熊は執着心が強い
重い赤身に“鉄っぽい香り”が乗って、噛むたびに甘い魔力がじゅわっと出る。後味で体の芯がポッと熱くなる。脂は高温でもヘタらず、骨髄は金属みたいな香りの濃厚ブイヨン。要は「旨味が濃い+鉄分リッチ+魔力の甘み」で、腹にずしんと来る。
俺は今、ドラゴン肉を堪能していた。
ドラゴン肉だぞ?ファンタジーの王様にして、最上の魔物の最上の肉だ!これを食わずに置いておけるはずがない!
「あ……あの!」
腕章つきの係官が小走りで来た。ヘルメットの庇の下で目が泳いでる。
「受肉ドラゴンの遺骸は“特級資源”に指定されています! 採材・分与・摂食は、現場管理者の許可なくして一切……」
「特急?なんとか? 知るか、早いのか?もう食ったし。」
「“特級”です! “特急”じゃありません! 胃袋を停車してください!」
「停まらん電車もあるって事で。」
「停めてください! ええと……まず現状確認! そこの……角と牙と鱗は、あなたの“通常仕様”ですか?」
「今日からだが、いつまでかはわからん。それとな、俺達の狩った獲物だ。手を出してねぇやつが口を出すな。あと、名前も名乗れねぇやつがしゃしゃり出てくんな。」
係官は一瞬固まって、慌てて胸の名札を指で弾いた。
「の、野口です! 日本国軍先遣隊資源回収班、連絡係の野口新です!担当は立会い・記録・搬出です。現場の指揮権と許可判断は探索者組合の支部長です。」
「星数、言い方が悪いわよ。普段のアンタらしくないじゃない。」
「……わりぃ、食い物とられると思って、機嫌悪くなってたわ。……ふぅ……もう大丈夫だ。」
俺はひとつ深呼吸し、落ち着く。
「ほんと、熊みたいね。ごめんなさいね。えっと、野口さん。」
野口はごくりと唾を飲んで、続けた。
「まず現状だけ整理させてください。摂食済みは処分対象にしません。ですが、以後の摂食は全面禁止です。国管理資源ですのでご了承ください。現在は搬出優先で動きます。功労に関しては後日、褒賞と割振りの協議になります。筋は通します。だから、ここでは止めてください。」
無線が砂を噛んで、支部長の金属みたいな声が落ちる。
『星和、場を荒らすな。資源は国管理だ。以後の飲食禁止。記録は残せ。功労は俺が必ず引っ張ってくる。反論は現場が終わってからにしろ。』
「了解」
俺は骨髄の余熱でじんわり温かい舌を引っ込め、顎を拭う。
「……悪かったな、野口。名乗ってくれたなら話は別だ。もう食わん。」
「録音しました。“もう食わん”。助かります……!」
無線から支部長の声が聞こえてくる。
『討滅班はここで外す。星和・倉田・エリーゼ、救護テントへ移動。医者と休養だ。聞き取りは後回しで、回収は野口の立会で続行してくれ。』
「了解。」
野口はレコーダーを止め、短く頭を下げた。
「ありがとうございます。……搬出、入ります。」
野口が無線を飛ばすと、背後で白い泡が広がり、斜面の熱が黙る。資源回収用の網が滑り込む音を背に、俺は顎を拭って立ち上がった。
姐さんが石突きをコツンと鳴らした。
「撤収開始ィ!」
「了解。」
アレクトが袖をちょんと引く。
「もう大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だ。あとで話せるか?。」
アレクトは返事せず、小さく頷いた。
――
俺達は別々の幕に通される。中には簡易ベッドが三つ。消毒と土と血の匂い。白衣の軍医がこちらを見るなり、目を細めた。
「……生まれつきじゃないね。その角も牙も鱗も、異能での後付けかな?」
聴診器を当てられ、脈を測られ、瞳孔に光を入れられた。角や鱗は触らずに、診られる。
「さっき、ドラゴンの翼の肉を食って再生してる途中に、突然出てきたんです。今まで食ってきた強い魔物の特徴が出ているみたいで。」
「こんなことは初めて?」
「外見に出たのは初めてです。魔物を食って再生するたびに、魔力と身体能力が上がりました。」
「痛み・痺れ・熱・眩暈等の症状はある?」
「ないですね。ただ牙は冷たいし、角は外の魔力を拾う感じがあって、少し戸惑ってます。」
「なにか、抑制困難な欲求はある?」
俺は少し躊躇する。
「再生させた後に……一瞬だけ。なんでもいいから食べたいって欲求がありました。ドラゴンを食べて、今はないです。」
軍医は短く頷いた。
「よし。身体は大丈夫だ。角や牙は今ここで何か出来る状態じゃない。今日は食べて寝ろ。しばらく、安静にしていること。これは断定できないが、異能の延長なら異常じゃないだろう。数日後に、支部経由で検査することにしよう。経過と血と画像を見たい。」
軍医の診察を終えて、幕の外に出る。
アレクトのほうが先に終わっていたみたいで、包帯を腕に巻かれただけで済んだようだ。
「吹き飛ばされた割には元気そうだな。」
「結界がほとんど受けてくれたわ。あんたの盾も効いてたみたい。治癒魔法を軽くかけたから、もうこれくらいなの。直後はもう少しひどかったんだから。今は軽症よ。」
姐さんが白衣の医師に付き添われ、胸を押さえて歩いていた。
「姐さん、どうした?」
「ちょっとヒビ入ってたわね。入院勧められたわよ、やんなっちゃう。」
「……肋骨ね?」
「ええ、身体を軽くして受け流したりはしてたんだけど、いいのを貰っちゃってね。まぁ緊急じゃないし、入院して寝てろって。しばらくは病院食だわ。」
「病院食か……肉なしだな。」
「その顔やめなさいよ。アンタの方がよっぽど医者泣かせよ。」
姐さんは救急車でそのまま病院へ。俺とアレクトは支部の車に押し込まれた。
車に乗る直前に姐さんから、『ちゃんと話しなさい。』と言われた。
――
エンジンの唸りに紛れて、俺が切り出す。
「……さっきは悪かった。」
「何のことよ?」
「俺が……お前を食おうとしたことだ。」
一瞬、車内の空気が止まった。アレクトは窓の外を見たまま、小さく息を吐く。
「……あの時は仕方ないと思ってる。結界を破られたのは、私の力不足だし。」
「いや。違う。あれは俺の欲求だ。制御できなきゃ仲間に牙を向ける。それは絶対やっちゃいけねぇ。」
「……じゃあ、次は私が守るわ。」
「すまない。頼む。」
次と、彼女が言ってくれたことに俺は安堵していた。それだけで十分だった。
彼女の横顔にはまだ影が差していたが、頷いてくれた。
支部に戻ると、事務員がバタバタ走り回り、事後処理に奔走していた。
だが支部長の命令で、俺達への聞き取りは後回しだ。
「今日は解散してください。星和さんとアレクトさんは数日休養です。後日、組合から連絡が行くと思います。」
馴染みの事務員の馬井新太だ、今日はいつもの落ち着いた様子はなく、あまりの忙しさに目を回している。
俺たちは互いに短く頷き合い、そのまま帰路についた。
――
玄関を開ける。
「ただいま。」
台所から母さんの声。
「星和!あんた、ドラゴン退治したって!?テレビでやってた……ちょっとそれどうしたのよ!?」
ひょいと顔を出した母さんの目が丸くなる。
「角と牙と鱗は……まぁ、ちょっと副作用だ。気にすんな。」
「気にするわよ!身体は大丈夫なの?」
「あぁ、なんともない。それよりなんで俺がドラゴン倒したって知ってるんだ?」
「テレビで組合の発表があって。“特別チームがやった”って……名前、ばっちり出てたわよ!」
「あー……出ちゃったか。」
「“あー”じゃない! 父さんの時で慣れっこだと思ってたけど……あんたまでドラゴンって、心臓に悪いわよ!」
母さんはエプロンの裾を握りしめ、ぷるぷる震えていた。
「でも、こうして帰ってきただろ?手も足もちゃんとついてる。ちょっと余計な物もついてるが。……なぁ母さん、腹減った。」
「はぁ……あんたって子は。」
母さんは大きなため息をついて、鍋の蓋を開けた。
湯気の中に香ばしい匂いが広がる。
「ほら、座りなさい。今日はオークのすき焼きよ。ドラゴンじゃないけど、精はつくから。」
テーブルにはすき焼き鍋、山盛りの野菜に魔境肉、卵もとろりと待機。
箸をつけた瞬間、濃い赤身に甘いタレが絡み、口の中で旨味が爆ぜた。
「……やっぱ、家の飯が一番だな。」
母さんはビールを注ぎながら、少しだけ笑った。
「ほんとにね。あんたが帰ってきて、こうして一緒に食べられるなら、それで十分よ。まぁ、今度から余計な物つけて帰って来ないでくれたら、安心なんだけどねぇ。」
俺は黙って飯をかき込みながら、母さんの横顔を見た。
ドラゴンよりも怖いのは、この人を泣かせることだな。
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