第四話 お買い物日和
あれからおよそ一週間がたち、新たな週末がやってきた。
今、俺たちはショッピングモールに向かっている。
というのも、昨日、桃ちゃんたちに私服は純花のものを貸してもらっていることを話したら、買いに行こうという話になって今に至る。
「よーし、今日はあっくんに似合う服探しちゃうぞ~。」
「もー、桃ちゃんはしゃぎ過ぎ。はぐれても知らないよ。」
「まぁ、それだけ久しぶりの買い物が楽しみだったんだろう。」
そんなわけでモールに着いた一行。
桃ちゃんはまだはしゃいでおり、楓がそれをなだめている。
「さぁ、行きましょ。今日は見るものが多いんだから、特に飛鳥は今日の主役なのよ、しっかりしなさい。」
「はーい。」
今日の純花はかなりご機嫌だ、それだけみんなで買い物に来るのが楽しみだったんだろう。
このままいくとスキップでも始めて仕舞いそうだ。
そんな純花と桃ちゃんの後ろに俺たちは続く。
「ちなみに今日はどうやって服を決めるんだ?」
「一人一着ずつ飛鳥に似合いそうなのを選んでもらうのよ。つまり四着は少なくとも来てもらうことになるわね。」
「だから飛鳥君は私たちのセンスに任せてくれ。」
「ああ、うん、お願いするよ。さすがに女物の服には理解がないからね。」
そんな風に話しながらモールの通路を歩く。
モールは二階の中央が吹き抜けとなっており、天井はガラス張りなので太陽の光だけでも十分明るく、ガラスが輝いてとてもきれいである。
普段は、純花と二人だが、今日は5人ということもあり、いつものモールが全く違うように見えた。
まずは服が売っているお店をぶらりと適当に回っていた。
桃ちゃんと楓、純花と千夏のそれぞれは、それぞれのお店でこれがいいんじゃないかなど、お互いに話し合いながら楽しく買い物してる。
が、しかし、その間、俺は独りぼっちなんだよ。
心が男の俺にとって女性服売り場に一人残されるのはすごく心細い。
そんなこんなで、軽く数時間が立った。
その間、女性陣はすごく楽しそうにしゃべりながら選んでいるがまだ一着も決まっていないらしい。
「なぁ、そろそろおひるごはん食べに行かないか。」
「え、嘘、もうそんな時間?」
「うっそぉ、まだ数十分ぐらいだと思っていたよ。」
「お昼ご飯行こう行こう。」
そう言ってやってきたのは、モールの片隅にあるフードコート。
今はそれぞれが食べたいものを探しに行っている。
千夏だけが荷物を見ているといってくれて、待ってもらっている。
俺は、ラーメンが食べたくなって、名古屋発のラーメンチェーン店にやってきている。こってりとした、とんこつラーメンを頼んだ。
ブザーをもらって俺は、千夏が待っていてくれる場所に戻る。
「待ってもらってくれてありがと、千夏。俺の分は買って来たから行ってもいいよ。」
「いや、それ受け取りに行かないといけないでしょ。まだ待っているよ。その代わりに、待っている間話し相手になってよ。」
「いいよ、何話そうか。」
「じゃあ、何買って来たの、飛鳥君は。」
「ラーメンだよ、とんこつラーメン。」
「へぇ、よくそんなの食べて太らないね。うらやましいよ。」
しゃべり始めて数分後、俺の持っていたブザーが鳴る。
「ごめん、俺、撮りに行かなきゃ。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
そう言って俺は自分のご飯を取りに行った。
そういえば、ほかの奴らはどうしているんだろうか。
帰ってきたときには、純花と桃ちゃんが座っており、千夏の姿はなかった。
「あれ、二人とも戻ってきたんだ。」
「ええ、ちなみに千夏は私たちが帰ってきたから、自分のご飯を買いに行ったわ。」
「そうか。わかった。」
それから、少しして千夏と楓が帰ってきた。
「みんなは何を買って来たの。」
「俺は、とんこつラーメンだな。」
「私は冷麺よ。」
「私はお寿司。」
「私はカレーだね。」
「桃ちゃんは麻婆豆腐だよ。」
いわく、純花は冷麺、楓は寿司、千夏はカレー、桃ちゃんは麻婆豆腐ということらしい。
「二人はどっちも中華麵か、仲いいな。」
「たまたまよ、たまたま。」
「ああ、偶然だよ。」
俺たちは、しゃべりながら昼食を食べた。
こんな風に大人数で食事を食べるのは初めてなので、すごく楽しかった。
昼食をとった後、また服屋に戻った俺たち。
もともと午前中にある程度服は決まっていたようで俺はすぐ試着室に連れていかれた。
まず、純花が持ってきたのは、フリルのついたブラウスとスカート。
これはさすがに可愛すぎるだろ。
恥ずかしいぞこれ。
次に、楓は、大人びた柄のワンピース、千夏は、ニットベスト、桃ちゃんが選んだのは、シアーシャツにパンツだった。
「桃ちゃんのこれ、完全に透けているじゃん。大丈夫なの、これ?」
「大丈夫、そういうもんだから。」
「全部、似合っているわよ、飛鳥。」
「そうか、じゃあ一応全部買うか。」
「え、ほんとに買ってくれるん。やったぁ。」
「いや、お前らに買うんじゃねぇよ。」
「わかってるわかってる。」
選んでもらった服をレジまでもっていく。
その間、四人はまた服を見に行っていた。
あれだけ見ていたのにまだ見ているのか。
服を選び終わった後、俺は四人に連れられてアクセサリーショップにやってきていた。始めてやってきた場所はすごくキラキラしてびっくりした。
そこでは、これがいいんじゃないかあれがいいんじゃないかといろんなアクセサリーを次から次へと渡され着けられてしまい、ごってごてになってしまった。
アクセサリーに関しては本当に全く知識がないので俺はマネキンになってただ飾られるだけの存在になっていた。
そのあとは、みんなが見たいところをひとつずつ見て行こうということになり、まず最初にやってきたのは、化粧品コーナー。
ここは、千夏が言い出した場所である。
女性陣は色がどうの、匂いがどうのとはしゃいでいる。
まったくわからない俺にも一応説明してくれているんだけどそれでも全然わからん。
「全くわからないって顔しているけど、これからはあなたもしなくちゃいけないんだからね。」
純花はそういうがこちらはピンと来ない。
「なぁ、本当にしなくちゃいけないのか?こういうの。俺は男なんだから、しなくてもいいと思うのに。」
「いや、元男だろう飛鳥君は。」
千夏が話に入ってくる。
その両手には色の違う同じようなものを握っていた。
「これ、この色どうかな。似合うと思うんだけど。」
そう言って手に持っていたものを渡してくる。
それはリップだった。
完全な赤色と、薄いピンク色のリップを握らされた俺はどうしていいかわからず、棒立ちになってしまった。
「どっちの色がいい?」
千夏が聞いてくる。
俺は派手なのが嫌いなので、左手に持っていた薄いピンク色のリップを差し出した。
「どっちかって言うと、こっちかな。」
「じゃあ、プレゼントしてあげるよ。待ってて。」
そう言って千夏はレジまで走っていった。
モールの中は走っちゃいけないんだけどな。
そして、会計の終わったリップを俺に渡してきた。
次にやってきたのは、家具売り場だった。
ここは桃ちゃん御所望の場所である。
桃ちゃんはクッションが買いたかったらしく、さっきからクッションを触りまくって柔らかさを確かめている。
ちなみに俺たちは何をしているかというと、ふっかふかのソファーに座って癒されている。
「ああ、気持ちいい。これ買おうかな。」
「買うのは良いけど、どこに置くつもりなのよ。こんなの置く場所あんたの部屋にないでしょ。」
「そうだった。」
そんな中、楓は本棚のあたりをうろうろしている。
そういえば、楓は本好きだった。
ということは、家の本棚がいっぱいになって新しいものを探しているところなのだろうか。
それなら、かなりの冊数の本を持っていることになるので、それはそれはかなりの本好きということになるだろう。
そして、千夏はそれに付き合っているのか、楓のすぐ隣に立っていた。
最終的には桃ちゃんだけは正方形の形をしたクッションを買って来た。
はじめは大事そうに抱えていたのでさすがに袋にしまってもらった。
三番目にやってきたのは、食器売り場だった。
ここは楓が選んだ場所である。
「楓は、食器見るの好きなのか?ちょっと意外だよ。」
「ええ、買うわけじゃないけど、見ているだけでもすごく楽しくない?きれいな皿とか、フォークとか見ているとさ。」
「わかんないなぁ。でも、純花も便利な調理器具とか見るの好きなんだよなぁ。今も見に行っているし。」
「悲しいなぁ、ほらこういうのとかきれいじゃない。」
そう言って見せてきたのは、ガラス細工のコップだった。
「確かにきれいだな。こういうのが好きなのか。じゃあこんなのとかも好きなのか?」
そう言って俺は、漆塗りの箸を見せる。
「そうだよ、こういうの、こういうの。楽しくない?」
「ああ、ちょっとわかってきた。楽しいわ、これ。」
楓と食器選びを楽しんだ後、売り場を散策していると純花にあった。
「ヤッホー、純花。いいものあった?」
「ああ、飛鳥。ええ、この包丁とか良いなとは思うわね。買っていこうかしら。」
そう言って、楓と一緒にレジまで歩いていく純花。
俺は、その後ろ姿を見送って売り場の外に出ていた桃ちゃんと千夏の下に向かう。
どうやら二人は食器には興味がなかったらしく、次どこ行こうかと椅子に座り、マップを広げ話し合っている。
「どこかいいところあった?」
「ねぇ、このアイス屋さん行ってみない?おいしそうなの、いっぱいあるんだって。」
「ええ、さっきご飯食べたばっかりじゃん。」
「そうは言っても、もう二時間前だよ。そろそろおやつにいい時間さ。」
「うわっ、本当じゃん。全然気づかなかった。もうそんなに経っていたのか。」
「ねぇ、行こうよう。」
「うん、じゃあ、純花たちが帰ってきたら行こうか。」
「私がどうかしたの?」
突如後ろから声がする。
「うわぁ、なんだ、純花か。驚かせないでくれ。」
「なんだとは何よ。失礼ね。」
「いやぁ、いきなり後ろに立っているもんだから。びっくりしちゃって。ごめんごめん。」
しゃべりながら、俺たちはアイス屋へ向かって歩を進める。
やはり五人が並んで歩いていると広いモールの中とはいえかなり場所をとってしまう。俺たちは、多くの人をかき分けながら進む。
と、そのうち目的のアイス屋さんが見えてきたのだが、その前にはあまりにも長い人の列が。
「どうする?並ぶ?」と、俺が聞く。
「もうここまで来たんだから並んじゃおうよ。」と、桃ちゃんが。
「そうだね、別に急いでいるわけじゃないしね。」と、千夏が。
「それにこんだけ並んでいるということはおいしいに決まっているしね。」と、楓が。
ということなので、俺たちはその行列の一番後ろに並んだ。
「でも、やっぱり女の子ばっかりだね。なんか心細いなぁ。」
「アッハッハッハ。」
大爆笑の千夏。
「え、何なんか変なこと言ったかな、俺。」
「いやだって、その女の子の一人でしょ、飛鳥君はもう。」
そう言えばそうだった。
さっきまで女の子として、服やらなにやら買っていたというのに忘れていた。
最近こういうことばっかりだな、歳なのかもしれないな。
そんなバカなことを考えていると、少しずつ列が進む。
そして、待つこと十数分俺たちの番となった。
「何にするの?みんなは。俺は抹茶にするけど。」
「桃ちゃんは桃味かなぁ。」
「私は、チョコかな。」
「へぇ、千夏はチョコ味なんだ。じゃあ私はバニラ味にしようかな。」
「純花は何にするんだ?」
「ちょっと待って。えっと、ストロベリー味かなぁ。」
そのように注文する俺たち。
それぞれのアイスクリームを持ってお店を後にする。
ゆっくり食べられる場所を探すため、また横に並んで散策する。
アイスを片手に並んで歩く姿は傍から見るとすごく青春しているのではないだろうか。
アイスを食べ終わった後、俺たちは帰路に就いた。
帰り道は駅までは一緒に帰っていたが、降りる駅が違ったために桃ちゃん、楓,千夏はそれぞれ別の場所で解散となった。
今は、純花と二人で家に向かって帰っているとことである。
赤く差し込んでくる夕陽を背に、それに照らされた道を並んで歩く。
途中で寄ったスーパーの袋が揺れて、時々純花の陰にくっつく。
寄り添いながら歩いているように見えるそれを見て俺の顔はほんのり赤くなる。それこそ、今をかがやく夕陽のように。
「今日はありがとうな。楽しかった。」
「どうしたの、急に。物思いに更けて、黄昏るような人間じゃないでしょ、あなた。」
「いや、お前が桃ちゃんたちを紹介してくれなかったら、こんなに楽しい時間は来なかったんだなって思って。」
純花は黙ってしまう。
俺から何か言おうとも思ったがやめて、俺たちはただ静かに帰路に就いた。