箸休めにしては食い過ぎか?
俺は今、完全にやさぐれていた。
最近……というか常習化している出撃ラッシュに姐さんがストップをかけたからだ。おかげで腹が減って減って仕方がない、飯を食っても食っても足りねぇ。昨夜なんざ、母さんに「保存食まで食い尽くすな!」って怒鳴られたばっかりだ。俺にとっちゃ保存食も日常食だってのに。
そんな不満を胸に武器処へ顔を出した。大将に呼び出されたからだ。俺の顔を見るなり、大将が怪訝そうに眉をしかめる。
「おう星和、なんやその湿気った面は。腹でも壊したんか?」
「へへっ、大将。魔法もまともに使えねぇ、飯もすぐ食いつくしちまう……そんなポンコツのあっしに、いったい何の用で?」
「おまけに剣で焼肉しとったアホやろが!」
「うっ……そ、それはもう忘れてくれ……」
大将の鉄拳より痛ぇツッコミに肩を落としつつ、俺は心の中でひっそり呟く。
*もう芸人に転職しようかな。*
「……だめよ星和。」
「ゲェっ、レクト!? 芸人になんかなろうとしてないぞ?」
「人の顔見てゲェとは失礼よ。あと、芸人? なんのことよ。」
「そ、それもそうだな。ごめん。でも、なんでここにいるんだ?」
「あんたがここに入って行くのが見えたから、入ってみたら剣で焼肉したって聞こえたのよ。」
「あぁ……知らなかったやつにまで広まってしまった。」
「だめよ、星和。」
アレクトが真顔で首を横に振る。
「え……だ、だから俺はシーカーを続けるぞ?」
「違うわよ。剣で焼肉なんて。鉄は雑菌が繁殖しやすいし、魔物の毒が残ってたら食中毒よ。最悪、不審死して魔境内変死事件よ。」
「お、おおぅ……!?」
俺は思わずのけぞった。怒られる覚悟はあったが、まさか”衛生面”で説教されるとは。
大将はというと、腹を抱えて笑っていた。
「おい星和、ほら見ぃ。女の子にまで”変死事件”言われる始末や。焼肉芸やなくて、腹下し芸やな!」
「うるせぇ! 俺だって腹ぐらい壊す! いや違う、壊さねぇよ!」
アレクトはきょとんとしたまま小首をかしげる。
「でも、もしちゃんと洗って煮沸消毒してから使えば……案外プレートとしては優秀じゃない?」
「やめろォォォ! 俺の黒歴史を合理化するなァァァ!」
店に響く大将の爆笑と、俺の情けない悲鳴。
――やさぐれは治らねぇ。むしろ悪化していく一方だ。
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ひととおり爆笑した大将は本題に入る。
「そんでな、試作二号ができたんや。……これなんやけどな」
カウンターにドスンと置かれた木箱。蓋を開けると、淡い銀青色の光を放つガントレットが現れた。前のやつよりも滑らかな造形で、全体が光が揺れるたびに反射光の色を変えている。
「……これが試作二号や」
大将は腕を組み、にやりと笑う。
「フレームはアダマンタイト。装甲の合金は前と変わらんが、今回は魔法伝導の補助として”エーテル鋼”を組み込んどる。魔力を通せて拳に素直に乗る。交換式で消耗にも対応できる仕様や。まぁ、魔法杖とおんなじ仕組みやが、拳に形状を固定したから、出力が上がっとる。」
「つまり、魔法を安定して殴りに使える……?」
俺は拳を見つめる。
「そういうこっちゃ。エーテル鋼とミスリルは安もんや。けどフレームにアダマンタイトをこれだけ贅沢に使っとる……まるでロケットの外殻素材を箸置きにしとるようなもんやで。」
「……贅沢すぎるでしょ!」
アレクトが思わず声を上げる。
俺は苦笑してガントレットを持ち上げた。ずしりとした重みと同時に、今までの”お荷物”だった魔法を活かせるかもしれない感覚が拳に宿る。
大将は真顔で言った。
「笑いに使うか、戦いに使うかはお前次第や。けど、これは芸人の小道具やない。シーカーとしてお前の力を証明するための武器や。」
俺は静かに拳を握りしめる。
「……よし、ちょっと流してみるか。」
俺は魔力を拳に注いだ。次の瞬間、手の甲から肘付近までに仕込まれたエーテル鋼がふわりと輝いた。ミスリルが魔力を通し、ずしりとアダマンタイトが重さをマシ、エーテル鋼が俺の魔力を外に伝える。
「……おおっ?」
驚きに声が漏れる。今まで拳に魔力を込めれば暴発したりまとまらず霧散したりしてたのに、今は違う。力と魔力がきっちり一本に揃っている。
「安定してる……」
アレクトが目を見張った。
「こんなに素直に、外に流れてる星和の魔力、初めて見た」
大将は満足げに頷く。
「エーテル鋼のおかげやな。ミスリルが魔力を伝え、アダマンタイトが暴れ馬を受け止めて、エーテル鋼が魔力を逃さず、流れを整えてくれる。……理屈の上じゃ完璧や」
「理屈の上じゃ、って……」
俺は苦笑する。けれど拳を握った感触は、今までとは比べ物にならない確かさを持っていた。
拳に、魔力が馴染む。
俺は深く息を吐いた。
「……ありがとな、大将」
「礼は要らん。そのかわり、壊すなよ。アダマンタイトの箸置きはそう何個も作れんからな」
「そりゃそうだ……大事に使うさ」
そう言いながら、俺はもう一度拳を握り込んだ。重みと光が、まるで自分の意思をそのまま具現化したように感じられた。
「……これなら、戦い方を変えられるわね」
アレクトが真剣な眼差しで俺を見た。
「変える?」
「ええ。今までは力任せに殴るしかなかった。でも、これなら魔法を拳にまとわせて防御を砕くこともできるし、衝撃を伝えて内部から壊すこともできる。魔力を”盾”に転用すれば、即席の防御も可能よ」
「ほぉ……」
俺は思わず感心する。殴ることしか考えてなかったが、確かに拳を媒介にすれば魔法はもっと柔軟に使える。
「つまり俺の戦い方は……」
「“怪力と魔法の合わせ技”。あなた本来の力を活かす形よ」
アレクトはにやりと笑った。
大将も頷く。
「せやな。お前に必要なんは派手な魔法やない。拳に魔力を通して、一撃を確実に通すことや。……やっとそれが形になったんや」
俺は拳を握りしめた。重みと光が、今までなかった可能性を教えてくれる。
――
その後、俺は組合に向かっていた。仕事ではない、私用だ。
「ちわーっす。」
おなじみの適当な挨拶をしながら姐さんを探すが、見つからない。顔見知りの事務員に声をかけてみる。馬井新太と言う名の職員だ。良かったな心太じゃなくて、ウマイトコロテンになるところだったぞ。
「すまねぇ、姐さんはどこか知ってるか?」
「一野さんじゃないですか、エリーゼさんですね。今は備品庫ですね。それにしても、今日は休日では?」
「そんなんだよ。姐さんに『たまには胃を休めてなさい!』って言われて、強制休暇だよ。まったく、迷惑な話だ。」
「ははっ。休暇になって文句を言うのは一野さんくらいですよ。」
そう笑って仕事に戻ってしまった。俺は備品庫に向かう。
「姐さん。」
きれいに整理された備品の棚の一つをリストアップしている姐さんを見つけ、声をかける。
「あら、一番星ちゃん。休みの日まで顔出さなくていいのよ。……仕事はあげないわよ!」
「そうじゃねぇよ、母さんが親父も息子も世話になってるから一度もてなしたいって言ってるんだ。近いうちに支部長と姐さんを家に招待したいんだ。今日でもいいんだが、どうだ?」
「あらぁ、そんなの気になさらなくていいのに。アタシは仕事終わりならいつでも大丈夫よ。支部長には自分で聞いてきてちょうだい。」
「わかった……ありがとう姐さん。また決まったら、連絡するよ。」
俺は姐さんに礼を言って備品庫を後にし、その足で支部長室へ向かった。ノックすると、中から野太い声が返ってくる。
「入れ。」
「失礼します、支部長。」
相変わらず机に山積みの書類を睨んでいた支部長・鞍馬善影が、俺を一瞥する。
「なんだ、今日は休みのはずだろ。」
「いや、今日は仕事じゃなくて私用でして……。母さん……母が、支部長と姐さんを一度もてなしたいって言ってるんです。もしお時間が合えば、今夜どうでしょうか。」
一瞬、支部長の眉が上がった。だがすぐに口元が緩む。
「……ふん。康弘とは知らない仲じゃなかった。断る理由はねぇな。いいだろう、今夜伺う。」
「ありがとうございます!」
俺は勢いよく頭を下げる。まさか即答でもらえるとは思わなかった。
――
夜。
母さんは気合いが入りすぎていた。台所から漂ってくる香りだけで飯三杯いける勢いだ。
「星和、肉のストックほとんど使っちゃったわよ。明日からどうするの?」
「……また狩ってくるしかねぇな。」
「ほんとにもう……」
そんなやりとりをしているうちに玄関のチャイムが鳴る。俺が出ると、姐さんと支部長が並んで立っていた。支部長は相変わらずの仏頂面、姐さんは豪華な花束を抱えている。
「いらっしゃいませ!どうぞ上がってください!」
母さんが満面の笑みで二人を迎え入れる。支部長は少し照れたように『お邪魔する』と言い、姐さんは『まぁ素敵なお家ね』と相変わらずの調子だ。
食卓には、ずらりと魔境料理が並んでいた。
豪快に焼かれたディアホーンのローストが皿の中央で香草を散らされ、じゅわっと赤身の肉汁を滴らせている。
大鍋には長時間煮込まれたケルベロスの煮込み。黒々とした肉塊が、赤ワインと香味野菜で柔らかく煮崩れ、芳醇な香りを漂わせていた。
さらに揚げたてのハーピーのから揚げが山盛りになっていて、衣がパリパリと音を立てるほど香ばしい。
母さんが、ビールを注ぎながら料理を紹介する。
「ディアホーンのローストにケルベロスの煮込み、それからハーピーのから揚げよ、たくさん食べてね。」
「こりゃまた……すげぇな」
思わず俺が唸ると、姐さんは真っ先にから揚げに手を伸ばした。
「え、なにこれ! 完全に鶏肉じゃない! おいし〜!」
カリッと音を立てながら頬張り、ビール片手にご機嫌だ。
支部長はというと、煮込みをひと口すくって口に運ぶ。しばし目を閉じてから低く唸った。
「……旨い。固くて癖のある肉だと思っていたが、よく煮込んだものだ。肴としても上等だな。」
母さんはにこやかにローストを切り分けながら言う。
「ディアホーンはジビエに近いから、ハーブをたっぷり使ってみました。スタミナもつきますし。」
姐さんは骨付きの唐揚げをしゃぶりながら笑う。
「いいわねぇ、一番星ちゃんの家ごはん! 今度から任務帰りに寄りたいくらいだわ!」
「おい、勝手に食堂扱いすんな!」
俺がツッコむと、支部長まで口元をほころばせる。
「……確かに、支部よりこっちのほうが気が休まる。」
その言葉に、母さんは少しだけ目を潤ませ、改まって口を開いた。
「康弘も、生前は組合でずいぶんお世話になりました。そして今はこの子が、またシーカーとして鞍馬支部長に見守っていただいている。本当に、感謝してもしきれません。」
場に一瞬、静寂が落ちた。俺は箸を止め、支部長を見る。
支部長はグラスを置き、低く、だがはっきりと答えた。
「……礼を言われるようなことじゃない。康弘は優秀な男だった。お前さんの旦那であり、この無茶苦茶な息子の親父でもある。俺にとっても、かけがえのない仲間だったよ。」
「……支部長。」
「そして星和。お前もだ。康弘と同じくらい、いや、それ以上に無茶をする。だが、ちゃんと生きて帰ってきている。……それだけで充分、俺には報われる思いだ。」
母さんは小さく頷き、微笑んだ。
「ありがとうございます。あの人も、きっと安心していると思います。」
姐さんは気を利かせて声を上げる。
「はいはーい、しんみりはこの辺で! 星和ちゃん、まだから揚げ残ってるわよ!」
「もう食った! ……けど食う!」
俺の情けない返事に、食卓はまた笑い声で包まれた。
姐さんは「おいし〜い!」と大はしゃぎ。支部長は黙々と食べながらも時折「旨い」と低く唸る。母さんは嬉しそうに何度も皿を勧める。
俺はといえば。
「……あぁ、やっぱり足りねぇな。」
「「「もう十分食べたでしょ(だろ)!」」」
と、三人から一斉に突っ込まれる始末だった。
だが、支部長の顔にわずかに笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
その夜の食卓は、終始笑いと穏やかな雰囲気で彩られていた。
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