スライムは流石に食えねぇよ
あれから1ヶ月がたった。
予想以上の出撃にアレクトは毎日疲労困憊な顔をしていたが、一度も音を上げずについてきた。
何度か危うい場面もあったが、アレクトは前情報通り優秀で、切り抜けることができた。今回もそんな困難になりそうな任務だ。
「一番星ちゃん、今度のアビスは厄介よ。」
姐さんが渡してきた資料を見て、俺は思わず顔をしかめた。
「スライム系か……しかも群体型。めんどくせぇな。」
「ええ。加えて今回は中級規模。観測班の報告では、主が積極的に分裂を繰り返して数を増やしてるらしいわ。」
横でアレクトも資料に目を通している。
「物理攻撃が通りにくいタイプね。魔法での対処が基本になるけど……」
「問題は俺だ。夜の感知でも、スライムの正確な位置は掴みにくい。奴らは魔力の塊みたいなもんだからな。」
この1ヶ月で分かったことがある。俺とアレクトのコンビは確かに強い。だが、それは相手を選ぶ場合の話だ。
物理攻撃が効きにくい相手、特にスライム系や霊体系となると、俺の戦闘力は大幅に削がれる。魔力を拳に纏わせて殴ることはできるが、効率が悪すぎる。
アレクトが続ける。
「それに群体型ということは、本体を見つけて倒さない限り、いくら倒しても分裂して増え続ける。」
「魔力の消耗戦になるよな。参ったな。」
俺は腕を組んで唸る。長期戦は得意だが、相手が無限に増殖するとなると話は別だ。それに、腹も減る。
「でも、逆に考えれば魔法攻撃の練習にはもってこいよ。星和の苦手分野を克服する良い機会じゃない?」
アレクトがそう言うと、姐さんもニヤリと笑った。
「そういうこと。いつまでも力任せじゃ、上には行けないわよ。」
「……分かった。やってみる。でも期待すんなよ。」
俺は渋々頷いた。確かに、いつまでも物理攻撃だけに頼っていては限界がある。
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アビスの入り口は、住宅街から少し離れた工業地帯の廃工場だった。
「こんな所に巣食いやがって、嫌な予感しかしねぇな。」
建物の中から漏れ出る紫色の瘴気が、空気をじりじりと焼いている。酸っぱい臭いが鼻を突く。
「魔力濃度が高い……相当厄介ね。」
アレクトが杖を握り直す。
「行くぞ。夜を展開する。」
俺の異能が周囲を包み、建物内部の気配を探る。しかし予想通り、スライムの正確な位置は掴めない。魔力の塊が不定形にうごめいているのが分かるだけだ。
「数は……分からん。全体が一つの巨大な魔力の渦みたいになってる。」
「じゃあ、入ってみるしかないわね。」
工場の入り口を潜った瞬間、床が溶けかけているのが見えた。
「うわっ、床が……」
「強酸性ね。直接触れたら大変なことになる。」
アレクトが結界を足元に展開し、酸から身を守る。
「助かる。これなら歩ける。」
奥へ進むにつれ、紫色のスライムが姿を現した。大小様々な個体が、まるで意思を持っているかのように規則正しく動いている。因みに、龍のクエストのスライムみたいに可愛いものじゃない。ドロドロネチャネチャしている。
「……こいつら、統率取れすぎじゃねぇか?見た目と合わせて気持ち悪ぃな。」
「本体がかなり知能の高い個体なのかも。」
その時、天井からボタボタと液体が滴り始めた。
「上だ!」
俺が叫んだ瞬間、天井一面から酸の雨が降り注ぐ。
「展開!」
アレクトの結界が傘のように広がり、酸を防ぐ。だが、その量は尋常ではない。
「これ、どれくらい持つ?」
「分からない……重さは大丈夫だけど、溶かせれてる!」
結界に亀裂が走り始める。このままでは……
「アレクト、迎撃してみる。」
「え?でも……」
「いいから!援護頼んだ!」
俺は生活魔法レベルの炎を手に纏い、天井のスライムに向かって跳躍した。炎を維持しつつ、思い切り叩きつける。
「うおおおお!」
ズブリ、と拳がスライムに沈み炎が消える。手応えがない。まるで水を殴ってるみたいだ。
「だめだ、効いてねぇ!」
逆に、スライムが俺の腕に絡みついてくる。
「星和!」
アレクトの雷撃がスライムを直撃し、俺を解放してくれる。
魔力を吸収する性質を嫌ってか、ガントレットは無事だが、服が溶けていた。
「ありがと!でも、このままじゃ……」
直後、俺たちを取り囲むように紫色のスライムが次々と床や壁から湧き出してきた。
「っ、多すぎる!」
大小合わせて数十体、酸を撒き散らしながら波のように押し寄せてくる。
「任せて!」
アレクトが杖を突き出すと、雷撃が弧を描いて広範囲を薙ぎ払った。バチバチと光が走り、スライムの群れが一斉に硬直し、焼け焦げて弾け飛ぶ。
さらに追撃の炎弾が炸裂し、残った個体を次々と蒸発させていく。
雷と炎の奔流が何度も放たれ、工場の内部は一瞬にして灼熱地獄と化した。
「さすがだな!」
俺が魔力を纏った拳で逃げ残った小型を叩き潰すと、アレクトは肩で息をしながら振り返った。
「はぁ……っ、でも、数が止まらない……!」
湧いては潰れ、潰してもまた奥から湧き出す。
アレクトの魔法がなければ、酸で俺たちはとっくに骨だけになっていただろう。
「お前の魔力、大丈夫か?」
「……正直、きついわ。これ以上は本体を見つけて倒さないと……」
彼女の頬は赤く、杖を握る手も震えている。大量の魔力を消費したせいだ。
その時、工場の奥から巨大な影が立ち上がった。
本体の登場だ。
「あれが親玉か……でけぇな、おい。」
直径5メートルはありそうな巨大なスライムが、無数の触手を伸ばしながらこちらに向かってくる。近づくだけで床が溶けていく。
「星和、私がやるわ!」
アレクトが杖を振り上げ、巨大な火球を生成する。それが本体に直撃し、スライムの一部が蒸発した。
「やった!」
しかし、すぐに他の部分が穴を埋める。
「きりがない……」
その時、俺にひらめきが降りた。
「アレクト、俺の拳を炎で包んでくれ!」
「え?」
「体内魔力で拳を強化して、お前の炎魔法をコーティングする!」
「……やってみる!」
アレクトが俺の拳に炎を纏わせる。これまでにない熱さが手を包んだ。
「今度こそ!」
俺は燃える拳で本体に突っ込んだ。
ジュウウウ、と蒸気が立ち上がり、スライムの表面が固まる。
「おっ、効いてる!」
しかし、本体は巨大すぎた。一部が固まっても、すぐに他の部分が流れ込んで修復される。
「だめだ、でかすぎる!」
俺が距離を取ると、アレクトが苦い顔をする。
「このままじゃ魔力が持たない……。一撃で仕留められるような大技が必要だけど……」
その時、俺にひらめきが降りた。
「アレクト、魔力譲渡って知ってるか?」
「え?知ってるけど……あれは高等技術だし、効率も悪すぎて実戦じゃ使われないわ。ロスが大きすぎるもの。」
「俺の魔力量なら、多少のロスは問題ねぇ。お前が俺の魔力を使って大技を撃てば……」
アレクトの目が見開かれる。
「でも、私にできるかしら……」
「やってみる価値はある。このままじゃジリ貧だ。それに、腹も減ってきた。」
「もう、こんな時に……」
巨大スライムが再び触手を伸ばしてくる。俺は燃える拳で弾きながら、アレクトに叫ぶ。
「どうやるんだ?」
「手を繋いで……魔力を同調させるの!でも、失敗したら二人とも魔力暴走で大怪我よ……」
「やるしかねぇ!」
俺はアレクトの手を握った。その瞬間、体内の魔力が激しく波打つ。
「うわっ……!なんだこりゃ!」
「集中して!魔力の流れを私に合わせて!」
アレクトの魔力と俺の魔力がぶつかり合い、火花を散らす。普通なら即座に分離すべき状況だが、俺は歯を食いしばって耐える。
「っく……!」
「だめ、魔力量の差がありすぎる……!」
その時、スライムの本体が俺たちに向かって巨大な触手を振り下ろしてきた。
「危ねぇ!」
咄嗟に俺がアレクトを庇う。触手が俺の上半身左側を打ち、激痛が走る。
「星和!」
「大丈夫だ……それより、今だ!」
痛みで集中できない中、なぜか魔力の同調がうまくいった。俺の膨大な魔力がアレクトに流れ込む。
「これは……!すごい魔力よ!」
アレクトの杖が青白く光り、今まで見たことのない規模の魔力が集束していく。
「氷結魔法……いくわ!」
アレクトが杖を天に向けて振り上げると、工場内の温度が急激に下がった。
巨大な氷の結晶が本体スライムを包み込む。瞬時に凍結し、動きを完全に封じた。
「やったか……?」
怖気が来そうな寒気の中、俺がよろめきながら立ち上がる。魔力の大半を使い果たして、足元がふらつく。
「まだよ!今のうちに!」
アレクトが再び杖を構える。俺の魔力はまだ残っている。
凍結したスライムに向けて、今度は炎の魔法が放たれる。
急激な温度変化に耐えきれず、巨大スライムは内部から爆散した。
「っし……やったぜ……」
俺はその場に座り込む。全身から力が抜けていた。
「星和、大丈夫?」
アレクトも疲れ切った顔で俺に駆け寄る。
「魔力使いすぎた……腹減った……」
「もう、そればっかり。」
アレクトは苦笑いしながら、俺の傷を確認する。
「傷は浅いけど、酸での熱傷が広いわね。治療魔法をかけるから、じっとしてて。」
ほっといても治るが、ありがたく受けいれる。温かい光が傷を包み、痛みが和らいでいく。
「ありがと。しかし魔力譲渡、できるもんだな。」
「成功しても普通はあんな無茶できないわよ。星和の魔力量が規格外だから成り立った技よ。」
工場内に静寂が戻る。紫色の瘴気も薄れ、空気が澄んできた。
「とりあえず、任務完了だな。」
俺はバックパックから非常食を取り出しながら言う。
「でも、今回分かったことがある。俺とレクトの連携、まだまだ可能性がありそうだ。」
「そうね。今回の魔力譲渡、もう少し練習すれば安定して使えるかも。」
アレクトも座り込み、一息つく。
「ただし、星和の体力と魔力が前提条件だけど。」
「任せとけ。飯さえ食えば何度でもやれる。……そういや、スライムって食えるのかな。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
流石に内側から溶ける未来が見えて、俺は乾パンを齧りながら満足そうに笑った。
「さて、帰って姐さんに報告だな。聞いたらどんな反応するかな。」
「きっと驚くわよ。魔力譲渡なんて、めったに成功しないもの。」
二人で工場を後にしながら、俺たちのコンビネーションがまた一つレベルアップしたことを実感していた。
次はどんな困難が待っているのか……まあ、それはその時考えよう。
今は腹を満たすことの方が重要だ。




