虎子を得ずに虎肉を得る
アレクトの成長は目覚ましいもので、すでにD級に昇格している。高い魔力と強力な魔法攻撃、結界による自身と仲間の守備が注目され、高火力・高防御力が評価されたためだ。多層結界も7枚展開可能になっている。
「出張よ!」
姐さんが俺たちコンビに言う。
「出張?」
「そうよ。ここ最近、この辺でも上級や上級に近いアビスの発生が頻繁だったわよね。それが、各地で起きてるの。もちろん本部も動いてるけど、対応しきれるわけじゃないわ。」
「なるほど?」
「そこで、各地の余裕のある支部に、支援要請が出たわ。あなたたちのように対応力の高いシーカーに、遊撃として出撃してもらうわ。」
「うちからは俺らだけか?」
「そうよ。この支部は誰かさんのおかげで極端に死傷者が少ないの。だから人数には余裕がある。だけど、突出した能力を持つ人物は少ないのよ。」
⸻
行き先は北海道。
出発の準備はすぐに整えられた。とはいえ俺の装備はガントレットと支給服、飯袋だけだ。アレクトは杖と魔導銃、支給服。しかし、荷物の量が違いすぎる。
「お前、旅行か?」
「あなたが軽装すぎるのよ。何があるかわからないのに食料しか持ってないシーカーなんて。」
「飯は武器だ。食えば戦える。」
「その理屈はどうかと思う。」
ぶつぶつ言いながらも、アレクトは俺の荷物に足りないものを追加し始めた。…いや、そこまで気を遣わなくてもいいんだけどな。なんだかんだ言って世話焼きなんだよな、こいつ。
なんだかんだで北海道。海鮮食いたくなってきた……。
――
ヘリを降り立つと、一面の雪原。凍てつく空気に息が白く散る。遠くでオーロラが揺れていたが、ここがアビスの中だと思うとロマンも半減だ。
「……動いてるわね。」
アレクトが結界を張りつつ視線を向ける。俺も夜を広げ、影を探った。
俺の異能は夜を広げていく。感覚の端で、雪を割ってのそのそ這い出てくる影を捉えた。日本刀のような長い牙の獣。毛並みに氷が張りついている。普通の魔物より一回りでけぇな。
雪煙を割って現れたのは、サーベルタイガー。しかも一匹じゃない、群れだ。
「十頭以上か。レクト、イケるか?」
言うが早いかレクトの十八番の雷光が走り、先頭の数匹が硬直して倒れる。
「返事ぐらいしろよ!」
「やって見せたほうが早いじゃない!来てるわよ!」
「ったく、もう!」
俺は悪態をつきながら迎撃に向かう。
白い閃光のように地を蹴り、俺の首を狙って牙が迫る。
「おせぇ!」
拳を振り抜くと、牙ごと顎が吹き飛び、雪に叩きつけられる。だが残りが一斉に散開し、左右から襲いかかってきた。
「展開!」
アレクトの結界が半球状に広がり、爪を弾く。だが重さに軋み、氷片がぱらぱらと降った。
「やっぱ速ぇな、こいつら……!」
「あんたが止めなさいよ!」
「分かってる!」
俺は地を踏み砕き、雪を巻き上げて跳ぶ。拳が炸裂し、牙が砕け、血と蒸気が飛び散った。
⸻
「……ふぅ。全滅か?」
「まだ残ってる!こっちに回り込んで……」
アレクトの声が途切れる。視線の先、群れの奥にひときわ大きな影がいた。通常の倍はあろうかという巨躯。牙は槍のように長く、肩の筋肉が盛り上がっている。
「……ボス個体か。」
「下手しなくても上級相当よ。」
「なるほどな。じゃあ……食えるかどうか確かめる!」
「そんな場合じゃないってば!」
雪原に轟いた咆哮は、腹の底を揺らすほど重かった。巨躯のサーベルタイガーは氷の鎧と槍のような牙を持つ、群れの王。
「私が群れを抑える!あんたはボスを!」
「任せろ!」
アレクトの結界が七枚重なり、群れを弾き返す。雷光が雪原を裂き、数頭が硬直して倒れる。だが圧力は途切れない。彼女は必死に結界を維持し続けていた。
俺は新ガントレットに魔力を流し込み、拳を炎で覆った。
赤熱した拳で顎を殴り抜くが、毛皮に阻まれた。
「……ちっ、焦げただけかよ!」
次の瞬間、ボスの巨体が迫る。
反応が遅れ、ガントレットで受け止めるが
ボコンッ!!
「ぐぉっ!」
衝撃が腕を砕かんばかりに響き、身体ごと吹き飛ばされた。雪に叩きつけられ、肺の空気が抜ける。
「星和!」
「……大丈夫だ、かすり傷だ!」
再生の異能が働き、血の味を吐き出しながら立ち上がる。だが肋骨は確かにひび割れていた。
「炎が通らねぇなら風だ!」
俺は拳に風の刃を纏わせ、突進するサーベルタイガーの毛皮を削り取った。
氷の毛並みが切り裂かれ、下の筋肉が露出する。
「これで……!」
重さを増したガントレットを振り抜き、露出した肩に打ち込む。
爆音と共に巨体がのけぞり、牙が砕け、血が雪に飛び散った。
「……効いたな!」
だが次の瞬間、ボスの尾が鞭のように唸り、俺の胴を直撃した。
「がはッ……!」
結界も防具もない身体が横に吹き飛び、雪原を転がる。視界が白く弾け、骨が悲鳴を上げる。
再生で無理やり体を繋ぎ止めながら、俺は口元を拭って笑った。
「……上等だ。こんぐらいの傷、肉食えば治る。」
ボスは血を垂らしながらも立ち直り、氷の刃を牙と爪に生やして咆哮した。
俺は再び風を纏った拳を構え、迎え撃つ。
「次は……俺がぶっ倒す!」
ボス個体の咆哮が雪原を切り裂く。氷の刃を纏った牙と爪が煌めき、突進の軌跡に吹雪が巻き起こる。
「来やがれ……!」
俺は風を纏わせた拳を握りしめ、踏み込みと同時にガントレットの重さを切り替える。
魔力を通して重くし、俺の身体能力をフルに使って振りぬく。その一瞬に全力を賭けた。
「うおおおッ!」
拳と牙が正面からぶつかり合い、衝撃波が雪原を抉る。
風の刃が毛皮を裂き、重さを増した拳が骨を砕いた。
「グゥォオオッ!」
ボスの顎が弾け飛び、巨体がよろめく。
だがまだ倒れない。氷の息を吐き、全身に氷を広げながら傷を塞ぎ始める。
「しぶてぇ……!」
その時、結界の中からアレクトの声が飛んだ。
「星和ッ!今よ!」
結界越しに、雷が一直線に放たれる。稲光が胸元を貫き、ボスの動きが硬直した。
「……ゴガアァアア!?」
「ありがとよ!」
電撃でしびれている隙に、全力の魔力を拳に込める。風で毛皮を切り裂き、ガントレットを極限まで重くする。
「喰らいやがれぇッ!!」
ベキゴキィ
鳩尾にめり込んだ拳が、氷と肉と骨をまとめて粉砕した。
雪原が陥没し、轟音とともにボスの巨体が崩れ落ちる。
「……はぁ……今度こそ……沈んだな。」
ため息を吐きながら拳を下ろす。
全身が痣だらけで、折れた骨が再生しきれず疼いていた。
結界の中で群れを押さえていたアレクトが、ようやく殲滅に成功し駆け寄ってくる。杖を握る手が震えていた。
「馬鹿……!無茶しすぎ!何度死にかければ気が済むのよ!」
「いやぁ……久々に手応えある相手だったからな。」
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
「でも勝ったろ?お前の援護がなきゃ仕留められなかった。……ありがとな、レクト。」
アレクトは一瞬目を見開き、それから照れ隠しのようにぷいと顔を背けた。
「でも、ほんとに心配したんだから。一旦結界に撤退したりとか、また戦術を考えないとね。」
「それもそうだな。……にしても腹減った。虎肉って食えるのか?」
「やめなさいよ!寒いんだからかえるわよ!」
俺は腹を抱えて笑い、雪原にごろりと寝転んだ。
オーロラが頭上で揺れている。戦いの余韻に浸りながら、ただ空を見上げた。
――出張任務、初戦はこうして幕を下ろした。
ちなみにサーベルタイガーの肉だが、持ち帰って食べた。これがまた獣臭が強ぇ。脂はほとんどなくて筋張っていて、焼いただけじゃ硬くて噛み切れない。熊肉やイノシシ肉をさらに野性味マシマシにした感じだな。けど煮込むと意外と甘みが出てきて、腹に溜まるスタミナ食になる。戦闘後の補給には悪くねぇが、好んで食うもんじゃねぇな。




