第六話 映画を見に行く
ある休みの日、純花と二人で街に出ていた。
目的地は純花の行きたがっていた隣町の映画館である。
いわゆる、デートである。
なので、今日は少し私服に力を入れてみたいと思い、この間桃ちゃんたちと買いに行った服を着てきた。
すっと横を見ると少し純花も私服に力が入っているように見える。
「今日は、映画館に行くのでいいんだよね。」
「ええ、帰りにウィンドウショッピングと行きましょ。この間の買い物から何も買っていないでしょ。」
「わかったよ。見たい映画までまだ時間があるよね、まずはカフェにでも行ってみない。少しお腹がすいちゃって。」
「わかったわ。じゃあ、そうしましょ。」
二人並んで街を歩く。ショーウィンドウに映るわたしたちの姿に二つの意味で照れてしまう。
「何をしているの?カフェはこっちでしょ。」
「ああ、うん、ちょっと待って。」
久しぶりに二人で歩く街の姿は今までより輝いて見えた。
カフェに着くと、わたしはオムライスを、純花はケーキとコーヒーのセットを頼んだ。
注文したものが来るまでの些細な時間もすごく待ち遠しい。
一瞬が永遠のようにも感じられる。
少しして頼んだものがやってきた。
二人してそれを食べる。
「このオムライス、すごくおいしい。卵が解けるようにおいしいし、ソースが卵に絡まってすごく優しい味がする。」
「あんた、すごい食レポ頑張るわね。そっちで食っていけば?」
「いやさすがに無理でしょ。プロの人たちに失礼だよ。」
そんな会話をはさみながら、届いたものを食べる。純花のケーキもすごくおいしそうだ。そんなことを思っていると、
「そんなに食べたいの。一口ならあげるわよ。」
そんなことを言って、ケーキを刺したフォークをこちらに向けてくる。
「そんなに顔に出てた?ごめんね。」
「謝らなくていいから、食べな。」
「それじゃあ、いただきます。」
そう言って、純花のケーキを食べる。
濃厚なチョコレートソースのかかったケーキは少し大人な味だなぁと思った。
わたしは、甘くなった口を戻すために、純花と同じようにコーヒーを頼む。
「種類はどうしますか。」
店員さんが注文を取るときにそんな風に聞いてきた。
そうか豆とかの種類かと一瞬で考え付いたわたしは天才だと思う。
そんなことはさておき、豆か、どうしようわからない。
なので、とりあえずわたしは適当に、「モカでお願いします。」と、注文する。
注文を聞いた店員さんが下がっていく。
「あんた、コーヒーの豆の違いなんて分かんないんでしょ。」
「はい、その通りです。」
純花がそう聞いてくるので、わたしは素直に答える。
「まぁ、でも、モカにして正解だったかもね。モカはおいしいから。」
「へぇ、そうなんだ。」
「そうなんだって、ほんとに知らなかったのね。」
出されたコーヒーを飲み干し、会計の後、店を出る。
休日の人混みの流れに乗り、昼間の街を歩く。
ショーケースに反射する太陽の光にまぶしさを感じながら純花を一緒に映画館に向かう。
「ちなみに、なんか見たい映画あるの?」
「あるにはあるのだけど。二つあるの。」
「へぇ、どんなジャンルなの?」
「一つは恋愛映画で、もう一つはアクション映画だったと思うわ。飛鳥はどっちがいい?」
「わたしなら、恋愛映画かな。最近、アクション映画は見ていると目が疲れるんだよね。」
「ほんとにあなた、おじさんみたいなこと言いだすわね。」
「おじさんってひどいなぁ。それにもう、わたしはなるとしたらおばさんだけどね。」
そうやって笑いあいながら街を歩くわたしたち。
そんな風にワイワイと話し合いながら歩くこと十数分、わたしたちは目的地である映画館に着いた。
その映画館はこの辺りでは一番大きいもので、休日である今日はより一層混みあっていた。
「それで、結局、何にしようかしら。」
「え、ああ、映画の話か。」
「何の話だと思ったのよ。さっきまでそういう話していたでしょ。」
「そうだけどさぁ。あ、これなんていいんじゃない?」
そう言って、わたしはとある恋愛映画のポスターに指をさす。
「これねぇ、まぁ、いいんじゃない。」
わたしたちはチケット売り場にやってくる。
「すみません、大人二人です。」
店員さんにそうお願いする。こういう時はわたしがやるべきだと思い、行動してみる。その隣で、純花がうれしそうに笑ったような気がした。
映画が始まるまでの時間でわたしたちは定番のポップコーンと飲み物を購入した。
それらをもってスクリーンのあるほうへ向かう。
チケットを店員さんに渡し、シアターの場所を教えてもらう。
わたしたちは暗い足元に注意して、シアター内を進む。
わたしたちは並んでお互いの席に座る。
間にポップコーンを両サイドに飲み物を置き、映画が始まるまでのほんの少しの時間をゆったりと待つ。
すると、シアター内がさらに一段暗くなり、ついに映画が始まる。
映画自体は、よくある定番の作品だった。
どっちかというとロミジュリ方式の物語の展開で身分の違う二人の間に巻き起こる恋の物語であった。
そう、映画自体は良かったのだ。
しかし、その途中でまさかの出来事が起こった。
純花の手が俺の手を握っていたのだ。
もともと肘置きに置いてあったわたしの手に純花が手を重ねるように置いてきたのだ。その純花自身は涙を流すほど映画に引き込まれ過ぎて手のことに全く気が付いていない。わたしはというのも、手のことが気になって全く映画の内容が入ってこない。
そのうちに映画が終わってしまう。
「いや~、思いのほかよかったわね、この映画。」
「ああ、そうだね。面白かったよ。」
何にも覚えていない。
最後の方とか意識があったかもわからない。
気づいたら純花の手はわたしの手から離れていた。
味も覚えていないがポップコーンや飲み物は空になっていた。
いつ飲んだんだろう。
映画館から出たわたしたちは来た道を戻り、街の方に戻る。
来るときに行っていたウィンドウショッピングをしたいらしい。
ということなので、わたしたちはショーウィンドウを見て気に入ったものがあれば、店に入り他のものも手に取ってみてみる。
すると、ある時、純花の足が止まる。よく見ると純花の視線は一つの服―というか、ドレス―に向かっている。
「どうしたの。それが欲しいの?」
「ふぇ、いや、そんなことはないわ。ただ、いいドレスだなぁって思っただけだから。本当にそれだけだから。」
「ああ、確かにいいドレスだよね。純花によく似合うと思う。」
「そ、そんなことないわよ。」
「ええ、そんなことあるって。一回着させてもらおう。」
そう言って、わたしは純花の手を引いて店の中に入る。
「すみませーん。あのドレスって試着させてもらえませんか?」
「構いませんよ。」
店員さんの許可を得て、わたしは試着室に純花を連れていく。
「ちょ、ちょっと。」
「ほら、これ。着てみなって。」
そう言って、ドレスを純花に渡す。
少しして純花に呼ばれて、店員さんが試着室の方へ向かう。
なかなか戻ってこないのを不審に思っていると、試着室のさらに奥の方から純花が店員さんとともにやってきた。
なんと、純花は髪のほうまで仕上げてもらっていて、軽くウェーブをかけて髪飾りまでしていた。
というか、あの髪飾りはこの間あげたやつじゃないか。
ドレスの方は、黒を基準に軽く青色が入っているもので、純花のクールなイメージに合っていた。
「どう、よかった?」
「ええ、よかったわ。」
「そう、ならこれ買います。」
「ええ⁉」
「はい、かしこまりました。」
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、わたし、無駄にお金持っているから。心配しなくても大丈夫だよ。」
髪のウェーブはそのままに純花は服を着替え、帰ってくる。
その手にはあのドレスがある。
私はそのドレスのお会計を済ませ、純花とともに店を出る。
実際、あのドレスは良いものだったのか、かなりのお値段がした。
お店を出た後、わたしたちは駅に向かって歩きながら、その道中にあるお店を回る。
主に雑貨屋を回り、ほかにもアクセサリーショップや服屋にも回っていた。
純花は歩き疲れたのか帰りの電車でわたしに寄りかかって眠ってしまった。
またわたしはその純花の姿にドキドキして眠ることはできなかった。
ある四月の上旬、わたしは純花たちと一緒に花見をするために近くの桜並木のある河川敷までやってきていた。
「あっくんと知り合ってからもう数か月もたったんだよ、びっくりじゃない?」
「あ、そうか、もうそんなに立つんだ。」
「そうだよ、せっかく仲良くなれたんだからどうせなら三年生の時には同じクラスになれたらいいのにね。」
「そうね、わたしも飛鳥とも楓たちとも同じクラスになりたいわね。」
「もう、今そんなこと話していたって私たちにはどうしようもないんだから他の話をしようじゃないか。」
「まぁ、千夏ってば現実主義者なんだから。」
「でもそうだよ、せっかくの花見なんだから、思い出話でもしようよ。」
「それなら、文化祭の話はどう?あれももう、四か月前の話になるんだし。」
わたしたちの文化祭は十二月二十四日と二十五日の二日間でやるので、クリスマスパーティーの代わりにもなっている。
前回の文化祭はお互いのシフトが合わず、ほとんど一緒に回れなかったのである。
「あれは残念だったね。今年は一緒に回れたらいいんだけど。」
「そういえば、あの時一度飛鳥君たちがシフトに入っている時にお店に寄ったんだよ。まぁ、二人とも奥にいて会えなかったんだけど。」
「あら、そうだったの。それは残念だったわね。」
そうだったのか、どうせなら会いたかったな。
「じゃあ、あの日、二人はあの四組のクレープ食べた?」
「ああ、あのすごく大きいやつでしょ。純花と一緒に食べに行ったよ。」
そう言うと、楓と千夏がニヤニヤしている。
「こら、そこニヤニヤしない。」
純花が怒る。
なんだかこのやり取りも懐かしいもののように感じてしまう。
これは、花見の影響なのだろうか。
「でも、二人でねぇ。デートとはずいぶん仲がいいんじゃないか。」
「もう、千夏何様なのよ、あなた。」
「そういう楓もニヤニヤしちゃってさぁ。」
「これは仕方ないのよ。」
何やら二人でこそこそ話し合っている。
「そうだ、せっかく、人もいないんだし、この辺でカラオケ大会と行こうじゃないか。」
「いいじゃない、そうしましょ。」
「ちょっと、わたし歌うの苦手なんだけど。」
「私たちだけなんだから恥ずかしがることないわね、ねぇ。」
「ああ、大丈夫だよ。なんたって、桃がいるからね。」
「ちょっと、どういう意味よぉ。」
そんな感じでワイワイとカラオケ大会が始まった。
千夏の言う通り、桃ちゃんの歌声はかなりすごかった。
途中から、初めの恥ずかしさも消えわたしも全力で歌うことができた。
これも、みんなのおかげだろう。
数時間、河川敷でカラオケ大会を続けた結果、みんな死屍累々のような状態になり、声もがっさがさで、息も切らしている。
傍から見れば明らからに変な人たちだろう。
だが、こんな状態になりながらでもわたしはみんなと遊ぶことができて本当に楽しかった。
「ああ、楽しかった。」
「本当にね。久しぶりに全力で歌ったよ。」
千夏が起き上がりながら私の声に返事をくれる。
それに続くようにほかの三人も起き上がりながら、おしゃべりを始める。
「なんだかんだ言って、飛鳥が一番歌っていたわね。」
「そうねぇ、嫌そうだったのに楽しんでくれてよかったわ。」
「それに桃ちゃんよりはるかにうまかったよね。」
「桃ちゃんは比較対象にならないけどね。」
わたしたちは笑いあいながら片づけを始める。
「でも、クラスが一緒になろうとなかろうと、またみんなで遊びたいね。」
「そうだね、またこうやって集まろうね。」