事後って言うといかがわしいか?
数日がたった。
俺は連日病院に通い、精密検査を受けていた。
MRIだのCTだの採血だの、医者が寄ってたかって俺をつつき回す。結論はこうだ。
「健康そのものです。魔物に変化した部分も、体に問題なく接続されています。」
鱗は服に隠れる。牙も口を閉じていれば目立たない。
だが角だけはどうにもならなかった。頭から堂々と突き出したまま、消えることも隠れることもない。
理性の方はわからない。食欲は相変わらずだが、腹が減りすぎれば自信はない。
「異常は見られません。ですが食欲の管理は徹底してください。自制できなければ、行動を制限される可能性があります。」
そう釘を刺され、俺は病院を後にした。
――
組合に呼び出されると、支部長とエリーゼ姐さんが待っていた。姐さんは胸にギプスを巻いているようで、動きにくそうだ。
「星和、倉田。今回呼び出したのは、ドラゴン戦後の現状共有だ。」
支部長の声は相変わらず金属を叩いたみたいに硬い。
「資源は国管理だ。討伐記録はお前たち三名の功績として本部に報告済み。補助に入った観測・調査班にも一部功労が付く。褒賞は金銭、装備、等級。いずれにしても跳ね上がるだろう。今は正式な通知を待ってるところだ。……あとな監視も厳しくなる。」
支部長の視線が俺を射抜く。
「星和。自制できると証明しろ。でなければ力そのものが縛られるぞ。」
「わかってます。」
俺は小さく頷く。そんな中、姐さんはギプスを叩きながら鼻を鳴らした。
「褒賞なんかより、まず休養よ。アタシはこんなだしね。一番星ちゃんとアレクトちゃんは、もう動けるでしょうけど、本部からまだ動かすなって言われてるのよ。」
「ええ……魔物食べさせないと私が食べられそうだわ。」
「耳が痛ぇ……いや、角か。」
「ともかく、いえ兎も角ね。しばらく休養よ!」
姐さんに軽く小突かれ、場が少し和んだ。
こうしてドラゴン戦は「処理済み」とされた。
――
正式な通知は数日後なもたらせれた。
組合の会議室に通されると、待っていたのは支部長と姐さん、そして見知らぬ小柄な人物だった。
染めているのか明るい金髪に、ぱっちりした瞳に明るい笑顔。外見だけなら近所の女の子にしか見えない。だが左腕の盾と腰の剣ナタが、彼女がただ者じゃないことを示していた。
「九条静真でーす。これから、君たちの監視兼同行任務を担当しまーす。本部直属のA級シーカーやってます。コードネームは『白光』ね。」
明るい声でそう名乗った九条は、テーブルの上に分厚い封筒とでかいケース2つ置いた。
「昇格通知とぉ、討伐功労に対する褒賞だよ!星和くん、B級。倉田さん、C級。その年齢ですごーい!本部からの臨時預かりで、二人の身柄をワタシが引き受けることになったよ。」
封筒の中には正式書類と一緒に、現金支給の証書。そしてケースには切り分けられたドラゴン素材として、鱗、爪、骨が入っていた。
「ドラゴンの鱗と爪と骨の一部だよ。加工すれば上等な装備になるの!本部からのお祝いだと思ってね!あ、ちゃんと二人分だよ!」
姐さんがギプス越しににやりと笑う。
「ほら、一番星ちゃん。これで飯代も当分困らないわね。」
「いや……俺の食欲はこんなもんじゃねぇ。やっぱり魔境に行かねぇと!」
「魔境を食い放題かなんかだと、思ってんじゃないでしょうね!?」
場が少し和んだところで、支部長の声が響いた。
「九条を監視役に据える以上、遊ばせてはおけん。本部はお前たちを“試験運用チーム”として危険任務に出す方針だ。今までとは比較にならん、死地に行かされると思え。」
「……マジかよ。」
「当然だ。お前が暴走せず、仲間と連携して結果を残せるなら、正式に本部所属へ。その時点で昇格もある。星和はA級、倉田はB級だ。」
九条が楽しそうに笑った。
「わたしも遊びじゃないからね。本気で行くよ。よろしく、星和くん、レクトちゃん!」
こうして、俺たち三人は「本部預かり」のチームとして動き出すことになった。
「あぁ、そうだ倉田。お前にもコードネームがついた。『晶幕』だ。」
思い出したかのように支部長が言った。
⸻
そうは言っても俺の装備は壊れたままだし、九条との連携も未知数だ。このあとすぐ任務に行けとは言われなかった。
「大将!ドラゴンだ!ドラゴン素材だ!」
俺は壊れたガントレットとケースを抱えて武器処へ飛び込んだ。
「……何やねん、また壊してきたんか。」
白島の親父が、汗だくでハンマーを置いた。俺がケースを開けると、中の鱗と爪と骨に目を細める。
「……マジもんやな。ドラゴンの骨に爪、鱗まで。上物やな。」
「最高のガントレットに仕立ててくれ!」
親父は骨を持ち上げて軽く叩く。カン、と金属みたいな音が響いた。
「骨はフレームに使える。魔力を通せばアダマンタイトより強靭や。鱗は外装に貼れば衝撃にも熱にも強い。爪はな、刃にすれば鋼以上の切れ味や。指先に仕込めば殴って斬れる凶器になる。」
「おっしゃ!もう完璧じゃん!」
「……せやけどな。」
親父は鱗を数枚つまんで机に並べ、爪も一本、カチリと音を立てて弾いた。
「数が多すぎる。ガントレットに使える分なんか知れとる。大半は余るぞ。」
「余るなら……焼肉の鉄板にでも……」
「ボケェ!」
ハンマーが机を叩き、俺は思わず肩をすくめた。
「冗談はええ。余った鱗は防具に回せ。お前、傷を負いすぎる。いくら治る言うても、限度があるやろ。なんやどうせ壊すとか言うとったけども、死んだらしまいやで?」
「……ぐ。」
図星すぎて言葉が詰まる。再生があるとはいえ、毎回骨折や火傷で帰ってきてるのは事実だ。
「防具職人を紹介したる。鱗を活かせるのはあそこや。ガントレットだけ一級品なんか、カッコつかんやろ!」
「……わかった。頼む、大将。」
「よし。紹介状書いとく。しっかり作ってもろてこい。」
親父はペンを握り、油で汚れた手で紙をぐしゃぐしゃにしながらも署名を入れた。
俺はその足で、紹介状を握りしめ、隣町の「装鎧庵」を訪ねた。
路地の奥、煤と金属の匂いが染みついた工房。扉をくぐると、革の匂いと金床を叩く音が迎えてきた。
「……どちらさん?」
現れたのは長身の女。髪を後ろでざっくりまとめ、煤けたエプロンに革手袋。筋肉質の腕で巨大な鋲付きハンマーを持っている。
「白島の紹介で来ました。一野星和です。」
初対面なので丁寧に自己紹介する。
紹介状を差し出すと、女はひったくるように受け取り、目を走らせる。
「……なるほど。例の“拳バカ”ね。」
「拳バカはひどいだろ!」
「事実でしょ。鎧も着ずに突っ込むとか、死にたがりにしか見えないわ。」
この一言で距離が一気に縮まったきがする。
彼女は吐き捨てるように言いつつ、ケースの中身を確認する。鱗を光に透かし、爪を叩き、骨を確かめる。硬質な音が工房に響いた。
「ドラゴン素材ね。鱗は防刃・断熱、骨は軽量で強靭、爪は補強に向く。……これなら頭、胸、足の三点は仕立てられるわ。」
「頭と胸と足か。ちょうどいいな!」
「籠手はいらないでしょ? 拳は白島のガントレットで殴るんだから。」
「お、わかってるな。」
「話は聞いてたんだ。素材は余るけど、無駄にはしない。内側に仕込んで衝撃を逃がす細工に使える。」
「金はある。褒賞で支給された分を突っ込むから、いっちょ最高のやつ頼む。」
女は初めて少しだけ口角を上げた。
「……いい返事。私は篝真理、篝でいい。妥協はしないよ。頭、胸、足、お前の命を守る鎧に仕立ててやる。」
ハンマーを担ぎ直すその姿は、白島の大将に負けず劣らず頑固で豪胆だった。
「よろしく頼む、篝さん。」
「任せときなさい。ただし防具は壊れて命を守るもの、定期的に整備に来なさい。来なくて壊したら、次は裸で出撃してもらうわよ、星和。」
「……わかったが、裸はマジで勘弁してくれ。」
工房に俺の情けない声と、金床を叩く高い音が響き渡った。




