小麦粉ルーは日本独自の料理スタイル
ある日のアビス帰りのこと、アレクトが突然聞いてきた。
「星和は、なんでこんなに出撃してるの?他のチームの仕事まで奪う必要ないじゃない。」
「まてまて、えらく急だな。ちょっと長い話になる。報告が終わったからにしよう。」
「……わかった。」
――報告を終えて、組合の建物を出たところで、アレクトが腕を組んで立ち止まった。
俺も歩みを止めると、彼女の青い瞳が真っすぐ俺を射抜いてきた。
「で?話してくれるんでしょうね。」
「お、おう。まぁ座って聞けや。」
近くのベンチに並んで腰を下ろす。俺は頭をかきながら、どこから話すべきか迷った。
「……最初はな、ただの復讐だったんだ。」
ぽつりと口にすると、アレクトが小さく目を見開いた。
「とうさ……親父が魔境で死んでな。調査隊でなアビスに行って、帰ってこなかった。俺は十四だった。……だからシーカーになった時は“親父の仇を獲ってやる”"少しでも多く魔物を殺してやる"って、それしか考えてなかったんだ。」
「……」
「でもな、1年目で初めてのチームが壊滅した。仲間が次々に死んで、俺一人だけ生き残った。その時に支部長から親父の話を聞いたんだ。親父も無茶ばかりで、危険なアビスに誰よりも出て、仲間を守ろうとして散ったってな。」
胸の奥がちりつく。あの時の支部長の目を、今でもはっきり覚えている。
「そこで思ったんだよ。俺みたいに誰かを失うやつを、少しでも減らしたいって。だから、他のチームが余裕を持って対処できるように、何かあっても体力が残っているように俺が行く。無茶でも突っ走る。……結局、性分なんだろうな。……でも、シーカーの皆を信頼してないわけじゃない、過保護に守るのは違う。奪ってまでって見えたやつな、あれは最近疲労が溜まってるチームの任務だ。姐さんも止めないだろ?」
アレクトは真剣に耳を傾けていた。
「それからもう一つ理由ができた。……やけに腹が減るんだ。」
「は?」
「いや、笑うなよ。身体を再生させると特に酷い。けど、魔物を食えば食うほど魔力が増える。力が溢れてくる。……気づいた時はさすがに怖かったけどな。」
アレクトは呆れ半分、興味半分といった顔で俺を見ている。
「それに……俺は転生者だ。」
「……やっぱり。」
意外そうにしなかったのは、もしかしたら薄々気づいていたのかもしれない。
「赤ん坊の頃から自覚があった。だから3歳か4歳の頃に両親へ正直に話した。幸い、レクトも知ってたみたいに、稀にあることみたいで、歴史に名を残した転生者もいる。けどな……そういう奴らは例外なく死に目にあって名を残した。」
言葉を切ると、アレクトの表情がわずかに曇る。
「俺もいずれ大きな危険に立ち向かうことになるだろう。何故か小さな頃から予感があるんだ。……多分、避けられねぇ。」
空を仰ぐ。青空がやけに遠く見えた。
「だからこそ、今は走り続ける。出撃を重ねて、力を磨いて、いつか来るその時に備えるんだ。」
「……」
アレクトはしばらく何も言わなかった。けれど、やがて小さく頷いて言った。
「……なるほどね。でも、それで年間最多出撃数ってどうなのよ。普通なら倒れるでしょ。」
「倒れないのが俺なんだよなぁ。身体は再生できるし、食えばすぐ回復する。だから休むより戦ってるほうが楽なんだ。」
「……ほんと、化け物ね。」
呆れたような口調だったが、アレクトの瞳には微かな理解の色が宿っていた。
「まぁ、こうやって聞いてくれる奴がいるなら……少しはペース落としてもいいかもな。」
「ほんとに?じゃあ、今度一日休み作ったら私もどこか連れてってよ。」
「……おい、デートの誘いか?」
「ばっ!ち、違うわよ!戦場以外での連携確認って意味!」
顔を真っ赤にしたアレクトを見て、俺は思わず吹き出した。
「じゃあ、とりあえず今日はこのあと暇か?」
「うん、だけどなんで?」
「母さんが連れてこいって、言ってうるさいんだ。飯は食わせてもらえるぞ。来るか?」
「……は?」
アレクトの眉がぴくりと動く。驚きと警戒が入り混じった顔だ。
「いや、別に変な意味じゃねぇって。母さん、俺が誰かと組んだって聞いてからずっと『早く連れてきなさい!』って張り切ってんだよ。肉を仕入れすぎて困ってるだろうし、丁度いいだろ?」
「……あなたの母親に、私を?」
「おう。」
「なんか、すごく嫌な予感しかしないんだけど……」
「大丈夫だ。俺の母さんは優しいぞ。ただちょっと、世話を焼きすぎるくらいで。」
「それを私に押し付けようと?」
「細けぇことは気にすんな。」
俺は勝手に歩き出す。アレクトは「はぁ」と呆れながらも結局ついてきた。
―――
家に着くと、台所から香ばしい匂いが漂ってきた。肉の焼ける音がジュウジュウと響いている。俺の鼻はそれだけで幸せを感じてしまう。
「ただいまー。」
靴を脱ぎながら声を掛けると、奥から母さんが顔を出した。
「おかえり、星和。……あら?」
俺の後ろに立つアレクトを見て、母さんの目が丸くなる。
「今日、連れてくるって聞いてなかったけど?」
「言ってたただろ。うるさいから早めに連れてきたんだ。」
「もう!準備できてないのに……」
と口では言いながら、母さんの顔は嬉しそうにほころんでいた。
「初めまして。アレクト・倉田と申します。」
アレクトは丁寧に頭を下げる。緊張で少し声が硬い。
「まぁ!可愛い子じゃない。エルフさんなのね?星和ったら、やっとまともなご縁を持ってきたわねぇ!」
「ちょ、母さん!? 変な誤解招くだろ!」
「誤解じゃないんじゃないの?ふふっ。」
アレクトの顔が一瞬で真っ赤になった。俺も慌てて手を振る。
「いやいや、仲間!チームメイト!それ以上でも以下でもない!」
「わかってるわよ。でもご飯くらい一緒に食べたっていいじゃない。……それに、そんなに否定するとアレクトちゃんに失礼よ。」
母さんは台所に戻り、次々と料理を運んできた。
大皿に山盛りのミノタウロス肉、バイソンの魔物の角煮が入った巨大な鍋からは、香辛料の匂いが漂ってくる。今日は角煮カレーのようだ。
「これ……全部、魔境産?」
アレクトが呆れた声を出す。
「そうよ。星和ったら、食料は買うより狩ってきた方が早いって言うんだから。処理するこっちの身にもなってほしいわ。」
「食べきれないなら俺が食べるって言っただろ?」
「そういう問題じゃないの!」
母さんのツッコミを受け流しつつ、俺はアレクトの前に肉を山盛りに盛った。
「ほら、食え食え。遠慮すんな。」
「……こんな量、食べられるわけないでしょ!」
「残したら俺が食うから安心しろ。」
「安心できないわよ!」
とは言いつつも、アレクトは一口齧った。
「……っ」
目を見開く。ミノタウロス肉は弾力が凄まじいが、噛めば噛むほど旨味が溢れる。前世でいう牛肉に近いが、野生味と魔力のせいで力強さが段違いだ。バイソン角煮カレーは、ほろほろ崩れる肉塊から濃厚な旨味が溶け出し、スパイスの辛さと野生味が渾然一体。豪快さと深みが同居する暴力的な一皿だ。
「どうだ?」
「……悪くないわね。」
「だろ?」
俺も頬張る。肉汁が口いっぱいに広がり、腹の奥から力が湧いてくるのがわかる。やっぱり魔境肉は最高だ。
母さんはそんな俺を見て苦笑している。
「星和はね、食べても食べても足りないの。放っておいたら冷蔵庫が一晩で空になるのよ。」
「えっ!?……あぁ、でもわかる気がするわ。」
アレクトが呆れたように聞く。
「いやいや、最近は控えてるぞ?」
「「控えるって辞書で引いてきなさい!」」
母さんとアレクトの声がぴったり揃った。二人が顔を見合わせ、思わず笑い合う。
……ちょっと待て。俺の居場所がなくないか?
「おい、二人で盛り上がるなよ。」
「仕方ないじゃない。あんたはやらかしが多いから、話題に事欠かないのよ。」
母さんが肩をすくめる。
「ほんと、トラブルメーカーね。」
アレクトも笑いながら言う。
「うるせぇ!俺は健康優良児だ!」
「健康優良児が隕石降らせるか!」
「……確かに。」
母さんは笑いながらグラスを取り出し、ビールを注いでくれた。
「アレクトちゃんは飲めるの?」
「え、ええ。少しだけなら。」
「じゃあ今日は特別ね。シーカー同士、無事の帰還に乾杯!」
「乾杯!」
グラスを合わせる。冷たい液体が喉を滑り、体に染みわたる。アレクトは最初は遠慮がちだったが、肉と一緒に飲むと意外とペースが上がっていった。
「……美味しい。」
「だろ?戦いの後の一杯は最高なんだ。」
俺が得意げに言うと、母さんが呆れた顔で箸を置いた。
「まったく。あなたたち、ほんとに戦場から帰ってきた人の会話なの?」
「母さん、俺たちにとっちゃ戦場も飯も同じくらい大事なんだよ。」
「……命と食欲が天秤に乗るのね。」
アレクトが苦笑した。
食事が進むにつれて、最初は緊張していたアレクトも次第に打ち解けていった。母さんは根掘り葉掘り質問をして、アレクトは真面目に答えながらも、ときどき俺を睨んで『なんでこんなことまで話してるのよ』と無言で訴えてくる。
だが母さんは終始楽しそうだった。
「本当にいい子ね、アレクトちゃん。これからも星和をよろしくね。」
「は、はい……。」
アレクトは頬を染めながらも、きちんと返事をした。
その姿を見て、母さんがふと真剣な顔になる。
「この子、無茶ばかりするから……お願い。星和を止めてあげて。……そうでなきゃ、この子はきっと壊れるまで走り続けるわ。」
「……わかりました。」
アレクトの瞳が、まっすぐに母さんを見返した。
――この瞬間、俺は母が言葉にしないが、何か含まれてるような気がした。だが、少しだけ安心した。アレクトがいる限り、俺はきっと大丈夫だ。
食後、母さんが台所に引っ込むと、俺とアレクトは並んで縁側に腰を下ろした。夜風が心地よく、虫の声が響いている。
「……思ったより、いいお母さんね。」
「だろ?俺に似て優しいだろ?」
「優しいかどうかはともかく……勢いは似てるかもね。」
アレクトがくすりと笑う。
「で、どうだった?今日の飯。」
「……正直、食べすぎた。胃が苦しい。」
「ははっ、ようこそ俺の日常へ。」
俺は空を見上げる。月が静かに輝いていた。
「こうして笑ってられるのも……もしかしたら、今だけかもしれない。でも、だからこそ大事にしようと思う。」
アレクトは少し驚いた顔をしたが、やがて小さく頷いた。
「……そうね。私も、そう思う。」
夜風が二人の間を抜けていく。
その静けさが、なぜか心地よかった。
「あ……言い忘れてたけど。俺、異能2つあるんだ。」
「なんで忘れてたの!?」
びっくりした顔がひどく面白かった。




