この肉焼いたやつ誰だ
俺達は順調に魔物を狩っていった。
魔力譲渡も形になり、アレクトは俺という魔力タンクを手に入れ、面目躍如というものだ。最近では『ちょっと減ったわ、早くよこしなさいよ!』などと言ってくる。全く、人をおやつか何かだと思っているのだろうか。
そんな中、支部長が仏頂面で帰ってきた。
なんでも、俺の昇進は俺を本部付けにしないと許可できないと言われたらしく、ひどく不機嫌だった。
「本部の石頭共め、あの頭で釘でも打ってやがれ。」
とひどく荒れていた。
支部長の機嫌が直るまで数日かかった。
俺とアレクトは相変わらず魔境を駆け回っていたが、最近気になることがあった。
「支部長。」
「なんだ、星和。」
「魔法を使った体術ってあるんですか?」
支部長は資料から顔を上げ、興味深そうに俺を見た。
「あるにはある。魔力を体に纏わせるだけじゃなく、外の魔力にも干渉して威力を底上げする技術だ。だが…」
「だが?」
「お前には使えん。外の魔力への干渉が下手すぎる。生活魔法すら失敗するやつに教えても意味がない。」
「…そうですか。」
確かに俺は外の魔力をコントロールするのが苦手だ。体内魔力の操作は得意だが、外に出した途端に制御が利かなくなる。
「代わりに、お前の異能をもっと鍛えろ。『夜』の力、まだ使い切れてないだろう。」
「異能の強化、ですか?」
「そうだ。隕石を落とす技術も含めてな。あんなもん、一発撃って行動不能になってたら話にならん。」
支部長の言葉に、俺は頭を掻いた。確かに隕石攻撃は威力は絶大だが、使った後の隙が大きすぎる。
「わかりました。やってみます。」
――
翌日の任務で、俺は早速実験を始めた。
今回のターゲットは中級規模のアビス。狼の魔物が群れを成している比較的シンプルな相手だ。
「星和、今日はなんか違うわね。」
アレクトが俺の様子を見て首を傾げる。
「ちょっと新しいことを試してみる。でも、コントロールできるかわからねぇから…」
俺は狼の群れから大きく距離を取った。
「アレクト、お前はもっと離れてろ。俺の隕石、どこに落ちるかわからねぇ。」
「え?自分でもコントロールできないの?」
「あぁ、出来てない。だから先に離れとけ。」
夜の異能を展開し、周囲の狼たちの位置を把握する。数は15匹程度。俺は群れから50メートルほど離れた位置に移動した。
「よし、やってみるか。」
俺は異能を空に向けて伸ばした。これまでは無意識に行っていた隕石召喚を、今度は意識的にコントロールしようと試みる。
遥か上空で質量を捉える感覚。今までは「とにかく落とす」だけだったが、今度は落下点を意識してみる。
「…狼の群れに…落ちろ!」
小さな流星が降ってきた。直径2メートル程度の光の塊が――
「あ、やべ!」
俺が狙った場所より遥かに手前、俺のすぐ近くに着弾した。
ドォン!
爆発に巻き込まれ、俺は吹き飛ばされる。
「星和!」
アレクトの叫び声が遠くに聞こえる。再生の異能が発動しているが、全身に痛みが走り、起き上がれない。
「だめだ…全然コントロールできねぇ…」
俺の方にずれ、範囲外だった狼たちがこちらに向かってくる。アレクトの雷撃が数匹を薙ぎ払う。
「もう、無茶しすぎよ!」
アレクトが残りの狼を片付けている間、俺は地面に這いつくばったままだった。
それから数週間、毎回吹き飛ばされながらの練習を経て、俺は徐々に隕石のコントロールができるようになってきた。
「よし、今度こそ…」
今回は狼ではなく、大型の熊の魔物が相手だ。俺は熊から50メートル離れた位置に陣取る。
「アレクト、いつも通り離れてろ。」
「でも、また巻き込まれるんじゃ…」
「練習したから大丈夫…多分。」
異能を空に向けて伸ばす。狙いは熊の頭上。
「…そこだ!」
今度は狙った場所に近い位置に隕石が落ちた。熊は爆発に巻き込まれて、吹っ飛ぶ。俺も吹っ飛ぶ。
「…当たった…でも…」
爆発の範囲は思ったより広く、俺の立っていた場所まで影響が届いた。
「星和!」
アレクトが叫びながら近づいてくる。
「大丈夫だ…でも、動けねぇ。」
熊はまだかろうじて生きているが、じきに絶命するだろう。
「この距離じゃ、結局巻き込まれるのね…」
アレクトが警戒しながら呟く。確かに、狙いも規模も改善されたが、爆発範囲から逃れることはできていない。
「この状態じゃ危険すぎるわ。何か対策を考えないと。」
――
組合に戻った俺たちは、姐さんに報告を行った。
「隕石の小規模化と狙撃化に成功?それは素晴らしいじゃない。」
「でも、使った後の行動不能が解決できないんです。」
アレクトが心配そうに付け加える。
「確かに、それは問題ね。今は二人組みだし、回収して撤退はできるだろうけど、絶対はないものね。」
姐さんが腕を組んで考え込む。
「あの、一つ提案があるの。」
アレクトが手を挙げた。
「私の結界で、星和を守れないかな?」
「今もやってるんじゃないの?」
「そうじゃなくて、隕石を撃った時に、星和の周りに結界を張って守るわ。」
俺は眉をひそめる。
「でも、お前の結界って強い攻撃されると砕けるだろ?もし失敗して二人とも吹っ飛んだら終わりだ。」
「それが…最近考えてることがあるの。」
アレクトの目に、いつもの闘志が宿る。
「結界の多重展開よ。」
「多重展開?」
「一つの結界じゃなくて、複数の結界を重ねて張るの。一つ破られても、次がある。」
姐さんが興味深そうに身を乗り出す。
「面白いアイデアね。でも、消耗が激しくなるんじゃない?」
「そこは練習すれば大丈夫よ。星和だって無理して練習してるし、問題は技術的に可能かどうか…」
アレクトは杖を握り締める。
「やってみる価値はあるな。練習してみよう。」
翌日から、俺たちは結界の多重展開の練習を始めた。
最初は2層が限界だった。3層目を張ろうとすると、前の結界が不安定になって崩れてしまう。
「集中、集中…」
アレクトの額に汗が浮かぶ。異能の制御は想像以上に難しいようだ。
「無理するな。今のままでも後の心配がないのはありがたい。」
そう言うと結界が安定し始めた。
「3層目…成功!」
透明な六角形の膜が、3重に重なって浮かんでいる。
「すげぇな。でも、無理するなって言ってから、成功するとなんかもやもやするな。」
「諦めが悪いのよ、私。それに、まだまだよ、最低でも5層は欲しい。」
練習を重ねること1週間。ついにアレクトは5層の結界を同時展開できるようになった。
この間に俺は連続で落とすことに成功していた。
――
「今日は実戦テストよ。」
姐さんが俺たちの前に立つ。
「今回のアビスはアビスと言っても特殊で、一体しかいないわ。調査班の報告では上級に近い中級。オーガの魔境主がいるって報告が上がってる。星和の新技と、アレクトの多重結界、両方試すにはちょうどいい相手ね。」
「了解です。」
「頼む。」
現場は川沿いの荒れ地だった。周囲に既にでかい足跡が続いている。
「夜を展開する。」
周囲の気配を探る。奥に巨大な存在がいる。間違いなくオーガの主だ。
「いるな。奥に一匹。でかいぞ。」
「わかったわ。準備はいい?」
アレクトが杖を構える。
巨大な影が立ち上がった。身長4メートルはありそうなオーガが、岩の棍棒を振り回しながら現れる。
「グ、グ、グルルル…」
「でけぇな…よし、やるか。」
俺は異能を空に向けて伸ばした。これまでの練習の成果を試す時だ。
「アレクト、結界頼む!」
「了解!5層展開!」
透明な結界が俺の周りに5重に張られる。
「いくぞ…落ちろ!」
上空から小さな光が次々と降り注ぐ。オーガの巨体に3発が直撃し、轟音が響き、爆発と衝撃が結界に届く。
ガキィン!
1層目の結界が砕け散る。
「1層目破られた!」
ガキィン!ガキィン!
2層目、3層目も立て続けに破壊される。
「まだよ!」
アレクトが必死に結界を維持する。
ガキィン!
4層目も砕けた。残るは最後の1層。
「最後の一層…!」
ガキィン…バリバリバリ…
結界に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「耐えて…!」
パリン。
小さな音と共に、大きなひびが入った。だが、結界は持ちこたえた。
「やった…耐えたわ!」
爆炎と衝撃がようやく収まり、視界が開けると見るも無残な遺骸となったオーガが目に入った。
土煙が晴れるのに少し時間がかかった。
――
「完璧な連携だったわね。」
アレクトが上機嫌で言う。
「5層結界、最後の一層まで砕かれたけど耐え切った。これなら、これからも使えるだろ。」
アレクトも疲れた顔の中に満足感を浮かべている。
「星和の隕石も、小規模化に成功してるし、私の結界があれば問題ないわね。」
俺は拳を握り締める。新しい戦術が形になった。
「これで、もっと強い相手とも戦えるな。」
「ええ。でも、油断は禁物よ。今回はオーガだったから良かったけど、知能の高い相手だとこっちが動けない事をいい事に好き勝手されるかも。」
アレクトの指摘はもっともだ。まだまだ改良の余地はある。
「まぁ、それは実戦で調整していこう。今日はよくやった。」
俺はバックパックからフライパンを出しながら言う。
「それより、腹減った。今日はオーガ肉だ。」
「え?オーガって食べられるの?」
「食えるかどうかは食ってみなきゃわからん。」
「もう、ヒトガタはやめときなさいよ…」
アレクトの呆れ声を背中で聞きながら、俺は今日の戦利品を眺めていた。
ちなみにオーガの肉は焼く前から強烈な匂いを放っていた。土と汗が混ざったような獣臭さが鼻を刺す。慣れない者なら煙だけで吐き気を催すだろう。
ゴリラよりも太くて硬い筋繊維は刃こぼれしそうな硬さだ。筋切りをしてようやく歯が立つ程度で、噛み込めば顎に痛みが走るほどの抵抗を返してくる。だが、その奥から噛み潰すたびに濃厚な肉汁が溢れ出し、血の味と共に力強い旨味が広がった。
脂は荒々しく獣臭いが、塩を振って豪快に焼き上げれば正に肉を食らっている満足感を覚える。後味には肝のような苦みが残り、ビールでも欲しくなる。
噛んでも噛んでも肉の味がするオーガ肉は、旨いかどうかは人を選ぶが、少なくとも一口で腹の奥から熱が湧き上がってくるのを否応なしに感じさせる味だった。
「どんな味なの?」
「何だ?食うか?」
「いらないわよ、すごく美味しそうに食べるから、ちょっと気になっただけ。」
「無限に味のする肉味のガムみてぇだぞ。」
「うわぁ……」
アレクトはうんざりって顔をしていた。




