第八話 桜の時期
あの花見の日から、一週間後、ついに待ちに待った始業式、そして、クラス替えの日である。
今日のクラス替えによって今年一年の日常が変わってしまう。
今日が楽しみだったのみんな同じだったらしく、純花も家を出る時点でそわそわしていたし、いつもはゆっくりと来る桃ちゃんたちとも行きの電車で出会うこととなった。
「楽しみだね、一緒のクラスになれたらいいんだけど。」
「うん、今年こそはね。」
「今年こそって飛鳥君と知り合ったのは去年の話だけどね。」
「あれ、そうだっけ。」
去年がすごく楽しかったので、ずっと昔から友達だったように感じてしまう。
逆に言えば、去年はとても濃い一年だったんだなぁ。
「去年のわたしってすごい一年を過ごしてきた気がするよ。」
「まぁ、性別が急に変わる経験なんて体験したのは君ぐらいだろうね。」
「まぁでもそのおかげで、三人に出会うことができたんだし今にして思えばよい出来事だったんだと思うよ。」
あれがなければ三人とかかわることはなかったんだと思うから。
ついに昇降口の前までたどり着いた。
毎年、クラス分け表は昇降口の窓に張り付けられているのでここで自分がどこのクラスかわかるのである。
「ねぇ、みんな自分のクラス、分かった?」
「いや~、全然見つかんないよ。そっちは?」
「こっちもないわね。」
「飛鳥君とか、上の方なんだか見つけやすいんじゃない?」
「そのはずなんだけど…あっ、あったよ。」
右から四つ目の紙に上の方に海染飛鳥の文字が、その少し下の方に九条千夏、来栖純花、篠原桃、さらにさらに下の方に、姫野楓の文字があった。
「え、どこ。」
「四組のとこにあったよ。みんなの名前も書いてあるよ。」
「あ、ほんとだ。やったぁ、みんな一緒だね。」
「うんうん、よかったよかった。」
自分の名前とクラスと出席番号を確認したわたしたちは、下駄箱で靴を履き替え確認したクラスへ足を向ける。
クラスに着くと前の黒板に一枚のプリントが貼ってあった。
それはクラスの座席表であった。
座席表によると私と純花が前から三番目で隣通し、その前に千夏、一人挟んで後ろに桃ちゃん、さらに一列はさんで右側に楓という席順だった。
「結構、席近くてよかったね。」
「ほんとほんと、これなら、お昼ご飯とか食べやすいね。」
そんな風に全員同じクラスになれたことを祝いあっていると、
「よーし、チャイム鳴ったからな、そろそろ席に着けー。」
歌川先生が教室に入ってくる。
「よし、全員席に着いたな。みんな分かっていると思うが、今年一年担任を務める歌川だ、よろしく頼む。今年は受験もあるからな、大事なところはビシバシ行くからな、覚悟しろよ~。」
相変わらずかっこいい先生だ。
先生の一言で、クラスの雰囲気がピシッと変わってしまう。
こういうのをカリスマというのだろうか。
「いや~でも、よく見ると、去年と同じメンツも何人かいるじゃないか。特に海染たちは今年はなんとお隣さんか。よくやるなぁ、お前たちも。」
「もう、なんなんですか?先生。」
「全く先生、厳しく行くんじゃないんですか。」
「まぁまぁ、メリハリは大事だからな。お前らも受験勉強するときは真面目にしろよ。そんで遊ぶときは本気で楽しめ。それがいい大人になる秘訣だぞ。」
クラスが一斉に返事をする。
始業式の前からこんな話をするなんて、やっぱりこの先生は良い先生なのだろう。
先生の話が終わり、体育館に移動するように指示が出される。
「はぁ、この時間って一番無駄だと思わん?」
「まぁ、そう言うなよ。今日は校長と生徒指導の話聞いたらもう終わりなんだから。」
「私は、あっくんにサンセー。あれ、お尻痛くなるんだもん。それに早く帰りたいよ。」
「確かに体育館って床固いからね、座布団の一枚でも持っていけたらいいんだけど。」
体育館に着いてしまった。
これから、地獄の時間が始まってしまう。
教頭の始業式の開始の宣言に始まり、校長の長ーいお話が続き、生徒指導の先生のありがたーいお話。
それが終わったと思ったら、今度は新しい先生の着任式が始まった。
今日の式はそれで終わりだったらしく、教頭の終了の言葉がマイク越しに響き渡った。
「あぁ、もう、ほんとに疲れたぁ。」
「本当にね。わたしは大丈夫だと思っていたけど、やっぱりお尻が痛くなっちゃったわ。」
「桃ちゃんなんて全身が痛いよ~。」
「全身はさすがに座るのに慣れてなさすぎでしょ。」
教室に戻るとすぐ歌川先生が現れた。
「おーい、すぐ終わってやるから、さっさと座れー。」
みんなはすぐに席に着く。
「よし、席に着いたな。いやー、本当に長いな、あの人たちの話は。お前らお疲れ様だったな。今日はこれで終わりだ、さっさと帰りな。」
先生のその言葉を合図に私たちの一日は終わった。
「いやぁ、でも、サクラよく生き残ったよねぇ。三日前、あんなに風吹いていたのに。」
「ほんとにねぇ。あの時に全部散っちゃったと思っていたわ。」
帰り道を歩きながらしゃべりあう。
「私は絵をかきに来ていたんだ。だから残っていたのは知っていたけどここまで残っているのは驚きだな。」
わたしたちの学校は裏門に駅までの道のりが続いており、そこまでの道の両脇には大きなサクラが何本も生えている。
その桜の花びらがひらひらと落ち、アスファルトの溝に吸い込まれていった。
「でも、きれいだね、桜。こないだ見たばかりだけど。」
「そうねぇ、やっぱり日本人ってことじゃないかしら。」
「きれいなものは何度見てもいいからね。」
「あ、桃ちゃん、頭に花びらついてるわよ。」
「え、どこどこ?」
「今取ってあげるわ。」
楓の手が桃ちゃんの頭に伸びる。
こういうところを見ると楓は本当にママみがあるよな。
桜の木から垂れる日の光を踏みしめながら、新しい一日の終末を告げた。
新学期の新しいクラスにもそろそろ慣れてきたころ、わたしの靴箱に一通の手紙が入っていた。
よくよく見ると宛名にわたしの名前が入っており、差出人には名前がなかった。
「これなんだろ。」
「飛鳥、どうかしたのかい。」
振り返ると、そこには重そうな荷物を持った千夏がいた。
というか、その大量の荷物は何だろう。
「あ、ごめん邪魔だった?」
「いや、そんなことはないよ。靴箱をのぞき込んでいたから、どうかしたのかなって思ってさ。」
「ああ、そのね、こんなものが入っていてさ。」
「こんなもの?ああ、手紙か。クラスで読んでみたらいいじゃないか。」
「それもそうだね。」
「まぁ、十中八九ラブレターだと思うけどね。」
「ラ、ラブレター?嘘、わたしに?これが?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか、飛鳥は十分きれいだと思うよ。」
わたしは口をあんぐり開けたまま、あほ面をさらしながら、固まってしまう。
重そうだった千夏の荷物を一つ持ってあげながら、クラスに向かう。
「ありがとうね、荷物もってくれて。助かったよ。」
「いやいや、すごく重そうだったからね。」
教室に着いてから、わたしは封筒を開け、中の便箋を取り出す。
中には一枚の便箋が入っていた。
何が書いてあるんだろう。
教室にいるクラスメイト達には見つからないように壁を作りながら、便箋の中を見てみる。
そこには、千夏の予想とは当たっているような、外れているような、簡潔に言えば今日の放課後に屋上に来てほしいという文章だった。
割と短い文章の中には大きな思いが入っているような感じがした。
ピラッと一枚の便箋を裏返すと名前などが入っており、読んでみる。
三年五組 蔵元玲音。
これが手紙をくれたこの名前なのだろうか。
そしてついに放課後となった。
約束の十分ほど前に屋上に着いた。
それから、五分ほど待っていると階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
バンっと扉が開けられる。
そして、一人の男の子が入ってきた。
「あの、初めまして、いきなりお呼びしてすみません。手紙は読んでもらえたんですよね。」
「うん、読んだよ。で、お話って何かな?」
「あ、えっと、その。」
「うん?」
「好きです。付き合ってください。」
「えーっとね、わたしが元男なのわかってる?」
「はい知っています。でも、もう、女の子じゃないですか、すごくきれいになったし。」
「うん、ありがとうね。でも…ちょっと考えたいからさ、待ってもらえる?」
「わかりました。…じゃあ、今度の連休明けにでも教えてください。」
「わかった、ありがとうね。」
わたしは屋上を離れ、教室に戻る。
「やぁ、飛鳥、結局用事は何だったんだい?」
「ん、千夏かぁ。告白されたよ。」
「やっぱりかぁ。で、返事はどうしたの?」
そんなときだった。
「え~、あっくん告白されたの~⁉」
「まぁまぁ。そうなの。」
「え、飛鳥そうなの?」
まだクラスに残っていた、いつもの三人が気づいてしまった。
純花に至っては少し暗い顔をしている。
「はぁ、三人とも反応早すぎでしょ。」
「アハハ、仕方ないよ。友達が告白されたなんて、女子高生にとっては楽しいイベントだよ。」
「で、で、返事はどうしたの?」
「ちょっと待ってもらった、いろいろ考えたいから。」
「そっかぁ。」
「でさ、少し相談したいことがあるんだけど。」
「いいよ。どうしたの?」
「まぁまぁ、ちょっと待って。わざわざここで話さなくてもいいじゃない?」
「そうだね、でもどうしようか。」
ここで桃ちゃんが声を上げる。
「じゃあ、お泊りしようお泊り。せっかく長い連休あるんだし。」
「そういえば、明後日から五連休か。」
「そうねぇ。じゃあ、飛鳥君の家でお泊りっていうのはどうかしら。飛鳥君大丈夫?」
「うん、まぁ、大丈夫だよ。ただ、寝る場所がちょっと足りないね。」
「そうねぇ、私たちのお泊り用の布団を使っても一つ足りないわね。」
「お泊り用の布団があるのか。」
「ええ、あるわよ。高校に入るまではよくやっていたからね。」
「よくやっていたのね。」
二人が若干引いているのは気のせいだろうか。
わたしたちはお泊りの約束をして、その日はみんなで家に帰った。
その日の夕方、晩御飯を作りながら純花が話しかけてきた。
「今日、告白されたのよね。どうだった。」
「どうって言われても、わたしはまだ、自分を男だと思っているからなぁ。男から告白されてもって思うからなぁ。」
その日はそんなことを話し合いながら、純花が作ってくれた夕食を食べていた。