。それよりアンタ監視がつくほどやらかしたの?」


「それは……ごめん、母さん。」


「もぅアンタって子は……。静真ちゃん、この子色々むちゃくちゃだけど、よろしくね。観察するなら飽きないわよ。」


「はーい。魔法無しで魔物殴ってるところ見たから、わかってまーす!」


『観察じゃねぇ、監視だって!』っと俺が言うのを無視して、母さんはふっと笑った。


「うちの基本ルールは三つ。ひとつ、夜中の冷蔵庫は声をかけること。ふたつ、非常食まで食べないこと。みっつ、家事は分担。できる?」


「はい! 家事は得意でーす!」


「よろしい。布団は客間にしくわ。鍵は後で渡すわね。まずは手を洗ってご飯よ!」


食卓には、すでに食事が用意されていた。


猪の魔物のつみれ汁、表面だけ軽く固めて中はふんわりだ。噛むと肉の甘みがにじみ、ほんの少しだけ野性味の鉄分が舌に残る。荒く叩いた根菜の甘みと味噌が受け止めて、湯気だけで腹が鳴る。


岩兎の香味焼きは皮がぱりっと割れて、身は鶏より密で鹿よりやわい。塩と柑橘をきゅっと絞ると、白米が忙しくなる。


魔境きのこのバター炒めは、傘が厚くて歯が跳ね返る。香りが強いのに苦くない。わかりやすく旨い。


「静真ちゃん、早食いしない。」

「してない、してないです!……うまい!」


九条がつみれをもう一個すくって、真剣な顔でうなずく。


「これ、勝てる味だ。」


「なににだよ。」


「明日!」


母さんは苦笑しつつ、鍋をのぞく。


「足りる?角熊はまだあるわよ。」


満腹になるにつれて、戦闘でのささくれが取れていく。飯は武器だ。満ちれば、頭が冷える。


九条が茶碗を置いて、ぺこりと母さんに頭を下げた。


「受け入れてくださって、ありがとうございます。今日から、星和くんの“日常”も守ります。」


「じゃあ、まずは皿洗いから守ってちょうだい。」


「ラジャー!」


皿を流しに重ねたところで、端末が震えた。支部だ。スピーカーにする。


「シズ。支部長だ。」


『本部決定が降りた。上級魔境1個ではご不満だそうだ。ほか複数の上級魔境を討滅せよとのことだ。』


「了解。」


『詳細は明朝、組合でブリーフィングだ。時刻は7時。各自、遅れないように。以上』


通話が切れる。台所に水音だけが戻った。


「明日も早いのね。」


母さんが布巾を絞る。


「ああ。今日は風呂入って寝る。」


「了解でーす。皿は私が吸って……じゃなくて洗っておくから、先に風呂どうぞ!」


九条が袖をまくる。


「吸ってはやめろ。」


俺は前世の、何でも吸い込むピンクのやつを想像する。


「はいはい。じゃ、監視対象さんは寝る準備!」


角を戸枠にぶつけないように身をすぼめて廊下を抜け、風呂に入る。広範囲に広がった鱗、今は見えないが牙もある。


これ以上バケモンじみてきたら人間の規格で作られた家に住めなくなりそうだな。


なんて思いながら、手早く済ませ部屋に戻り、寝る準備を整えているとノックがなる。


「星和くん、いい?」


「いいぞ、開いてる。というかノックとか出来るやつだったんだな。」


「もぅ!しつれーい!」


と言いながら九条が入ってくる。九条が入ってきた瞬間、部屋がぱっと明るくなる。照明は変わってないが、こいつの顔のせいだ。


「遊びに来たのか?」


「ううん。監視しなきゃでしょー?」


にやりと笑って、勝手に机の椅子を引いて腰掛ける。足をぶらぶらさせながら、俺を見上げる。


「なにを監視するんだよ。寝顔フェチとかじゃないよな?」


「そういうのは隠すってば。ちゃんと“本部の監視官”として来てるんだよ?」


言いながらも、机の上に置いてあった携行食に目をやる。


「……それ、食べていい?」


「おい、監視目的忘れてるだろ。まずいぞ、好きにしろよ。」


九条はパッケージを器用に開けて、一口かじる。むぐむぐと頬を動かし、真剣な顔になる。


「……まずい。」


「だから言っただろ。燃料だ。味は諦めてんだよ。」


「じゃあ今度、私がお菓子作ってあげる!」


「監視官の仕事か、それ?」


「いいじゃん。美味しいと監視もはかどるんだよ!」


けらけら笑いながら言うけど、目だけは一瞬だけ鋭い。星和の角や鱗を、しっかり見てる目だ。


「……見てんだろ。」


「うん。隠す気もないでしょ?でも、心配はいらないって。だってまだ星和くんだから。」


軽い声のまま、妙に重いことを言う。


俺は布団に潜り込んで背を向ける。


「監視官ってやつは、こえーな。」


「こわくないよー。」


そんな軽い様子の九条に俺は気になってたことを聞く。


「なぁ、いつから戦ってるんだ?」


「6年くらい?2年くらいは海外派遣されてたよ。」


「じゃあ、最年少でシーカーになっても21か22か?」


「女性に年齢を尋ねないの!でも、私はいいよ。今年27だよ。21になる年まで要請所にいたの。」


この場合の養成所は高校卒業後に入れる、探索者養成所のことだろう。2年制で、シーカーに必要なスキルを学べる。軍と比べても厳しく管理される、非常に実践的な教育施設だ。


「……絶対馴染めなかっただろ。」


「うーん、そうでもないよ。その時の反発で今みたいになっちゃったのかなー。」


俺は九条に向き直り、本題に入る。


「シズ、お前転生者だろ?」


九条は少し黙ってから答えた。


「……なんでわかったの?」


「明るい家族計画だ。あれはこっちにないキャッチフレーズだろ。」


「そうだったね。……うん、そうだったよ。こっちに来て27年にもなるのに、向こうのネタを使っちゃったのは、君が転生者だって薄々気付いてたからかなぁ。」


「俺の方もバレてたのかよ。なんでだ?」


「ボスラッシュー、あれはこっちの人あんまり使わないよー。」


「あぁ、なるほど。そうかもな。」


確かにそういったゲーム的な単語はこっちの世界の人はあまり使わない。


「なぁ、シズも何か予感がするか?大きなことが起こりそうな感じのやつ。俺は昔からそういう感覚があったんだ。」


「あるよ。だから私は、手っ取り早く力を手に入れるために養成所に行ったんだー。」


「そうかぁ……やっぱりな。殴って解決できる問題ならいいんだがなぁ。」


過去の転生者が歴史に名を残したとき、必ず大きな事件が起きていた。戦争、魔物、飢饉、経済危機。まるで、その事件に対応できる転生者が、配置されているようだった。


「それで?もう一つ能力があるんだろ?」


「星和くんもあるの?私は無効の異能だよ。」


「無効?吸収と放出と比べりゃ地味だな。使ってないのか?」


「使ってるよ!数秒間あらゆる影響から私の身体を守るものなんだけどね、本当にわかってない?」


「あぁ実際、吸って出してるくらいしかやってなかったじゃないか?」


「だったら、私の何でも吸収して返せるし、盾でもそらせるってミスリードが効いてるね!」


「なんだよ、もったいぶるなよ。」


「私の吸収ね。質量や重量はどうにもならないの!弾丸の推進エネルギーは吸えても、ハンマーの重さはどうにもならないって事ね。象の攻撃、受けたときに違和感なかった?」


「あぁ、そういう事か。強化の魔法にしても、良くあの重さを支えられるなとは思ったよ。なんだ、そんなカラクリだったのか。」


「そういう事ぉー。星和くんはどんな異能なの?」


「再生の異能だよ。やたら燃費が悪くて余計なもの生やす、欠陥品だ。」


「あぁ、報告書見たときから、夜にする異能にしては再生能力だけ異様だとは思ってたんだよねー。でも、それで生き残ってるんでしょ。」


「そうだな。コレのおかげで、俺は前衛やれてる。」


九条がにやっと笑う。


「じゃあ、欠陥品同士だね。」


「は?お前のは防御最強クラスだろうが。」


「いやいや。吸って、返して、無効化して……って、やること単純すぎるんだよ。やれる事の幅が狭すぎるの。だから、欠陥品。」


軽口のはずなのに、その目は冗談じゃなかった。


俺は鼻で笑う。


「まぁいいさ。世の中、欠陥品のほうがしぶといんだよ。」


「そうそう。だから……明日も生き残ろうね。」


九条が茶化すみたいに笑って、でもその声は妙に静かだった。


俺は布団に頭を沈めて、片手だけ上げる。


「了解だ、監視官。」


そう答えると、外の気配が少しだけ軽くなった気がした。


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