ゲオルグやジークには負けらんねぇ
熱線が面で来る。線じゃない、帯だ。必死に避けるが、地面がバターみたいに溶け、踏み場が減る。
俺は夜をさらに薄く張り、動くものだけ感知する。首がわずかに沈む、その半拍あとに吐く。
癖を掴んだ。
来る!
今度は俺単体を狙った熱線が、身を削る。
「……ぐぅ、あっちぃ。」
右脇腹を広範囲にえぐられた。常人なら重体だが、俺には再生がある。
両前腕でのスタンピング。
身をひねって一歩目を外す。二歩目が降ってくるのを交わし、踏み込む、三歩目を正面から叩き上げた。文字通り、骨が折れた。治す。
叩き上げられた姿勢のまま、尾が唸って横殴りに迫ってくる。空気が先に潰れる。ガントレットを一瞬だけ重くし、腕で受けて滑らせる。また骨が折れ、視界の端で火花が散った。治す。
「星和!左上からブレス!」
アレクトの声。
言いながらも一番効果があったのだろう、氷の魔法が飛んでいるが、ドラゴンにはもはや俺しか見えてないようだ。
「なら、口を塞ぐ」
俺は息を吐き、試作2号には風を纏わせる。
エアハンマーの拳を、喉の鱗を砕きぬくつもりで突き上げた。
「重っ……」
ドゥン、と鈍い音。喉が跳ね、吐息の角度が狂う。熱線が上へ逸れて空を焼く。また折れる。治す。
「ゴガアァ!」
その隙に姐さんが跳び、また尻尾の根本に張り付いた。
「ちょっと重くなるわよォ!」
姐さんの異能が尾が地面に引きずり落とす。巨体の重心がわずかに後ろへ。
ドラゴンは体勢を立て直すため、左の前肢に体重を寄せる。そこだ。
「膝をもらうぞ!」
震脚からの反発を全部、拳へ。
ガントレットを瞬間的に重くして、膝の内側へ叩き込む。
ドラゴンが悲鳴を上げ、巨体が半歩だけ外へ滑る。アレクトの面結界が斜めに三枚、道を坂に変えてさらに滑らせる。
「半歩で十分!」
姐さんが重さを解いた瞬間にまたドラゴンは体制を崩す。姐さんは超重量化したハルバードを振り下ろし、翼の根本に叩きつけた。
「グギィ」
俺と反対側に降りた姐さんは、そのままハルバードを巧みに扱い、後ろ脚を削る。
翼は無事だ。まだ飛べるだろう。喉が白く脈打つ。きっと次は強い。
「ブレス!」
アレクトが複層結界を展開する。
猛り狂う熱戦がアレクトの多重結界を削っていく。パリンパリンと割れ、6枚目でようやくブレスが止まる。
「飛ぶ気配!」
観測班の無線が割り込む。
翼の根が開く。迎角が変わり、肩の筋が盛り上がる。
飛ばせない。
俺は地を蹴り、先程姐さんが傷つけた方の翼の根本へ飛びつく。
斬撃属性を乗せ、筋の走行に沿ってえぐる。音はほとんどないが、手応えはある。
「グギャァァ!」
翼の根本が半ばまで裂け、支えが鈍る。
暴れられ、振り落とされたが、怪我はない。
やつもまだ飛べるはずだ。
「もう一押し!」
姐さんが後ろから跳躍、翼へ片手でぶら下がるみたいに掴まる。
「落ちてろ」
瞬間、そこだけが地の中心に吸い込まれるみたいに重くなる。翼が沈み、肩が落ちる。
ついに翼がもげた。
「ッグギイィ」
ドラゴンは悲鳴を上げて暴れ回り、視線が手近にいた俺に釘付けになる。
お前がやったんだろって?半分そうだよ!
噛みつきが迫る。顎が速い。
俺は顎の円運動から半歩外へ抜け、頬の関節に拳をねじ込む。
衝撃が頭蓋を走り、首の筋がほどける。噛み跡は地面にだけ残った。
「星和、下!」
強烈な頭突きが俺に迫る。アレクトの声が聞こえる。見えてるが反応できなかった。
ドパン
俺の体から鳴ったのが信じられないような音が響き、意識がブラックアウトと覚醒を繰り返す。ふっとばされた感覚はあるが体が言うことを効かない。地面に叩きつけられ転がるのがわかる。
「星和!」
アレクトの叫び声が聞こえる。
明滅を繰り返した意識の中で、ドラゴンが腕を振り上げているのを俺は見ていた。
「…………今!」
明滅する意識の中でさえ、体を再生させていた俺はタイミングを測っていた。
俺はもう一度、左前脚を迎撃する。
ガントレットが重い、腹が減る。だが、まだ殴る。
膝が折れ、巨体が片ひざをつく。翼がもげ、鱗が砕けたドラゴンがうめいた。
俺は一度アレクトの所まで引く。流石に手傷を負いすぎた。腹が減った。
「アタマ齧られるとこだった!」
「言ってる場合!?」
「縫い付けたわァ!」
姐さんの声が聞こえ、もう片方の翼にハルバードを突き立てているのが見えた。
ドラゴンが喉を膨らませる。至近の熱線が放たれる。
カッ
「受ける!」
複層結界が悲鳴を上げ、端から融け3層持っていかれる、が方向がわずかに逸れる。
安堵しかけた瞬間だった。
カッカッ
熱戦が2回放たれ、残り4層となった結界を食い破る。
バギバキドガシャー
俺は咄嗟にアレクトの事を庇っていた。
胸に抱き、横っ飛びで回避しようとする。
背中からとんでもない衝撃と力の本流を感じ、意識が途絶えた。
――
闇が途切れた。
俺は地面に突っ伏したまま、やっと呼吸が戻ってくるのを感じていた。背中がじりじりと焼けるように痛む。ああ、まだ生きてる。いや、生かされてる。
「……し、んでない?」
衝撃で離れてしまっていたのか、アレクトの声が少し遠くで震えていた。俺は反射的に振り返る。
そこで異様な自分に気づいた。
腹の底から、ぐうう、と獣じみた唸り声が漏れる。再生の代償で、胃袋が魔力を求めすぎていた。
「…………ウマソウダ」
口から零れた瞬間、視界が赤く滲む。
焼け焦げた肉と血の匂い、そして、すぐそばのアレクト。白い首筋、エルフにしては豊満な胸、そこから魔力が溢れて見える。まるで餌のように光って見えた。
俺は結界に拳を叩きつけた。
ガギィン、と甲高い音が響き、透明な壁に罅が走る。
「……星和ゥ!」
ドラゴンの翼に張り付いていた姐さんの声が飛んできた。
必死に縫い付けて、暴れるドラゴンを抑えている。それでも俺の異変を見逃さなかったらしい。
「正気を保ちなさい! 仲間に牙を向けんじゃないわよ!」
その声は確かに届いたはずだった。
だが耳の奥は脈動の轟音で塞がれ、意味は霞んで消える。
俺は二撃目を叩き込む。結界が砕け、光の破片が宙に舞う。
「星和、やめて!」
アレクトが杖を振りかざし、雷光を放つ。肩に痺れる痛みが走るが、衝動は止まらない。
「……ハラヘッタ……クワセロ!」
腕が伸び、アレクトのローブを掴む。布が裂け、甘い魔力の匂いが鼻を突く。
「っ……!」
アレクトの青い瞳が恐怖で揺れた。杖先に炎が集まり、俺の顔を狙う。
あと一歩で、彼女の全力の魔法が俺を焼き尽くす。
その時、もっと濃い匂いが鼻腔を突き破った。振り返ると、地に転がるドラゴンの翼。裂け目から血と魔力が煙のように立ちのぼっている。
「……アッチダ」
俺はアレクトを放り出し、獣のように翼へ飛びついた。鱗を噛み砕き、筋肉を裂き、溢れる血を飲み干す。鉄臭く甘い魔力が喉を焼き、全身を満たしていく。
「ゴグッ……コッちの方が……上等だ……!」
咀嚼のたびに赤く染まった視界が澄んでいく。
気づけば骨ごと砕き、鱗すら噛み割っていた。火傷みたいな熱さすら、腹の底の欲求を満たす快感に変わる。
ようやく理性を取り戻した俺は、血に濡れた顎を拭い、息を吐いた。
「……はぁ……戻った……」
振り返ると、アレクトは杖を構えたまま震えていた。
遠くで姐さんが尾を弾き返しながら怒鳴る。
「今は食事時じゃないでしょォ! 抑えてる間に済ませなさい!」
「……わかった、すぐに済ませる!」
――
翼を食い尽くすと、体の芯から別の熱が走った。再生の速度が跳ね上がり、皮膚の下から何かが押し出される。
「……ッ!?」
角が頭に浮かび上がる。兎の角だ。外部魔力に干渉する触角のようなものが一瞬だけ伸び、すぐに馴染んだ。
サーベルタイガーの牙がじわりと伸び、氷の靄を纏って光る。
手、腕、肩、胸、背中、太ももまでの足、の皮膚が硬質化し、黒鉄色に染まる。ドラゴンの鱗だとわかる。
「星和……体が……!」
アレクトが驚愕の声をあげる。だが俺は妙に落ち着いていた。過去に食った連中の因子が、一斉に表へ出てきただけ。身体能力は跳ね上がり、感覚も鋭くなる。
「……悪くねぇ。」
呼吸一つで、世界の魔力が透けて見える。角がそれを補助し、牙が噛み砕く力を増す。鱗は熱線の余熱を滑らせ、拳の重みはさらに確かになった。
「おらぁ、さっきはよくもやってくれたな。焼肉に仕返してやるぜ!」
そう言って、俺が殴りかかろうとして、ガントレットが吹き飛んでることに気付く。まぁ、良いだろ。この鱗があれば。
姐さんに縫い付けられ、動けないでいるドラゴンに近寄りタコ殴りにする。硬ぇが殴れない程じゃない。
このまま……!
『観測より!軍の先遣隊が到着!』
無線が割り込み、続けて支部長の声が飛ぶ。
『討滅許可、降りたぞ。星和、準備しろ。隕石を落とせ!』
「……ようやく来たわね。」
「姐さん、離れて!」
「了解ィ!」
姐さんは尾の根に掛けていた重さを一瞬だけ増して巨体を縫い付け、その反動で自分の重さを軽くする。軽身の跳躍で稜線側の岩陰へスッと退く。ハルバードの石突きがカンと鳴り、合図代わりに親指が立つ。アレクトも結界を張り直し、俺を守る構えを取った。
夜を広げる。空が裂け、星の道が降りてくる。
「……落ちろォッ!」
轟音と共に、隕石が天から墜ちる。
爆炎と衝撃がドラゴンを飲み込み、暴れていた巨体が大地に叩きつけられた。
土煙の中で、俺は肩で息をしながら笑った。
「ははっ、腹ペコだ!……やっと一段落か。」
姐さんはハルバードを担ぎ、アレクトは杖を握り直し、軍の車列が到着する。
討滅完了。
俺の腹が鳴ったのは、そのすぐ後だった。




