感覚的には中ボスラッシュ
――支部会議室。
机の上には地図が広げられていた。赤ペンで囲まれた山域に、いくつもバツ印。見てるだけで胃が重くなる。
支部長がいつもの金属声を響かせる。
「今回の任務地は“上級魔境”だ。規模は支部単独では手に余る。本来なら本部直轄の案件……だが、今回はお前たちを試験運用チームとして投入する。」
「……つまり、俺らの安全確認を、よりにもよって本部案件でやるわけか。」
「そのとおりだ。」
支部長は一切の迷いもない調子で続ける。
「九条が監視につく以上、結果を持ち帰れると踏んでの判断だ。」
「はーい補足でーす!」
九条が元気よく手を挙げる。
「“監視”って聞くと重いけど、要は星和くんが暴走しないか、私がそばで見てるだけ。何してもOKってこと!……ついでに暴走したら私が止める!以上!」
「「軽ぅ……」」
俺とアレクトの声が揃って漏れる。
支部長は地図を指で叩いた。
「標的はこの山域に棲みついた大型魔物群だ。観測記録では複数の巨体が確認されている。規模は国家災害級一歩手前だ。」
「国家災害級一歩手前……」
アレクトが息を呑む。
「ドラゴンほどじゃないけど、それに近い規模ってことね。」
九条がニコリと笑った。
「でも心配いらないよ。星和くんもレクトちゃんも、もうドラゴンとだってやり合ったんでしょ? だったらちょっとやばい群れくらい、平気平気!」
「……“ちょっとやばい”の基準おかしくねぇか?」
俺のツッコミを無視して、支部長はまとめた。
「任務目標は当滅だが。生存を優先しろ。生きて戻って報告しろ。それが“安全確認”だ。……以上、解散。」
九条がひらひらと手を振る。
「じゃ、準備しよっか。死地ツアーの始まりだよ!」
――
輸送ヘリの機内。
俺達は新装備に見を包み、轟音と振動に揺られていた。
シートベルトを締めた俺の目の前で、九条が盾を膝に置き、にこにこと話始めた。
「さて、新加入だし自己紹介その2! 私の装備と能力を教えとくね。」
彼女が左腕を叩く。
「この盾は小さいけど、ほとんどのものぜーんぶ逸らすよ。正面に立っても平気、だから安心してね。」
次に腰の剣ナタを軽く抜き、刃を見せつける。
「こっちは斬るというより叩き割る。肉も骨もまとめて持っていける。……あ、もちろん味方は"斬らない"から心配しないでね!」
「……味方斬った前科あるみたいな言い方だったぞ。」
俺が即ツッコミを入れると、アレクトが半眼で睨んだ。
「流石にA級がそんなヘマ……ほんとに大丈夫でしょうね?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
九条は悪びれもなく笑った。
「で、能力のほうは?」
俺が問うと、九条は人差し指を立ててにやりと笑った。
「私の異能は“吸収と放出”。攻撃でも魔法でも、私に向かってくるエネルギーは吸収できるの。で、あとからまとめ叩き返すことができるんだよ。」
「……単純に聞こえるけど、実際は相当えぐいな。」
俺が顔をしかめると、アレクトも真剣な目でうなずいた。
「でしょ? 防ぐか、返すか。やれることは二つだけ。でも、その二つで十分でしょ?」
九条は楽しげに肩をすくめてみせた。
ヘリの振動が強まる。前方のランプが赤く点滅した。降下準備だ。
俺は息を吸い、シートから立ち上がる。
無茶に思えるかもしれない降下方法だが、俺がいつもやっているのは正式なやり方だ。
シーカーなら大半ができる。ただ、普通は異能か魔法で減速して安全に着地したりする。
流石に身体強化と身体保護だけで落ちるのは、俺くらいのものだろう。だが俺はそれしかできないのだから、しょうがないだろ。
前方ランプが青に変わる。後部ハッチが開き、轟音がさらに増す。暴風が吹き込み、夜の闇と魔境の臭気が一気に流れ込んできた。
俺たちは立ち上がり、一列に並ぶ。最初に俺、九条、アレクト、の順だ。
減速無しで突っ込む俺は、後からだと万が一にも追突する可能性があるからだ。まったく……VIP対応は辛いぜ。
ドガンッ
と音を立てながら着地する。
地面が陥没し、土と砂利が外に弾け飛んだ。膝の骨が軋む感覚を、強化と保護の魔力で無理やり受け流す。立ち上がったときには、着地点の周囲に人ひとり分のクレーターができていた。
「やっぱり俺の星屑ってコードネーム、この降下方法からじゃねぇのか?」
ぼやきながら周囲を見回すと、ほぼ同時に九条が降りてきた。
盾を前に構え、風圧を逸らして着地。衝撃音はほとんどなく、土埃すら上がらない。衝撃を吸収したのがわかる。
「盾は降下のときにも使えるんだよ。かわいいでしょ?」
「どこがだよ……」
聞いたらえげつねぇ素材の盾のくせにと、俺は肩をすくめる。
さらに数秒後、アレクトが降下してきた。
結界を三枚重ねて衝撃を分散し、膝を抜いた姿勢のまま地面に滑り込む。砂煙を上げて片膝立ち、すぐに杖を構えて周囲を警戒した。
「……異常なし。周囲に敵影もなし」
息は乱れていない。まるで教科書みたいな降下手順だ。
俺は口笛を吹いた。
「おーおー、優等生だな。俺のド派手なクレーターと比べて見ろよ。」
九条はくすくす笑って盾を軽く回した。
「大丈夫。目立つ星和くんを囮にして、私たちで囲めばいいんだよ!」
「おい、囮前提かよ!」
「安心しなさい、誤射には気をつけるから。それより、索敵は?」
「問題ない、周囲敵影無し!」
夜風に乗って森のざわめきが響く。
月も届かない暗がりの奥、木々の影が妙に濃い。風に揺れるだけで生き物の影に思えて、視覚が頼りにならない。
俺の夜には未だ何も映らない。
「……行動開始。」
アレクトが小声で告げ、杖を握り直す。
不意打ち対策の結界を薄く広げ、周囲に伸ばしていく。
九条は盾を内側に構え、軽い足取りで前に出た。
「どっから来ていいよー、ぜんぶ返すから!」
場に似つかわしくない明るさ。だがその声は、逆に緊張を和らげる。
俺は鼻から息を吸う。
夜を通して気配を感じる。……いる。
「前方二時方向、三つ。でかいのが一つ、他は取り巻きだ。」
「了解。」
アレクトが頷く。
「私が結界で足を止める。九条ちゃんは盾を正面に。星和は……」
「前に出て、殴って暴れる。決まりだな。」
そのとき、闇の奥で枝がはじける音。
次の瞬間、巨体が木々をなぎ倒しながら飛び出してきた。
四足獣、熊に似た体躯だが、背には岩のような甲殻が盛り上がっている。目は赤く光り、喉奥でゴロゴロと岩を転がすような唸りをあげていた。
「……あれは、3匹とも中級魔境主に相当するわね。……群れで来るのが厄介だわ。」
アレクトが冷静に言う。
左右からは二体、狼に似た細身の魔物が影を滑るように接近してくる。
「最初の相手にしちゃ上等じゃねぇか」
俺は拳を握り、ガントレットの爪がカチリと鳴るのを聞いた。
「じゃ、開幕だよ!」
九条が叫び、盾を構えて前へでる。
闇の中、三体の魔物が同時に突っ込んできた。
「私が抑える!」
アレクトが杖を突き出し、青白い結界を展開する。
狼型二体の進路を塞ぐように壁を張り、牙が食い込むたびに火花が散った。結界越しに見えるアレクトの額には汗がにじむ。
「任せて!」
九条が巨体の熊型が振り下ろす岩塊みたいな前足を、小盾で真正面から受け止めた。
風圧で木の葉が舞い、砂礫が跳ねる。普通なら吹き飛ぶはずの一撃を、九条は楽しげに笑って踏み止まった。
「っしゃあ!」
俺はその隙を逃さず、横合いから駆け込むと、新ガントレットを熊型の横っ腹に叩き込んだ。
ズドン、と鈍い音と共に鱗ごと肉がめり込み、巨体がよろめく。
「星和くん!もう一発!」
九条の声。熊を押さえながらも、俺の動きを見て合わせてくれている。
その熊が吠え、再び腕を振り下ろす。だが九条は一歩も退かない。盾で守り衝撃は吸収し、次の瞬間にはその力を弾き返した。
「ほらっ! 返してあげる!」
受けた衝撃が逆流し、熊型の巨腕が自分の体勢を崩す。
そこへ俺の拳がもう一度突き刺さった。爪が甲殻を裂き、骨ごと砕く感触。巨体は呻き声を残して崩れ落ちる。
残る狼型は、アレクトが結界を押し出すように叩きつけて距離を取り、その隙に杖の先から氷の槍を連射して貫いた。
「二体、排除!」
静寂が戻る。俺は肩で息をしながら、土埃の中でガントレットを振るった。
九条は盾を下ろし、にこにこと笑ってこちらを見る。
「うん、いいね。星和くんは敵を先に嗅ぎ分けてたし、魔法なしでも熊を二発で沈めた攻撃力。勢いだけじゃなく、横から叩く判断もできてる。
レクトちゃんは魔法で相手の注目を引きつけて、群れの連携を崩した。熊をやってる間に狼を二匹仕留めた腕も見事。結界も最後まで崩れなかった。二人とも、攻撃力も防御力も十分。“合格”!」
「テストだったのかよ……」
俺はげんなりと顔をしかめる。
「当たり前。A級の監視役なんだから、まずは味方の動きを見ないと。で、今日のポイントは――タンク役が前で止まること!」
九条は盾を軽く掲げる。
「これがあるから、星和くんは横から殴れるし、アレクトちゃんは安心して結界を張れる。タンクがいない戦闘は、ただの消耗戦だよ。」
俺とアレクトは顔を見合わせ、同時に小さく頷いた。
森の奥からまた枝がはじける音がした。まだ戦いは続くが、もう三人の呼吸は合っていた。




