まさに兎の登坂
あれから、俺達の出張任務は続いている。
日本各地を文字通り東奔西走だ。俺としちゃ、各地のうまいもんが食えるからいいのだが、アレクトはいい加減うんざりしている。
「今回は四国に行ってもらうわよ。」
「うどんだな!」
「だから観光じゃないって……。」
アレクトに呆れられつつも、俺達は四国に向かった。
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四国
到着したのは木造の古い建物を改装したらしい、地方都市の探索者組合支部。畳の匂いが漂い、事務所というよりは旅館の大広間を思わせる。
迎えに出たのは支部長らしき壮年の男。落ち着いた口調で俺たちを会議室に通すと、さっそく任務の説明に入った。
「今回のアビスは山中に発生した上級アビスだ。魔物の強さ自体は大したことはない。だが……環境が問題だ」
男が地図を広げる。魔境の範囲は山の谷間。報告には、全域が“完全な静寂”に包まれていると記されていた。
「声も足音も、一切の音が消える。意思疎通が不可能となり、連携が崩れて各個撃破される。これまで派遣されたチームは、すべて壊滅だ」
アレクトが眉をひそめる。
「そんな異常空間……原因は魔境主ね」
「おそらくそうだが、現在、確認されてるのは、小型の角を生やした兎ばかりだ。静寂に紛れハイドアタックされ、調査班は多大な被害を受けた。」
「ふむ。じゃあ俺たちの出番だな」
俺の夜の異能なら、潜伏場所は割り出せる。
そこで支部長が俺たちの後ろに視線を送った。
「今回の任務には、彼女を同行させる。先に言っておくが、戦闘力はない。」
わざわざ戦闘力が無いものを同行させる理由がわからず、俺とアレクトは顔を見合わせる。
すると、小柄な少女が姿を現した。肩までの黒髪を揃え、観測班のジャケットがやや大きく見える。目を合わせると、彼女は小さく「よ、よろしく……」と口にしたが、その声は蚊の鳴くように小さい。
俺が首をかしげた瞬間、頭の奥に、はっきりとした声が響いた。
『あ、あのっ!小野家依乃未です!観測班所属、異能はテレパシー!複数人同時に繋げます!だから今回の魔境でも意思疎通が可能です!』
「……お、おお? これは奇妙だな。」
思わず声が漏れる。
『す、すみません!口で話すのは苦手で……テレパシーの方がずっと喋りやすいんです!』
依乃未の心声は早口で、熱がこもっていた。さっきまでの小声が嘘のようだ。
アレクトが目を細める。
「なるほど。これは便利ね。あんたの役目は明確だわ。」
『は、はいっ!全力でサポートします!』
彼女は深々と頭を下げた。
⸻
翌朝。山道を登り、魔境の境界に立つ。木々が黒ずみ、風の音が消えている。境界の内側には、不気味な沈黙が広がっていた。
「行くぞ。」
一歩を踏み出した途端、世界から音が失われた。
足音も呼吸も鼓動すらも、何も聞こえない。
『み、皆さん、聞こえますか!?』
依乃未の声が脳内に響き、俺は思わず胸をなでおろした。
『これで大丈夫です。声を出しても無駄ですから、意識で話してください!』
『なるほどな。じゃあ、まずは腹減ったって言っとくわ』
『いきなりそれですか!?』
『ほんと、あんたって……』
アレクトが苦笑し、俺も肩をすくめた。
無音の森を進むと、茂みが揺れ、額に小さな角を生やした兎たちが群れで飛び出してきた。着地音すらなく、不気味な動きだ。見えてるのはブラフだ潜んでいるのがいる。
『前、7匹はブラフだ!左に三匹、後方二匹潜んでる!』
『任せて!』
俺は前7匹の方に突撃する。拳を振り抜き、次々と兎を叩き伏せる。骨が砕ける感触だけが伝わり、音がないせいで不気味だ。
アレクトの結界が光を放ち、左と後方の奇襲を弾く。依乃未は次々と情報を飛ばし、俺たちを補助する。
『すごい!連携がぴったりです!』
『お、おう……褒められると照れるな』
『あっ、す、すみません!つい口が……じゃなくて思考が!』
彼女の声が、無音の戦場で唯一の賑わいだった。
森を抜けた広場に、山のような巨大白兎が待ち構えていた。角は槍のように鋭く、魔力の圧が肌を焼く。
次の瞬間、無数の光弾が弾幕のごとく降り注いだ。
『来ます!防御を!』
アレクトが結界を展開。光弾が直撃し、火花のような魔力波紋が広がる。だが音がない。爆発音も破壊音もなく、視覚だけで迫ってくる恐怖。
結界にひびが走り、砕ける気配が伝わる。
『こりゃ、近づく前に削りきられるな。』
『一層割られたわ!』
俺は静かに息を吐いた。
『しゃーねぇ、このままじゃジリ貧だ。落とすぞ。』
アレクトが目を見開く。
『……やるのね。』
『え!? 何をですか!? どうしたらいいですか!?』
『任せろ。』
俺は拳を握り、夜を展開する。無音の空に黒い亀裂が走り、上空から光が差し込む感覚が広がる。
『衝撃に備えろ!』
次の瞬間、空が裂け、巨大な隕石が落下した。
無音のまま光が爆ぜ、大地が揺れる。遅れて衝撃波が襲い、俺たちは結界に身を寄せた。
やがて光が収まると、巨大兎の姿はなく。その破片だったろう肉片と角が落ちていた。魔境の構造が崩れ始めた。
音が帰還する。
魔境が解除され、現実の森に音が戻る。風が木を揺らし、鳥が鳴き、虫の声が耳を突いた。隕石かま落ちたあとの、地面の焼けるゴウゴウと言う音も聞こえてくる。
「……うるっさ!」
三人同時に耳を押さえ、顔を見合わせて苦笑した。
依乃未が小さく呟く。
『やっ……やった……すごかった……!』
「よし、じゃあ讃岐うどん行くか!」
「アンタねぇ、ほんとに……」
依乃未は顔を真っ赤にして笑った。
ちなみに角兎の肉だが、見た目は鶏肉に近い淡い色合いで、脂が少なく弾力がある。
そのまま焼くとやや硬いが、出汁にくぐらせると繊維がほぐれて柔らかくなり、噛むほどに淡い甘味が染み出してくる。
厚かましくも、うどん屋に持ち込み調理してもらったが、讃岐うどんの強い腰と透き通ったいりこの出汁に絡めて食べると、肉の野趣と出汁の旨味が互いを引き立て合い、想像以上に馴染んだ。
牛肉ほど重くなく、鶏肉よりも滋味深い。まさに「討伐直後のご当地グルメ」だった。
……まぁ、依乃未が赤面しながら『こ、こんなおいしいの、初めてです!』なんて言ってる横で、俺は店のうどんを全部くいきった。
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